歪子誕生
文書の書き方に拙い点がありますが、最後まで読んでくださると嬉しいです。
2045年 12月23日 土曜日
日本 東京都 江戸川区 東京ダイアローグホール
壇上では1人の男性がこれからの人類についての講演をしている。広いホールにはわずかな聴講者しかおらず、ほとんどが空席だ。
壇上に立つのは、現生人類がどのように進化してきたのかを研究する自然人類学の研究者"繁村 灯"氏。彼はこう説いた。
「2028から世界の様々な国で人口が増加し、今年で地球全体の人口数は約93億3,200万人となりました。
それにより世界の至る国では食糧難や住居不足、子どもの遺棄や児童労働が問題になっています。世界各国が連携してこの問題の解決に当たりましたが、増え続ける人口と比べるとまだまだ満足のいく結果は出せていません。」
話の内容に合わせてプロジェクターでスクリーンには地球全体の人口数のグラフや世界で起きている問題に関する写真が映し出された。
「さて…では、なぜ人口はここまで大きく増えたのでしょう?」
スクリーンには国際連合旗とあるグラフが映し出された。
「まずはこちらをご覧ください。え〜、これは国連が発表した世界人口白書で、2028年前後の人口数を表したグラフです。これを調べると2028年以前と比べると毎年の人口数が高い割合で増えていることが分かります。これは場所や人種は関係なく世界中あらゆる場所で起こっており、大国だけではなく少数民族の間でも見られ、ここ日本も当然含まれています。では、少し日本に焦点を当てて考えてみましょう。」
その次は日本の国旗と人口推移のグラフがスクリーンに映し出された。
「日本は長い間人口減少・少子高齢化が問題となっていました。しかし、2028年から現在にかけて人口は6,500万人ほど増えて約1億9,000万人になったことで解決に向かっています。これは大変喜ばしい事ですが、私からするとこの増加は不可解なんです。
世間では人口増加の要因として、政府が提案した子育て支援…まあ、医療福祉が充実したことや様々な分野でのテクノロジーの発達で子育てがしやすい環境が作られたことなどが挙げられています。確かに社会的に見ればとても大事なことです。しかし、これらはあくまでも意識を促すだけのものであり、子を産むということに関しての決定的な要因とはなり得ません。
ここで焦点を世界へと戻します。日本も含めてですが、世界中で人口は増加して現在は限界に近い状態です。それでも世界中では絶え間なく増え続けている。これには必ず意味があります。」
彼は興奮してきたのか、壇上をうろちょろと歩き始めた。
「私が先ほど言った"なぜ人口は増えたのか?"…その答えは言ってしまえば、これからの人類の未来を担う世代の誕生です。つまり、今起こっているのはただの人口増加ではなく、人類の進化ということです。
人類はある時を境に技術的な方面が育っていくばかりで、本質的な意味で進化することはありませんでした。しかし、その時がついに来たのです。今育っている若者たち、これから生まれる子どもたちは"進化した人類"と言っても過言ありません。彼等が一体どういう存在になっていくのかはまだ不明です。しかし、近い将来に我々人類は大きな分岐点を迎えるでしょう。この人口増加は単なる現象などではなく、人間という種が導き出した進化への兆しなのです。
そもそも人類の進化の歴史とは…」
「ーーー…!」
この講演を最前席で聴いていた青年は頬を紅潮させながらこの話に胸を踊らせていた。
『では、以上を持ちまして本講演を終了とさせていただきます。本日は皆さまお忙しい中ご参加していただき、ありがとうございました。講師の繁村先生も、ありがとうございます。』
講演終了の挨拶が終わると青年はホール内を探し回り、帰る途中の繁村の元へと駆け寄った。
「すみません!あ、あの…とても興味深い講演でした。」
「ん?ああ、君か。」
「え?」
「ハハハ、なぁに。最前席に座る君があまりにも熱心に聴いてくれているものでね。印象に残っていたんだよ。」
青年は繁村に覚えられていたことと、笑われてことで真っ赤になった顔を慌てて両手で隠した。
「で、何か質問かな?」
「は、はい。あ、僕…荻原 竜介っていいます。今高校3年で、来年から繁村先生も講師を勤める東京靜屡大学に入学する予定なんです。人類学についての講義とても楽しみにしてます。」
竜介は顔を覆っていた両手を降ろして、繁村の顔を見ながら早口で話した。繁村はニコニコと笑っていたが、聞かれてもいない大学について話したことや多少早口だったことに気づいて、頭を下げて謝った。
「あの、もし人類が導き出した答えが新しい世代の誕生だとしたら僕たちと親の世代にはどのような違いがあるのでしょうか?それと、近い将来あると言った分岐点はいつ頃になるのでしょうか?」
この質問に対して繁村は天井を見つめて少し考える素振りを見せた。数秒その状態だったが、突然竜介の目を覗き込んだ。
「あの、なにか?」
「荻原君、君は…そうか。
ええと、親世代との違いは新しい世代が感じ、見つけていくものだよ。分岐点も君たちで決めるものだ。せっかく大学生になるんだ。君が先頭に立って探求していくのも悪くないんじゃないかな?じゃあ、私はここで。」
「っあ、ありがとうございました。」
繁村は荻原の礼に手を軽く挙げて答えた。しかし、振り返ることもなく、目を見つめたことに触れることもなく待たせていた車に乗り込んだ。
(彼の名前…確か荻原竜介君か…。覚えておくとしよう。)
車は再び頭を下げる竜介を背に走り去っていった。
講演は16時に終了したが、忘れ物をしたためホールを出たのは16時30だった。このままではこの後の待ち合わせに遅刻してしまうと考え、急いで電車に乗って江戸川区から隣にある靜屡区へと移動した。
東京都靜屡区
江戸川区の隣に位置する区。人口増加による影響で首都圏付近の人口密度が上がったことにより2033年に東京湾の一部を埋め立てして作られた。今でも開発は続いているが、開発途中で問題が発覚してうやむやになったものも数多く存在する。
『駆け込み乗車はご遠慮ください。』
車内ではトレインニュースでは最近起こっている連続女児殺害と同時集団失踪事件が報道されていた。
(物騒だな…。)
ピロン♪
ニュースを眺めているとスマートフォンに"ミツバ"からメッセージが届きました、という通知が来た。確認してみると待ち合わせに遅刻しているという旨を伝える怒りのメッセージと蜂のスタンプだった。
『こら! みんなもう集まってるよ。寒い中竜介のこと待ってるんだから、駅着いたらダッシュで来ること!』
(うわちゃ〜、もうこんな時間だった。質問に夢中で会場内に忘れ物したのが痛かった〜。あれがなければ集合時間に間に合う計算だったのに。)
一通り後悔した後、謝罪と了解の2つの竜のスタンプと何処かで温かい飲み物を飲める分の電子マネーを送った。
電車が駅に到着してから目的地である、駅から徒歩7分のカラオケボックスに猛ダッシュで向かった。
「ハアッ…ハアッ…ゴホッ、みんなごめん。お待たせ。」
息を切らせながら待たせてしまった4人に謝った。
「う〜、遅いよ! 待ち合わせの16時40から1時間の遅刻です。」
最初に啖呵を切ったのは竜介の恋人である日森 三つ葉だ。顔に表情が出やすい元気な子だが、今回は見なくても声色で怒っていることが分かる。
「まあまあ、"みっつー"。そう言わないの。"おぎりゅー"のおかげでスターライトコーヒーの新作無料飲めたし。アタシ飲みたかったんだよねー。」
三つ葉のことをなだめて竜介に笑顔でウインクしたのは夢岡 雲母だ。金髪で黒肌の派手なギャルだが、誰にも分け隔てなく優しいムードメーカー。三つ葉は雲母に頭を撫でられて少し機嫌が直った様子だ。
「スタラのコーヒーご馳走さん! 待ってる間スタラで楽しくおしゃべりしてたからよ、気にすんな。それにしても早速俺が教えた"女性に振られない翔テクニック"を上手く使ったな。」
「まあね、教わってて助かったよ。」
竜介に肩を組んで気さくに話しかけてきたのは臙脂原 翔だ。竜介たちの高校バスケットボール部の部長。ちょっとちゃらちゃらしてるが、高い運動能力と整った顔でよくモテる。
「いいや、待たせ過ぎだ。それに、冷えないように温かい場所に入れる分の金を渡すのは当然だ。」
最後にタブレットで問題集を解きながら嫌味を言ってきたのは須藤 友斗だ。クラス一のガリ勉で優等生。それとは裏腹に、意外と遊びに積極的に参加したりなど友情を大切にする面もある。
5人は高校1年生の頃からの仲良しグループだ。クラス内で行った最初のレクリエーションで同じ班になって、それからはクラス替えをしても5人全員が3年間ずっと同じクラスになったので多くの時間をこのメンバーで過ごした。こう思っているのは僕だけかもしれないが…僕たちは親友だ。
「よーし! "おぎりゅー"も合流したことだし、カラオケ行こー!」
「「「おぉー!!!」」」
「いや、カラオケは時間的にもう無理だろ。歌えたとしても数曲だぞ。」
雲母の提案に腕を上げて賛同した3人だったが、友斗にあっさりと拒否された。
「あ、ありゃ?」
「まあ、仕方ねぇか。カラオケはスキップして俺ん家に行こうぜ。」
「そうだね、そうしよっか。」
今日は元々カラオケの後に翔の家に行く予定だったが、大遅刻をしたせいで直接家に向かうことになった。
翔の家では1日早いクリスマスパーティーをした。美味しいチキンやケーキを食べて、プレゼント交換で盛り上がった。また、カラオケで歌えなかった鬱憤を晴らすかのようにみんなでクリスマスソングを片っ端から熱唱した。翔の家が一軒家じゃなかったら苦情が来ていたかもしれない。今日は久しぶりに腹がよじれるぐらい笑った。
「じゃあ、私たちバスに乗って帰るから。」
「アタシと"どうゆう"は電車乗らなきゃだから靜屡駅に戻るわ。」
楽しいクリスマスパーティーもお開きになった。竜介と三つ葉はバス停に、雲母と友斗は電車に乗るために駅に行くのでここでお別れとなる。
「あ〜、これで当分の間はみんなと会えなくなるの寂しいな。」
「そんなのアタシもだし。あ、でも"みっつー"と"おぎりゅー"はラブラブだから明日も会うんでしょ?キスとかすんの?」
「ぶふぉっ!」
三つ葉の突然の発言に驚いて咳を吹き出した。
「な、ななな…何を言ってんの。そんなことするわけないよ。」
「そうそう。竜介ったらまだ手を繋ぐだけでも汗だらだらなんだから。」
「思った以上に情けないな。」
「だっ、だって…。」
「あっはははははっ。」
このやり取りを聞いた翔が突然笑い出した。目からは微かに涙が出ていた。
「悪い悪い。はー、やっぱりお前ら最高だわ。思い出すぜ。入学して初っ端でやったあのレクリエーション。あの時お前たちと同じ班になれて良かったって思うよ。」
「俺たちは親友だ。卒業して離れ離れになってもそれは変わらない。これからもちょくちょく連絡しあったり遊んだりしようぜ。」
翔はみんなの顔を見渡しながら恥ずかしげなく言った。と、思ったらそうでもなかったようだ。
「んじゃ、またな!」
翔の耳は真っ赤だった。でも、みんなそれを馬鹿にはしない。全員の耳も真っ赤だったからだ。
プシューッ
翔の言葉もあってか、帰りのバスでもバスから降りて三つ葉の家に向かう道中でも言葉を交わすことはなかった。
「着いたよ。」
「うん、ありがとう。」
「明日9時30分に迎えに来るから。じゃあ…また明日。」
挨拶をして帰ろうとすると背後からクイ、と引っ張られた。振り返ると三つ葉が服の裾をつまんでいた。何かあったのかと思い、裾をつまむ彼女の手を握った。
「ど、どうしたの?」
「私たち大学は別々だから今までみたいにいっぱい一緒にはいられないね。」
「……うん。」
「私は雲母ちゃんが好き。臙脂原くんも、須藤くんも好き。親友だもん。
でも、竜介が一番大好き。緊張しいでおっちょこちょい。好きなものには素直で、周りの人を気にかけられる優しい人。そんなキミが私は大好き。
ねえ、竜介は私のこと好き?」
「もちろん…だよ。元気一杯で明るいけど、本当は寂しがりや。ご飯を美味しそうに食べるところが本当に可愛いんだ。」
(普段こんなことは言わないから心臓が破裂しそうだ。鼓動がうるさい。)
「じゃあ……、キスして。」
「えぇっ!」
「証が欲しいわけじゃないの。ただ、不安なの…。」
彼女は上目で僕の顔を見た。可愛い。好きだ。この子の気持ちに応えたいと思った。
僕は右手を彼女の頬に当て、膝を曲げて目線を合わせた。彼女は僕のもう片方の手を握って、そっと目を瞑った。
僕らの距離は少しずつ近づき、やがて互いの唇が触れた。とても柔らかかった。僕は何とも言えない充足感に包まれた。
どれくらいの時間やればいいのか分からなかったので、息が苦しくなる手前で唇を離した。恥ずかしくなって電灯を見ていると、彼女は小さく笑った。
「ありがとう。おやすみ。」
「おやすみ………。」
彼女は微笑みながら玄関を開けて家の中に入ってしまった。
「ふ、ふふっ。」
帰り道嬉しくなりすぎて自然と笑みが溢れた。我慢できなかった。彼女の唇の感触を思い出していると、どこからか荒い息遣いと声が聞こえてきた。
「っあ、やめて……誰か…」
「ふぅっ、うるせぇ…はぁっ……黙ってろ。」
"佐藤"さんという家の玄関に目をやるとハイヒールの靴が扉に挟まっていた。どうやらそこから声が聞こえてくる。
「あのぅ、どうかしましたか?」
一応声をかけながらゆっくりと扉を開けた。中では男が女性に馬乗りになり、口に手を当てて声を出せないようにしていた。女性は必死にもがき、男の腕を引っ掻くなどして抵抗していた。
すぐさま襲われているのだと判断して男の服と腕を掴んで引っ剥がした。男は後ろに転がり、靴箱に頭を打って苦しんだ。
「大丈夫ですか?」
女性に駆け寄ると振り絞った力でしがみつき、小さな声で呟いた。
「家の…鍵を開け……したら急に…知らない…………助けて……」
しかし、竜介の意識は男でも女性でもなく完全に別のところに向かっていた。彼女の衣服ははだけて肌が露出し、呟いた際の吐息からは甘い匂いがした。
この時頭の中では自分の手の内でカタカタと震えるか弱い存在を慈しみ、弄びたいとだけ考えていた。その証拠に彼はこの状況にもかかわらず勃起した。
そして突如として脳内で繰り広げられる妄想。それは生まれて初めての女性との乱行。
その一方で、女性を襲った男は後頭部をさすりながら立ち上がっていた。
「くそ! くそ! 痛ぇじゃねぇか…クソガキ!」
男は傘立てに刺してあった傘を引き抜き、竜介に向けて怒鳴った。
「目ん玉にぶっ刺して殺してやるよ!おら!顔上げろや!」
「ったく…。静かにしろよ。邪魔すんな!」
「うっ……あ、あう…」
竜介は顔を上げて男を睨みつけた。あまりの迫真さに男はたじろぎ、傘を放り捨てて逃げていった。
竜介の意識はその後も深い深い快楽の海に溺れていたが、鼻の穴をつたう違和感で戻ってこれた。
「ーーーーーッ!!」
急いで鼻の下を拭うと、血がべっとり拭き取れた。血を見たからか、意識がハッキリとした。辺りを見渡すと男の姿はなく、何が何なのか状況を理解できなかった。
「あ、あの……」
女性が口を開いたので返事をしようと思うと、あの妄想と良からぬ考えが頭をよぎった。
(今なら種を植えつけられると………)
「ぼ、僕はここで。警察……と警察を呼んでくださいね。」
一刻も早く立ち去りたかった。彼女から離れたかった。得体の知れない恐怖に動揺して救急ではなく、警察を2回言ったことにも気づかなかった。
「ただいま。」
「おかえり!どうだ、今日は楽しかったか?」
父が出迎えてくれた。ずっと楽しみにしていた講演とパーティーのことを聞いてくれたが、それに答える気力がなかった。家に着いてからもどこか落ち着かず、そのまま自室にベッドに倒れ込んだ。
「お、おい?」
「ごめん。ちょっと気分が悪いんだ。もう寝るよ。」
「わ、分かった。でも、父さんと母さんは明日から旅行の予定だし、お前も日森ちゃんと約束あるんだろ?」
(ひ……日森…。日森三つ葉…。す…好き………アイ…しテる……)
父親のたった一言が頭の中に響いた。そしてあの女性の時と同じように三つ葉との妄想が繰り広げられた。
「だから、明日の朝になっても気分が優れないようだったら早めに父さんに言うんだぞ。日森ちゃんにも連絡しないとだから。」
「分かったよ!分かったから……1人にしてくれよ………。」
竜介は"日森"という単語を聞きたくないため、父親を追い払うように怒鳴った。父は申し訳なさそうに、そっと扉を閉めた。
妄想で行われていることはいつかできたらなと、心の奥底では望んでいたことだ。
しかし、それによって自分の中の彼女が汚されているようで我慢ならなかった。また、勝手に彼女との行為を想像でしてしまっている自分が情けなく思えた。
自分の意思に反してどうしてもやめられないので、布団の中で涙を流しながら腕に噛みついた。
「うっ、うっ…やめろ………やめてくれ…」
気がつくと朝の7時になっていた。いつの間にか意識を無くしていたようである。
(もう…大丈夫なのか?)
また妄想が始まってしまうのではないかという不安はあったが、昨日とは打って変わって気分は晴れやかだった。
とりあえず顔を洗うために洗面台に行くと、鏡に映った自分の姿を見て驚いた。服の襟が赤く染まり、歯のところどころも赤くなっていた。
「ん、なんだ? 不味い……? これは、血だ。」
舌で口内を舐めると血液特有の鉄の味と香りがした。まさかと思い昨日噛んでいた腕を見ると、傷のほとんどは治りかけていた。
「お?起きたか。体調はもう平気か?」
父親が急に現れた。慌てて服を脱いで洗濯機に放り投げた。
「あー…うん。うん。もう平気。」
「なんで上裸なんだ?」
「いや、ほら。三つ葉を迎えに行く前にお風呂入ろうかなって。昨日入らなかったし。」
「確かに。嫌われないようにしなくちゃな。大丈夫そうなら、父さんと母さんはもうしばらくしたら出発しちゃうから。明後日の夜には帰ってくるから。」
「わかった。気をつけてね。」
「お前も、戸締まりと火の用心な。」
「うん。」
迎えに行く約束の時間である9時30分の30分前までに、適当に準備を終わらせてから出発した。
道中で例の佐藤さんの家の前を通ったが、何も起こらず内心ホッとした。
ピンポーン
彼女の家のインターホンを鳴らすと、家からドタバタという足音が聞こえた。その数秒後に三つ葉が玄関を勢い良く開けて出てきた。
「竜介、おはよう。」
(今日も可愛いな…。あっ……)
ここでも何か起こってしまうのではないかと警戒したが、何か起こることはなかった。
「……おはよう。あ、荷物は僕が運ぶよ。」
挨拶を交わして荷物を受け取ると、三つ葉の後ろから母親が出てきた。
「おはよう、荻原くん。今日は三つ葉をお願いね。」
「は、はい。こちらこそ…? 頑張ります。」
「もう、どういう意味? それにお母さんも変なこといわないで。ほら、行こう。」
三つ葉は頬を膨らませてぷんぷんと怒った。失礼しますと、彼女の母親に礼をしてから後を追った。
道中再び佐藤さんの家の前を通るとパトカーが止まっていた。
「何かあったのかな?」
「空き巣か何かじゃないかな?」
彼女にはここで昨夜何があったのかを伝えるのはやめておいた。何より僕自身が思い出したくなかった。
「マンションにとうちゃーく。ここの4階だっけ?」
「そうだよ。401。」
「1人で遊びに来たことはあるけど、お泊まりするのは初めてだね。しかも2人っきり♡ ドキドキする?」
「うん。めちゃくちゃ。」
「じゃあ、早速始めちゃおうか。この日のために色々準備してきたからね。」
「ゴクリ…な、何を?」
「ふふふ。じゃじゃーん。」
彼女の荷物の中には色々なボードゲームや映画のカセットがぎっしり詰まっていた。あまりにもギチギチだったので、少しあっけにとられた。
「今日はいーっぱい遊ぼ?」
「うん。」
この日は1日を通して遊び尽くした。間違いなく、今日が人生最高の日だ。この時間がずっと続けばどれほど幸せだろうか。
楽しい時間にも終わりがくる。気がつけば23時になってしまっていた。遊び足りなかったが、明日は学校ということもあって就寝することにした。
「あっという間に寝る時間になっちゃったね。」
「うん。」
「今日楽しかったねー。」
「うん。色んなことしたね。」
「ね。ボードゲームに映画鑑賞、お昼ご飯とお夕飯作り。全部最高だった!」
物思いにふけっていると、彼女が僕の方に寄って手を握ってきた。最初はビックリしたが、一度心を落ち着かせて彼女の方を向いた。
「ねえ、大好き。竜介は私のこと好き?」
「うん。大好き。」
「うー、恥ずかしい。ねえ、竜介。あの日の続き…しない?」
「え?」
彼女から誘われた。これほど嬉しいことはない。もちろん「はい」と答えたかった。でも、躊躇った。自分が自分じゃなくなってしまいそうで。本当に嬉しかったけど、断ると決めた。彼女を守るために。
「ごめん、三つ葉。僕は……う、あ……ぐふふっうはっ!」
しかし、僕の身体はそれすらも許してはくれなかった。急に意識が遠くなって、彼女のことを乱暴に襲った。彼女が何て叫んでいたかすら分からない。僕が感じ取ったのはたった1つ、快楽だけだった。
僕が目覚めたのは12月25日月曜日の16時24分だった。
でも…そう、そんなことはどうでもいい。全てどうでもいいと思える光景が目の前にはあった。
ベッドの上で寝ている三つ葉のお腹が大きく膨らんでいたのだ。それに彼女が昨日よりも痩せたようにも見える。まるで、お腹にいる何かに養分を吸い取られているかのようだ。何度も声をかけても返事がないため、何をどうすればいいのか分からず、ただ時間だけが過ぎていくように感じた。
あれから何分経ったのかおぼえていないが、その時は突然きた。
三つ葉のお腹がメリメリと音を立てると、腹を喰い破って内側から赤ん坊が出てきたのだ。
これはきっと悪夢だ。そうに違いない。
けれど、飛び散ってかかった三つ葉の血は確かに温かかった。
読んでいただきありがとうございます。
もし良ければ感想や直した方がいいところを書いてくれるとありがたいです。よろしくお願いします。