いっせーのでやめにしませんか
「橋下さん、リュウです。ちょっといいっすか?」
とリュウさんが軽くドアを叩く。緊張が全身に走る。
「ん、何?」
と出てきたのは、俺の知ってるアキさんで胸を撫で下ろした。リュウさんが俺の方を一瞥して、「合ってる?」と聞いているみたいだ。こくこくと頷いて、リュウさんの背後から心を決めて、アキさんに近づいた。緊張で手と足が同時に出そうになった。
「あの、アキさん、これとかあとこの服とか、もろもろ全部、色々としてもらって、迷惑かけてすいませんでした」
「礼を言うんなら、『ありがとう』のが、俺的には気分良いけど」
「あっ、まじでありがとうございますっ!」
と深々と頭を下げた。俺も「すいません」よりも「ありがとう」と言った方が気分が良かった。その頭を撫でられて、驚いて頭を上げると、満足げにニヤついたアキさんの顔が見れた。
「にしても、二人はいつ仲良くなったん?」
「僕が食堂の隅で蹲っているテンさんを見つけて——」
リュウさんが話していくにつれて、俺の顔が真っ赤に熱くなっていく。
「その、待ってたら、いつかは会えるじゃないっすか」
と決まりが悪く言い訳をして、
「効率悪ぃ」
と馬鹿にされた。
「まあそのおかげで、僕達仲良くなれたんで」
とリュウさんが仲裁するように微笑む。
「リュウ、テンのことをよろしく頼んだぞ。こいつ、貧弱で即行で倒れっから」
と別れ際に嬉々として笑うアキさんが、軽快にリュウさんの肩を叩いた。こんな奴を頼まれてもリュウさんにとっては、たまったもんじゃないだろう。
「はーい、了解ですっ!」
という威勢のいい返事を聞かされて、肩を持たれた。アキさんの前だけは良い子に演じているんだろうとタカをくくっていたが、ドアが閉じられたあとも、一向に俺から離れる気配がない。何なら、一緒にコンビニでも、と誘われた。
「じゃあ、テンさんはあそこにずっと座ってて、晩御飯は食べてないんですか?」
「まあ、食べなくても大丈夫です」
「あっ、テンさんのが歳上なんで敬語じゃなくていいっすよ」
「でもリュウさんのが、俺よりも先輩ですから」
お互いの距離感がうまく掴めていない。
「何か敬語を使われるのは変な気分ですね。使う分には良いんですけどね」
「俺もそうっすよ」
使う分には尊敬の意思が簡単に示せていいけど、使われる分には俺はその尊敬に値する人間に思えないから、ただ距離を置きたいように感じてしまってならない。
「じゃあ、いっせーのでやめにしませんか?」
「ふふっ、敬語ってそういうものですか?」
と俺が笑うと
「嫌ですか?」
と俺の顔を伺うように覗き込んでくる。




