コンポタ缶のコーン
夢すらも見ない深い眠りから、現実へと引き戻されるようにパッと目が覚めると、この世界を認識するのに十秒ほどかかった。たぶん、ここは俺の部屋だと。床に寝っ転がったまま、壁を見つめていたのだが、そう思った。起き上がるのには、莫大な時間を要すると思ったので、今は諦めた。頭の血管が脈打つ度に痛くて、うざったくて、死んでやろうかと思った。そんな脅しは、頭痛には関係ないので、だるかった。
「わかったよ、降参する。俺が悪かった」
と言っても、手加減なしに痛んでくるので、もっと痛ませてやろうとムカついて、頭を拳で叩いた。脳震盪を起こしたように、また数秒間、動けなくなった。自分の頭を叩いたら、自分の頭が痛くなる、なんて当たり前で、でもそれを世紀の発見でもしたように、驚きながら「これは俺の頭なんだ」と感銘を受けた。その数分後、かなりこの世界が理解できてきて、俺は酒を飲んだ二日酔いで動けなくなっていたことが判明した。この怠さも頭痛も吐き気も全部、二日酔いのせいだった。目を閉じると、脳の視界がぐにゃぐにゃに歪んで、まじで吐きそうだ。けれど、延々と壁とにらめっこしていると、壁が怒りん坊の顔をするので怖かった。顔じゃないのに、視線と気配を感じて、お化けがいると信じた。カオスな模様がぐちゃぐにゃになって、規則正しく整列したと思えば、集合体恐怖症を呼び覚ます。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……
「おえ、気持ち悪ぃ」
嘔吐いても、何も出やしない。何か吐き出して、楽になりたかったのに。それも俺には贅沢だ。気持ちが遅刻したように走りまくって、呼吸が追いつかなくなっていく。
「何で俺だけが、こんなにも苦しんだよっ!つらいんだよっ!死にてえんだよっ!周りはみんな幸せそうで、馬鹿みたいに笑ってんのに。ああ、悲しみに押しつぶされそうだ。どーせならば、圧迫死させてくれ」
適度な重圧の悲しみに、思わず嗚咽を漏らした。生きづらいけど、生かされている。もう嫌だよ、そんなの。どーせならば、どーせ、生きるのならば、生かされてるんじゃなくて、生きてえんだよ。誰よりも俺の人生が最高だって、胸張って威張り散らしてやりてえんだよ。胸の中はいつも空っぽで、部屋に転がる缶もいつも空っぽだ。でも俺の脳内にある、不幸缶には溢れんばかりの不幸が詰まっているのに、幸福缶には底に穴があいているようでコンポタ缶のコーンほどしか残らない。虚しさでいっぱいだけど虚無感を感じている。意味がわかんない城跡を見ている気分だ。そこには確かに城があったんだろうけど、焼け落ちてしまったり何かして、今はもうそこにはない。城の美的要素も機能性も、外観さえもなくなったそれを、俺の心は持っているみたいだ。最初から城なんてなければ、壊されずに済んだのに、傷つかずに済んだのに。この城跡が亡くしてしまったものを、いつまでも忘れずにいて、風化させるのを拒む。胸の痛みは、それが存在する限り、消えない。




