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ヨマドの大樹と分かれ道

 もちろん日が経っただけで道が変わるわけもなく、相変わらず二人の周囲は草木に囲まれていた。進むのに邪魔ではないが、そのためだけに草花を踏まなければいけないこともある。


 アズサは自分がさっき心の中で彼に思ったことを反芻していた。――私が踏みつけたせいで死ぬ草花だっていると思う。草花だけじゃない。さっき食べた木の実だって、考え方次第では一つの命だ。あの猪と木の実に何か違いがあるんだろう?


 鞄の中の肉の重みが命の重さを実感させる。私たちは、シンを殺すための旅をしている。それに、たとえ終着点にたどり着かなくとも2日後に旅は終わる。私がそれまでにすべきことはなんだろうか。


「僕らの旅の終着点、ヨマドの大樹は、それ自体は普通の木なんだけど大樹がいる場所が問題でね」

「場所?」

「そう。有り体に言えば、あの世への入り口みたいなものさ。君らの世界でいう黄泉比良坂よもつひらさかみたいなものだね」

「じゃあそこから直接あの世へ行くの?」

「そうだね。まぁ具体的にどう行くかは分からないんだけど」

「行き当たりばったりじゃん」

「仕方ないだろー。行った人はみんな帰ってこないんだから」


 シンは笑いながら空を見た。晴れやかな笑顔だったが、アズサはそれだけ多くの人たちを見送ってきたんだと気づいて、申し訳なくなり地面を見た。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 歩いていた道はだんだんと広がっていき、ついには向きを変えた。道はそのまま大きく湾曲したかと思うと、その先で細い枝を伸ばすように2つに分かれていた。

 

 ――また分かれ道だ。アズサは岐路の真ん中で頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「分かれ道かい?」

「私が決めなきゃだめ?」

「大丈夫、アズサならできるさ」

「……一応見てみる」


 アズサの口からため息が漏れる。今回の分かれ道も前回と同じように、それぞれ様子が全く異なっていた。右の道は前回選ばなかった道のように石畳が敷かれ、不気味なほど奇麗に整えられている道だ。しかし、道の脇に黒い人影が見える……多分、黄昏人だろう。


 対して左の道は起伏が激しい。上り坂なうえに、ごつごつした岩が地面から顔を覗かせている。足の踏み場を慎重に探さないと怪我をしてしまいそうだ。


「選ぶのが怖い?」

「怖いとは違うけど、私なんかが選ぶよりシンが選んだ方がいいんじゃないかなって思って」

「自身はないが君が望むなら応えようとも。道の様子を話してみて?」

「左は通りやすそうだけど黄昏人がいて、右はシンプルに危なそうな感じ…?」

「なるほどー。どっちもちょっとずつ危なそうと」

「そうなの。シンはどっちがいいと思う?」

「こういうときは~~~」


 シンが懐をごそごそと漁る。彼が誇らしげに出したのは銀色の硬貨だった。


「これだっ!」

「博打で決めるの!?」

「おうとも」


 指に弾かれたコインが宙を舞う。3回転ほどしてシンの手の甲に収まった。


「表だったらどっちにする?」

「じゃあ……右で」


 シンが誇らしげに手の甲を見せた。


「表だ」

「てことは黄昏人の方……」

「そうだね。行こう!」

「ほ、ほんとに?」

「こういうのはアレコレ悩むよりいったん決めておくのが大事なんだ」


 2人は道の前に立つ。アズサは決心がつかずにいた。


 黄昏人はまだ遠くにいるが、進行方向に確かにいる。このまま歩いていけば確実にはち合うだろう。シンと一緒なら多分大丈夫だとは思うけど、問題はその解決方法だった。


「シン、一つ聞いていい?」

「なんでもどうぞ」

「もし黄昏人が襲ってきたら、どうするの」

「僕が対処するから、大丈夫」

「……殺すの?」

「言葉の定義によるけど、アズサの解釈でいえば、そうかな」

「じゃあ左の方がいい」

「承知です、お嬢様」


 黄昏人から目を離し、ゴツゴツした道を進む。ローファー越しでも石の尖った感触がする。更に悪いことに尖った石が日差しを乱反射して、想像以上に気温が高い。


「黒曜石だから、触らないようにね。尖ってて危ないよ」

「難しいこと言うね……!」


 足を下ろす場所を探すのでさえ一苦労なのに、起伏と黒曜石の塊で視界も悪い。


 こっちの道は間違いだった。黄昏人ならやり過ごせる可能性はあったけど、この道は避けられない消耗だ。単純にしんどいし喉が渇く。シンなんて身体が大きのに、神官のような服装は動きづらそうで装飾も重そうだ。


「なごめん。私がこっちを選んだせいで」

「ついていくと決めたのは僕だよ」

「だからって……ってうわぁ!」

「おっと、大丈夫?」


 足を踏み外したアズサの腰をシンが掴んだ。彼女の足で崩れた黒い結晶が、パチパチと音を立てながら坂を下っていく。


 彼女を支えるシンの左手の力が強まって、アズサはほとんど抱き抱えられるような状態だった。


「ウワー、黒雲母も混じってるとは厄介だね」

「ありがと、助かった……」

「怪我はない?」

「うん」


 麝香的で男性的なシンの匂いにアズサは顔が熱くなったが、すぐにそこに鉄の匂いが混じっていることに気がつく。


 咄嗟にアズサを助けるために掴んだのだろう、黒光りする岩を握る彼の右手から鮮血が垂れていた。ふらりと途切れかける意識を気を張って繋ぎ止め、アズサは自分の姿勢を正した。


「ごめん、それ、私のせいだ」

「かすり傷さ。それにこういう時こそ魔法ってのは便利でね」


 いくつかの言葉――聞き取れないが、多分呪言に近いものだろう――を唱えると、シンの右手に青色の光が集まっていく。


 光はそのままシンの右手にとどまり、1分もしないうちに散るように消えていく。パッパッと右手で払う動作をすると、血が払われてシンの右手が露わになる。そこに傷は一つもついていなかった。


 アズサはそっと胸をなでおろした。対照的にシンは得意げに胸を張った。


「ふふん。これは科学にはできないだろー」

「すごいけど、衛生とか消毒は大丈夫なの?」

「多分大丈夫じゃない?」

「適当だなぁ」

「そもそも魔法自体が結構適当だからね」


 息を整えてから、2人は坂を再び登り始めた。一歩ずつ歩みを進めるたびに地面からパキパキと音が鳴る。


「シン、魔法が適当ってどういうことなの?」

「ん~なんというか、言葉のまんま本当に適当なんだよね」

「具体的にこう……あるでしょ」

「じゃあたとえば、木が燃えるってどういう現象かわかる?」

「えーと、木の中の分子とかが酸素と結びついて、そん時に熱とか火が出る……みたいな?」

「うん。大体あってるね。でも魔法の解釈は違うんだ」

「解釈?」

「そう。魔法の視点でいえば、木が燃えているということは、木が燃えているということでしかないのさ。だから『木よ燃えろ!』って唱えれば、湿ってようが燃えない種類の木だろうがなんでも燃やしちゃえる」

「なんて雑な……」

「過程をすっ飛ばして結果を得られるのが魔法だからね。出力の調整や細かいコントロールは科学技術の方が得意だと思うよ」

「そういうところも大雑把なんだね」

「ガッカリした?」

「なんか自然っぽいなって思った」


 大きな坂を抜けると、その先は広い緩やかな下り坂だった。乳白色の岩石が陽光を乱反射して、プリズムのスクリーンを張っている。それになにより道が広い。これまでずっと狭く薄暗い山道を歩いてきただけに、視界が広いだけで晴れやかな気持ちになる。


 そよ風がひゅおうと吹いて、アズサの汗をぬぐった。


「こういう道もたまには悪くないね」

「おぉアズサからそういう意見が聞けるとは。この後は雨かな」

「んだと」

「へへ、ゴメンゴメン」


 下り坂は風通しのよさもあってか、すらすらと流れるように進んでいく。息がおいしい。岩も風で削れたのか柔らかく、触っても大丈夫だという安心感がある。

 

 トントンと駆けるように坂を下りて行く。アズサは思わず笑顔になった。楽しい。この道を選んでよかった。嬉しくなって、お腹のあたりに熱がこもってくる。


「楽しい道ってあっという間に終わっちゃうよね」

「登る時はあんなに大変だったのに」

「そろそろお昼時だし、一旦休むかい?」

「もうちょっと行きたい…!」

「おぉ、それは僥倖」


 今ならどこまでも進める気がする。しかしそう思っていたアズサの足は、次の分かれ道ですぐに止まることになる。


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