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不必要な殺し

「おはよう。大丈夫かい?」


 声をかけられて、アズサは目を開けた。天井が遠く、空と雲と樹木に覆われている。地面も硬い。


「うなされてたよ。悪い夢でも見た?」

「その。えと、大丈夫、です」

「オーケー、しんどかったらすぐに言ってね」


 アズサの目の前にコップが置かれる。困憊した身体にコップの水はあっという間に吸い込まれていき、ぼんやりとした意識は急速に覚醒を始めた。


 肉の焼ける匂いがすることに気が付いた。吊られるように身体を起こすと、火の周囲で串に刺された何片かの肉が焼かれているのが目に入る。


「このお肉どうしたの」

「夜に猪が近くを通ってね。これよしと思って狩ったんだ」

「狩った……って、殺したってこと?」

「うん。粗方捌いて今は火を入れているところさ」


 シンは木の枝でこしらえたであろう串をいじりながら嬉しそうに話した。彼の少年のような笑顔と猪を殺したという状況があまりに不可解で、アズサは食欲よりも戸惑いの方が勝った。


 だって……不必要な殺害だ。食料は木の実があるし、水もシンの魔法で事足りるはず。それにたった3日なら最悪我慢すればいいじゃないか。


「木の実を食べるんじゃなかったの」

「食べたよ。けど味も栄養価も良くないし、後のことを考えると肉がある方が色々と都合がいいからね」

「後のことってなに」


 シンが肉にかぶりつく。ぷちぷちと繊維が切れる音がして、シンの口の横から肉汁があふれる。アズサの口の中がその意志と反して湿り気を帯びていく。


「アズサも食べなよ、山で食べる肉は格別だよ」

「昨日まで生きてたんでしょ……食べたくない」

「食べないと歩けなくなっちゃうよ」


 その時、アズサのお腹がくぅと鳴った。シンが笑って肉を差し出すと、アズサは無言で受け取る。彼女は肉にすぐにかぶりついた。


 ――うまい。肉汁の香りが鼻孔を突き、身体の芯に脂のうまみがしみ込む。自分の血流がどくどくと流れ身体が熱を取り戻すのを感じる。呼吸をすると空気の味をよりはっきりと感じる。


「おいしい?」

「うん」

「よかった」


 本能に訴える味だ。肉ってこんなにおいしかったのか。元気が身体の奥底から湧いてくる。シンが食べないと歩けないと言っていた理由もよく分かる。少し鉄臭い肉の味も、おそらくシンがかけたであろう塩の味も、全てが身体に吸い込まれて活力となっていく。


「あっという間に食べちゃったね」

「ごちそう……さまでした」


 食べきってしまった。あれだけ心の中でシンを責めていたのに。猪に同情までしていたのに。


 けぷ、と息が出る。シンがコップに水を注ぎながら、その横に大きな葉っぱを置いた。そして、手のひらを優に超える大きさのその葉の上には、乾いた茶色の塊が置かれている。


「持っておいてよ」

「お肉?」

「そうだよ。ヨマドの大樹までにいつかかるか分からないし、帰りはアズサ一人だけだからね」

「もしかして猪を狩ったのもそのため?」

「うん。木の実だけだと帰りは持たないだろうかなーと思ってね」

「……ありがとう」

「実が食べられる木にも魔法で傷をつけておいたから、肉だけじゃ物足りなかったらそれを食べてね」


 アズサは考える。こんな調子で私は務めを果たせるのだろうか。ずっと自分のことばかりで、シンの身体を気遣ったことがあっただろうか。体調だけじゃない、安全や安心もそうだ。


 でもそんなこと相談できるわけがない。これ以上シンに負担をかけてどうする。あくまで私が導き手で、彼は徒でしょ?


「腹ごしらえもしたし、出発しようか」


 シンはそんなアズサの心情など露知らず、火を片づけて膝を伸ばした。


「まって、出発するのは良いんだけど」

「何か気掛かりかい?」

「私たちの目的地についてちゃんと知っておきたいの。さっき言ってたヨマドの大樹ってのが終着点なの?」


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