分かれ道
アズサが足を止めたのに気づき、シンが振りかえる。
「休憩する?」
「あいや、大丈夫。ただどっちに進めばいいのかなって」
「どっち?」
アズサが左右の道を交互にみる。
左の道は石畳が敷かれていて通りやすそうだ。右は今とさほど変わらない山道で、草花がのびのびとその生を謳歌している。
左に行く方が明らかに文明の気配を感じる……けど、それでいて人の気配がないのは不気味だ。雨風に晒されているはずなのに、風化や劣化の跡が見られずキチンと清掃されていて不自然さが際立つ。
対して右の道は自然だ。これまでと同じ旅ができるだろう。しかしそれは同時に停滞を意味していた。自分の行き先もわかっていないのに、あえて険しい道を選ぶ必要があるのだろうか。
シンがアズサの方を見て、鞄を指さした。
「カバンに地図とか入ってるかも」
「たしかに、見てみます」
それらしいものは見当たらない。保存食と水にいくばくかのお金、それと薬や包帯。シッカリはしているが、どれも緊急時のものだ。
「ダメみたいです」
「その紙は?」
シンが指したのはカバンの底の隙間に挟まっていた小さな紙片だった。三つ折りで表には「アズサへ」と書かれている。筆圧は強いがヨレヨレしている字だった。
「左利きかなぁ」
「父の字です」
紙片をめくる。そこにはただ一言、「徒とは仲良くすること」と大きな文字で書かれていた。
アズサの瞼が微動する。彼女はそれを力任せに丸め、鞄のいちばん奥に押し込んだ。
「シンさん」
「なに?」
「むかつきました。理由はないですが、右の道にします」
「うん。わかった」
宣言通り右の方へ進む。当然景色は変わることなく、空も狭い。周囲の木々も不思議と歓迎するように両側に立ち並び、鳥のさえずりが頭上から聞こえてきた。
景色が変わらないことで、だんだんとアズサの不安は高まってきた。本当に右でよかったのか?左の方が明らかにそれらしい道ではなかったか?そもそもシンにどちらの道がいいのか聞くべきではなかったのか?
「あの、良かったんですか?」
「なにが?」
「だって、めちゃ適当に選んだんですけど」
「いいとも。アズサには分かれ道に見えていたんだろう?」
「え?」
あわててアズサが振り返る。後ろには分かれ道はなく、これまでと同じ山道が広がっていた。
「あれ……」
「道が消えているのかい?」
「どうしよう、私何か間違っちゃったのかも」
アズサが早足で引き返す。どこまで行っても道は一直線だった。分かれ道が無かったとしても、どこかで右に曲がった跡があるはずだ。しかしそんなアズサを嘲笑うかのように、道はまっすぐと伸びていた。
慌てて戻る。シンが変わらず立っていることに安堵したが、同時に不安が波になって背中を押した。
「シンさん、私……」
「大丈夫。アズサはちゃんと導き手の役割を果たせてるはずだよ」
「こんな時までからかわないで!」
「からかってなどいないさ。現に僕にとっては今歩いてるところが道かどうかすら分からない。ずっと森の中をさまよってる気分だよ」
「どういうこと?」
「おそらく、これが導き手を必要とする理由なんだろう。バロンが君の父を探しに行けないわけだ」
周囲を見渡す。霧は見えない。道はまっすぐ続いている。アズサの中で感情が爆発しそうになり、シンの服の袖に縋り付いた。ゆったりとした彼の白い服に皺の影が差す。
「道を間違えたとか、怖くないの?」
「正しい道だったかなんて、歩いたあとに僕らで決めればいいさ」
「でも、また黄昏人とか出るかもしれないし」
「それは出た時に気にしよう」
シンの言う通り、アズサの心配は杞憂に終わった。黄昏人に遭うこともなく、動物がいたとしても小型か遠くを飛ぶ鳥類だけだった。
アズサが安心して足取りが少しだけ軽くなると、それに合わせてシンも歩く速度を上げた。シンは彼女より一歩先を歩いているはずなのに、正しく道を歩けている。これはシンがアズサの気配を察知して動いているだけなのだが、それが分からないアズサは不思議でならなかった。
「話は戻りますけど、その魔女の呪いってなんなんですか」
「それを話すには、まず彼女について話さなきゃね」
「正直、魔法とか魔女とか正直さっぱりなんですけど」
「アズサの周囲だと見ないかもしれないけど、魔法と言う概念ははたしかにあるよ」
シンが手を開くと、掌の上に炎の球がポンと生まれた。驚くアズサをよそにシンはそれを握りなおすと、今度は指の隙間から勢いよく水が溢れ出てくる。
「なにこれ、すご……」
「魔法は確かにあったのさ。けど弾圧と科学技術の発展でひっそりと姿を消した」
「中世でしたっけ、魔女狩りってやつですか?」
「まさか。現象の超越者たる魔女が火炙りなんかで死ぬわけないだろ?」
「じゃあ、どの弾圧?」
「神々によるちゃんとした弾圧だよ。魔女狩りのような無計画なパラノイアではなく、冷静で、明確に、目的を持ったジェノサイド」
シンの表情はかたく、視線は冷ややかだった。その視線が自分に向けられていないことにアズサは少し安堵した。シンはそのまま遠くを見つめ、言葉を続ける。
「ざっと一万年ほど前、神々と魔法と人々が共存していた時代。ある一人の魔女の存在が神々の中で問題になった」
「一人の魔女?」
「うん、当時は”繋ぎの魔女”と呼ばれていてね。その名の通り物を繋げたり切ったりする魔法を得意としていた。見習いの頃は折れた枝を治したり石を加工して生計を立てていたものさ」
「どうしてその人が問題になったんですか?」
「端的に言えば、彼女の魔法に対する認識と理解の速度が度を越していたんだ。彼女が成熟した魔女になる頃には、神々の領域に手が届いて……追い越すのは明らかだった」
「神々の領域?」
「この星を容易く飲み込んで、事象の地平線にすら届きうる程さ。炎や氷を出すだけの現代の呪術とは違う、本物の魔法だよ」
「それで、神様が世界壊さないで―って?」
「そうだね」
シンが空を見る。アズサにその表情は見えない。
「つまり、あなたは神様に頼まれて魔女と戦ったんですか?」
「うん。当時の僕は神の代わりに働く道具だったからね。この呪いもその時に受けたものってわけ」
シンが振り返る。右手を左胸の前に置くと、彼の細い指の間から黒色の光が漏れだした。いくつかのルーン文字が浮かんだ後、その中心に「0000:00:03」という文字が浮かびあがる。
「それが、魔女の呪い?」
「そうとも。これはカウントダウン、数字が0になったら死の呪いが発動するって仕掛けさ。対象の因果を操作して逃げ場のない死をもたらす、絶対死の呪いってわけだ」
「解呪とか、出来ないんですか?」
「いろーんな方法を試したけど、どれも無駄だった。残り時間を読みやすい数字に変換するところまではできたんだけど、それ以外は何をしても手応えがなくってね。流石は繋ぎの魔女といったところかな」
「じゃあ、シンはあと3日で……」
「うん。必ず死ぬ。否が応でもね」
左胸に浮かぶ数字の周囲を禍々しく黒いオーラが渦巻く。まさに呪いというべき執念と威圧感を放っていた。だがアズサにとって意外だったのは、呪いと対照的にシンからは怒りや悲しみを一切感じないことだった。
「シンは、それでいいの?」
「良くはないかな。だからここに来て、君を必要とした」
腑には落ちなかったが、アズサはそれを口に出さないことにした。ここに来た以上はその運命を受け入れてきたわけで、決断に水を差すのは野暮だと思ったからだ。




