井の中の蛙大海を知らず、空の青さも知らず
バレンタインは明治の戦略だとか、
クリスマスはケンタッキーの策略だとか、
そういう話を得意げに叫ぶ人がいる。
知ってる。
みんなもう知ってる。
検索すれば三分で出てくるし、もはや常識の部類だ。
それを語ることで、自分は「踊らされていない側」だと確認したいだけだ。
でも、その人たちは今日もファッション誌を開く。
今季はこれ。
今年はこれが正解。
去年のはもう古い。
素直だな、と思う。
驚くほど。
チョコやフライドチキンの裏にある資本主義には敏感なのに、
シルエットや色味や「今っぽさ」になると急に無防備になる。
「今年は短丈が来てる」
「もうオーバーサイズは終わり」
そう言われた瞬間、昨日までのお気に入りが急に色褪せる。
それ、何が違うんだろう。
企業が物を売るために物語を作る。
人はそれに乗っかって、イベントを楽しむ。
構造は全部同じだ。
ただ、どこで賢い顔をするかを選んでいるだけ。
「俺は分かってる」
「私は流されてない」
その自意識が一番、都合よく使われている。
滑稽なのは、踊っていることじゃない。
誰だって踊る。
問題は、踊っている自覚がないまま、
隣で踊っている人を見下していることだ。
ファッション誌のページをめくりながら、
「世間は本当に浅いよね」なんて言える神経がすごい。
その浅瀬で、今まさにバタ足してるのに。
別にいい。
雑誌に影響されてもいい。
流行を楽しんでもいい。
ケンタッキーを食べても、チョコを配ってもいい。
ただ、それをやりながら他人の消費だけを嗤うのは、
どうしようもなくダサい。
陰謀論っぽい知識を身にまとって、
自分だけは違う顔をしているけど、
足元を見れば、ちゃんと手のひらの上だ。
せめて正直でいればいい。
「分かってるけど、好きだからやってる」
それだけで、随分マシになる。
叫ぶ前に、鏡を見ろ。
君のその服、
誰が選んだ?




