2話
今から80年ほど前の話。
当時の日本は太平洋戦争の末期であり、毎日のように空襲がきていた時期の頃。
この町の若い二人の男女がいた。
その二人はこの町のどこかにあるという、一年中桜が咲くといわれている場所でこっそりと会っていた。
その場所は昔から町に伝わる伝説として知られていたが、詳しい場所はその二人しか知らないという。
彼らの詳しい事情はよく覚えていないが、とにかく公の場で会えない二人は二人の秘密の場所としてその場所へ行きこっそりと会っていた。
そんなある日、男の方に赤紙が来てしまった。男は戦争へと行かないといけなくなってしまったのだ。
男はいつものようにそこへ向かい、女に向かって、
戦争へ行かなければならないこと、そして戦争が終わったらどこか別の場所へ行こう。
そう言い、続けて、
それまでここで待っていてほしい
そう伝えた。
その後男は戦地へ赴き、女は戦争の終結を待ち望み毎日のそうにそこへ通った。
ある日その町に空襲がやってきた。女はいつものようにその場所へ向かっていた。
女は桜に近づこうとした瞬間、焼夷弾が空から降ってきた。
運悪く直撃してしまい、体は燃え、苦しむ間もなく一瞬の内に死んでしまった。
その後何度かの空襲により町は半壊状態になり、復興にかなりの時間を要した。
かつて女がいたその場所には、戦地から帰ってくるであろう男を待ち続けている女が霊がいるといわれている。
「という話だ。」
「…」
正直何度も聞かされた話なので大して驚きもしない。
認知症が故なのか、はたまた別の要因があるのかはわからないが、会うたびに毎回この話をされている。
親父はこの話をずっと聞かされてたのかなと思った。
「それじゃあそろそろ帰るよ」
「おお、元気でな」
そう言葉を交わし病室を後にした。
病院を出てだいたい5分は経っただろうか。
退屈になってきた。
周りを見渡してみても右側に住宅街、左側には山があるだけ。
ずっと同じ景色が続くうえ、家までの道のりはまだまだなのでさっさと歩かないと退屈すぎてしんどい。
「だからあまり病院には行きたくないんだよなあ」
人としてどうなのかと疑われそうな発言をしながらも帰路を歩き続けていた。
その時、桜の花びらが目の前に現れた。
普通は気づかない、あるいは気にも留めないであろうその小さな花びらがひらひらと落ちていく様子をなぜかしっかりと見ていた。
この感覚…どこかで…
ふと左側にある山の方を向いた。
何の変哲もない山のはずだが今は不思議と吸い込まれるように見つめていた。
気が付けば山の方へと歩き出していた。それはまるで何かに導かれているかのように山道を歩いていた。
自分自身どこへ向かっているのか、そもそもなんでこんなことをしているのか理解していなかった。
山に入ってからどれくらいの時間が経ったか、遠くの方に冬の時期には絶対咲いていないであろう桜が咲いていた。
ひと際目立つその桜はこの時期には似つかわしくないはずなのに不思議には思わず見とれてしまった。
桜に見とれていた時ふとその近くに人がいることに気が付いた。
普通なら見知らぬ人には近づこうとはしないのだが、気が付けば足が動いていた。
自分はあの顔に見覚えがある。それは遠い遠い記憶。今の今まで忘れていたその記憶。自分はこの場所へ来たことがある。
それは6,7歳頃この町の伝説を聞いて探しに行ったときのこと。
あの時も導かれるようにこの場所を向かったと思う。
そんな昔の記憶が思い出している最中にその人の近くまで来ていた。
近くまで来てようやくその人物がどのような容姿をしているのかが分かった。
着物姿で肩までかかった黒髪が特徴で背は自分より少し低いぐらいの女性が立っていた。
そのようなことを考えている内に女性がこちらへ振り向こうとしていた。
振り向くその瞬間、幼少期の時にまったく同じ構図でその女性が振り向いたのを思い出した。
ただ昔の記憶と違うのは振り向いた後に言葉が発せられたことだった。
「お久しぶりです」