また走ればいいよ
昼間、太陽が海を照らして、水面がシャンデリアのように煌びやかに光っていたが、夕方になると、橙色の夕陽が海をゆらゆらと、穏やかに燃やしていた。
「連れてきてくれて、ありがとう」
バイクにまたがり、後ろから彼の広い背中を見て、ふと魔が差したように、抱きついてみたくなった。人肌恋しい季節は終わったはずなのに、俺の中ではまだ続いているみたいで、感謝という名目で建前で盾を使い、ストレスを軽減させるために、抱きしめてしまった。数秒間、抱きしめた後、触れるのもはばかられると思ったので、手持ち無沙汰で、意味もなく手の甲をさすった。どんな顔しているんだろう。そもそも、これ普通に犯罪では?と不安と恐怖と自己嫌悪で脳内からはち切れそうになった。
「どういたしまして」
といつも通りの優しい声で返された。許された。嫌われて、電車で帰る覚悟までできていた。それほどまでに、意外だった。恐る恐るベルトを掴むと、手離さないでよ、と上からしっかりと握られて、やっと安心した。
夜道を走っていると、車のベッドライトが背中に光を当てている。いつもとは違う状況で、警察から逃げている悪人のような、高揚感があった。一寸先は闇、先人はよく言ったものだ。将来なんか何もわかんないんだから、この瞬間を楽しめればそれでいい、今だけは。
「まだ走ってたいな」
「また走ればいいよ」
見慣れた街並みに、この旅のゴールテープを見出してしまい、視線を落とした。魔法が解ける寸前、靴でも落としてしまえば、物語は続くんだろうが、いや、王子様の狂気がなければ、破綻する。リュウくんの言う、「また」はいつ訪れるんだろうか。もう訪れることはないのかな。俺が死んじゃえば、永遠に。悪魔な自分に不安を煽られる。この将来への淡い希望が、消えかけている命の炎を、いつまで燃やし続けてくれるだろうか。約束だと小指を絡めた。




