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1日目の終わり

「ちょっと話し疲れたね。空も暗くなってきたし、いったん腰を下ろすとしようか」

「早くないですか?」

「山の夜は想像以上に早いからね。あのあたりがちょうどいいかな」


 シンが指差した先には3人ぐらいが入れるほどの窪みがある。周りと比べて雑草が生えておらず、地表がむき出しになっている。ずかずかと木々の間を潜り抜けていくシンに何とか追いつくと、地面が固くなっていることに気づいた。


 シンが嬉しそうに指を鳴らす。


「すごい!獣よけの結界だ」

「獣よけ?」

「うん。こんなに丁寧なものを見るのは何百年ぶりだろう。この精度なら大型の獣はおろか、マムシやダニすら入ってこれないね」

「どうしてそんなものがここに……」

「以前ここにいた人が使っていたものかなぁ、亜人や竜も許可対象に入ってるね」

「もしかして」

「アズサのお父さんかもしれないね」


 シンが窪みの中に入り、手前に座る。そのままぐっと一度大きな伸びをしながらゆっくりと深呼吸をした。


「うん、僕も歓迎されてるようだ。アズサも入りなよ」

「もう寝るんですか?」

「都会と違って山はあっという間に暗くなるものさ。それに火を起こさなきゃいけないからね」

「魔法を使えば……」

「そんなの風情がないじゃないか。こんな自然に囲まれて、魔法を使うだなんて勿体無い」

「そうなんですか?」


 カチ、カチ、と石同士がなる音が響く。暖色に色付いていた空はあっという間に夜の帷に隠されて、火花が楽しげに光を放った。


「あんまり腑に落ちてない感じだね」

「まぁ、はい」

「んーそうだね。アズサってキャンプしたことある?」

「修学旅行のときですが、一応はあります」

「よしきた。もしキャンプ場でパックごはん出されたらどう?レンジでチン、してくださいって」

「あー、折角ならはんごう炊飯したいな、ってこと?」

「そうそう。カレーだって自分たちで用意したいだろう?それはなんでだと思う?」

「風情がある……?」

「半分正解。要するに、大事なのは過程の方なんだ。木の枝を集めて、乾いたものを選び、木屑を作り、火種を作る。折角自然の中にいるんだ、この過程を楽しまないのは無粋というものだろ?」


 シンがふっと息を吹きかけて火を強くする。パチパチと木から空気が抜ける音がして、シンがそれを愛おしそうに見つめた。


 アズサは彼の言うことが理解はできたが、深いところまで共感できていないことを自覚した。横顔を見ながら父の鞄に入っていたジャーキー口につける。いつ作られたのか、まだ食べられるのか不安になる味だ。というかジャーキーっていつ頃までなら食べられるんだろうか。……でも、飢えを満たすためには仕方ない。


「シンは食べないの。乾パンとかもありますけど」

「僕は大丈夫。木の実もあるし、バロンのところで沢山食べてきたからね。明日の朝はもらおうかな」

「そうですか……」


 水筒の水を飲む。喉の潤いが彼女の疲れを自覚させる。アズサは眠気に耐えきれずに横になった。


「すみません、少し眠ります」

「うん。夜の番は僕に任せて。大丈夫だとは思うけど、この結界は野党には無意味だからね」

「眠らなくていいんですか?」

「僕ぐらい生きると眠りのリズムが長くなるのさ。数年起きて数年寝る、の繰り返し。寝て起きたら国が変わってたことだってあるんだよ」

「でも、なんか申し訳ないです」


 シンが顎に人差し指をおいて考える動作をする。閃いたように手を打つとアズサの方を向いた。


「じゃあお願い一つ聞いてくれるかい?」

「いいですよ」

「よしきた。敬語じゃなくてタメ語で話さない?僕らは徒と導き手、今際の際まで徒に距離を取られちゃ寂しいだろう?」

「……検討しておきます」

「やった〜〜〜」


 アズサの視線がかすみ、緩やかに意識が解けていく。シンの翡翠色の瞳が炎に照らされて、黄色のグラデーションを作る。


 枕がわりに敷いたカバンからは、懐かしい父の匂いがした。父親との思い出なんて殆どなかったのに……と気になったが、答えが出ないまま微睡みの中に彼女の意識は沈んでいった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 夢の中で、アズサは大柄の男になっていた。自然に囲まれた小さなログハウスで、陽だまりの中で花々を愛でる。一人の女性が訪れて近くに来ると、男は幸せな気持ちに包まれた。


 女性は黒いワンピースを着て黒い包帯で目隠しをしていたが、格好とは裏腹に表情豊かで快活だった。彼女が笑うと男も自然と笑顔になる。二人は言葉こそ交わしていなかったが、心は通じ合っているようだった。


 次に目を開けると、女性は男の部屋で踊っていた。窓から差し込む光に彼女の白いケープが反射する。男は楽器を弾き歌っていて、彼の周囲をときおり魔法で紡がれた蝶が羽ばたく。2人は幸せだった。


 しかし次に目を開けたとき、周囲は暗く埃だけが煌びやかに輝いていた。男の手には硬く冷たい感触だけがある。腕を伝う生暖かい液体。赤黒く乱れた彼女の髪の毛。彼女の虚ろな瞳に男の顔が反射する。その表情は固く、明確な殺意が込められていた。


 彼女が残りの力を振り絞り、右手を男に向けて何かをつぶやいた。男は左胸に締め付けられるような痛みが走り、その場に倒れ込む。最期に二人は何か言葉を交わしたが、その瞬間アズサの両耳は何者かによって塞がれて内容まで聞き取ることはできなかった。


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