ほんとそうっすよ
「テン、お前、まじで動きよくなったよな」
仕事を始めてから三ヶ月目。突如、ヒロさんに褒められた。あのまま仕事で怒鳴られる以外は、ヒロさんとは適度の距離感を保たれたまま、過ごしていたので、一方的に嫌われていると思っていただけ、とても驚いてしまって、数秒は時が止まった。
「ん?ヒロ、テンに怒鳴れなくなって、寂しいん?」
とアキさんがヒロさんの肩に腕を置きながら、ヒロさんのことを囃し立てる。
「馬鹿言わないでください、コイツを怒鳴ることなんか、まだいくらでもありますよ」
とニヤニヤと笑う。
「例えば?」
例えばあ?、とヒロさんは俺に対してのダメ出しが、本当にいくらでも出てきて、聞いている方としては、気が滅入ってくる。が、すべて俺が仕事でミスしたところやできないことばかりで、メモとして欲しいくらいだ、とも思った。
「三浦さん、そんなに言うと、テンテンがまた泣いちゃいますよ」
リュウくんが俺の肩を持って、登場してきた。でも、この発言が俺の肩を持っているとは思えなかった。リュウくんとはこの三ヶ月でかなり仲良くなった、と個人的には思っている。だいたいは俺の慰め役をしてくれたり、動けないときに介抱してくれたりと、俺ばかりが迷惑をかけていて、俺がリュウくんにできることと言えば、シュークリームを買ってあげることと、ゲームを貸してあげることくらいだ。
「泣くん?」
とアキさんが卒業式のときみたいな、泣くか泣かないか好奇心に任せて、聞いてきた。
「いや、そんなしょっちゅう泣きませんよ。しかも、こんな人前で」
「えーっ、テンテン、今朝も泣いてたくせにぃ」
とリュウくんに容赦なく言われ、泣かないか心配になったのか、いや、ただ拗ねた顔を見たかっただけか、ニヤつきながら、顔を覗き込まれた。
「もう、何で言っちゃうんですかあ。普通に恥ずいんですけど」
笑いながら、その悪い口がついた頬をつねった。そうして戯れていると、ヒロさんに笑われた。
「いやあ、本当に良かったよ。リュウタロウがいてくれて。俺の手では、こんなやべえ奴は扱えねえからさ」
「ありがとうございます」
リュウくんが光栄だとでも言うように、ニコニコとした笑顔をヒロさんに向ける。
「俺って、そんなやばい奴ですか?」
「やべえよ、始めはまじで死ににきたんかと思ったわ」
と、ヒロさんが過去のこととして笑った。そして、少しの沈黙があってから、ごめんな、と言われた。
「何で謝るんですか?」
「俺、死にたい奴とか病んでる奴とか、あんま理解できなくて、アキさんにもすげえ言われたんだけど、わざとやってんじゃねーのってくらい使えねえし、とれえし、それで、イライラして、怒鳴って、八つ当たりなのはわかってんだけど、どうしようもできなくて、傷つけて、まじでごめん」
「ほんとそうっすよ」
と深々と頭を下げるヒロさんに向かって、リュウくんが呟いた。
「え?」
「三浦さんはいっつも言い過ぎなんすよ。僕、三浦さんに言われたことで、まだ根に持ってるんすけど、自分が何言ったか、覚えてます?」
リュウくんの中にあった怒りのダムが崩壊したように、一気にまくし立てている。
「ごめん、覚えてない」
「そうですか。三浦さんは『そんなんだから、親に捨てられるんだよ』って僕に言ったんですよ。事実だとしても、あまりにも酷すぎるじゃないですか」
リュウくんは涙目になりながら、抱えていたものを全てぶつけるように、訴えた。
「……ごめん」
ヒロさんは頭を下げて、それしか仕方がないように、言い訳もせずに、ただひたすらに謝り続けた。
「はあ、それ、そん時に言って欲しかったっすわ。こんなに引き摺らずに済んだし。でも、僕の方も、すいませんでした。あん時はかなり生意気な態度ばっか取って」
とリュウくんも頭を下げた。何だかよく分からないけど、重苦しい雰囲気に飲まれていたので、俺はただ目の前の光景が超リアルなドラマか何かに見えた。
「本当、それはよく覚えてるわ」
ヒロさんも許したように笑う。重苦しい雰囲気から解放されて、現実味が戻ってきた。
「そう思うと、お互いによく成長したんだなあ」
「何すか、アキさん、俺らのお父さんっすか?」
腕を組んで感慨にふけるアキさんに、ヒロさんがその肩を叩いて突っ込んだ。
「テンテンさんは?」
駐車場へと向かう二人の背中を見ながら、後ろについて行く。リュウくんと隣同士で歩いて。
「俺は、別に、リュウくんに慰めてもらってるんで、傷は癒えてますよ」
「たまーに悪いこと言いますよね」
「え?」
「なんでもない」
と彼は上機嫌でスキップでもしそうな軽やかな足取りだ。気に触るようなことを言ったのか、反芻して確かめてみたがよく分からなかった。




