52_主ふは魔法使いかもしれへん
うなだれるように下を向いていた小野田くんが、思い出したように言う。
「じゃあ、どうして転生者ってわかったんですか?
僕は今まで何も知らないふりをしてきた!日本語に反応したことだってない!座敷席でも靴を事前に脱いだこともない!」
それはその通りだった。小野田くんは毎回ジョールさんから「小野田、靴。」と言われていた。
靴下はいつもどこか穴が開いていた。
「っふは。だって小野田くん、納豆食べられるじゃん~。」
イブさんが言う。
「小野田くんの茶わん蒸しの注文は、まさに日本人ですよ。」
シーさんが言う。
「小野田くんの箸の持ち方本当にきれいよね~大将ですら普段はフォークなのよ~」
桜さんが言う。
「小野田、お前は酒を飲みすぎだ。ワインも日本酒も何本開けるんだよ。わしの分が足らん。」
ジョールさんが言う。それは日本人というより酒呑みなだけやないか。
私は極めつけを言う。
「だって小野田くん。お味噌汁のだしの違いもわかるし、卵かけご飯の生卵まで食べられるじゃないですか!」
私ですら、だし単品じゃないと何のだし使ってるかまではわからへんのに!
「それは皆さんが教えてくれたからっ!」
小野田さんはまだ反論しようとする。
「実は私にもわかってなかったんですよ。」
居酒屋TOKYOの大将だった。一緒にきよさんも来ている。
イブさんにだしの作り方を教えてもらったのはいいものの、その時の気分でだしを使っていたそう。
ある夜、小野田さんから使い分けを教えてもらったのだとか。
『大将、合わせみそには煮干し。白みそには鰹。赤みそには昆布がおすすめですよ。』
「あの時、あなたは他の日本人から教えてもらったと言っていたがそんなはずはない。
イブさんは“合わせ”しか飲まず、桜さんとジョールさんは、”白みそ”派。シーさんとアビさんは、”赤みそ”派で分かれているんですから。」
「白あん、粒あん、こしあん、ずんだに使う砂糖の使い分けも、小野田さんに教えてもらいました!」
きよさんが言う。小野田くん、守備範囲が広すぎやせーへんか。
小野田くんは、猫背になりすぎて心配になるほどの姿勢で話し始めた。
「僕、在宅ワーカーの主夫だったんです。妻はずっと外で働いていたので。料理も洗濯も掃除も、家族がそこにいて笑ってくれるのが嬉しかった。ほんといい笑顔なんですよ。
高齢の母と2人の子どもがいました。母は認知症、息子は不登校。下の娘は、特別支援学校をすすめられるほどでしたが、妻の反対で近くの公立小学校に通わせていました。
多分限界だったんです。認知症の母を追いかけて道路に飛び込んだまでは覚えています。僕は全てから逃げてここに来ました。だから罰が当たったんです。それでもいいと思っていました。それくらい、逃げたくて。」
何が評価されて魔法省担当になったのかわからない。確かに主夫の忙しさは魔法がないとやってられないのかもしれない。
「でもこっちに来てから苦しみました。これで解放されるかと思った自分が馬鹿だった。寒い夜に毛布に包まりながら何度も思いました。なぜあの時、逃げたんだろう。母は、息子は、娘は。何より妻は。
日本に帰りたい。だから、この国に戻ってきたんです。別の体になってもいいから戻りたかった。
妻1人であの家でやっていけるわけがないじゃないですか。」




