女は隠せねえし、酒は吐き出せねえんだよ
部屋に閉じこもると、誰にアピールするわけでもないのに「はあああ」という深呼吸のような大きなため息をついて、床に這いつくばった。俺は死体、死体だ、いや、ゾンビだ。とわけのわからないことを反芻して、ゾンビだからという謎の理由で、微妙に動いて、さっき買った酒に手をかける。プシューっ、さっき俺が吐いた息と同量程度の炭酸が抜けた。床に寝っ転がったまま酒を浴びるなんて、こぼれる酒がもったいないので、襟を正して正座に座り直した。
「いただきます」
何かの厳かな儀式みたいだが、酒に対して自室で一人でこんなことをしているのは、何とも滑稽だと思った。缶の縁に唇を当てるとひんやりしていて、柑橘系の香りに心が絆された。缶を傾けると、パチパチと弾ける炭酸が、口の中で愉快に飛んで、それを喉の奥まで流し込んだ。
「っんまあ」
ついこぼれ落ちた感嘆は、二口めを呑むための息継ぎみたいなものだ。二口め、缶を傾けすぎて、口から少量だがこぼれた。水滴は顎をつたい、首から胸の方へ流れていった。なぞられるように流れていった酒は、冷え性で少しくすぐったかった。ああああ、大好きだ。こいつがいるから俺は生きていられる。ストレスも疲れも記憶も、すべて飛んじゃって、ただ気持ちよさに身をゆだねた。
コンコンコン。
「テン、一緒に飲もーや」
背筋が凍った。性行為中に部屋に誰かが入ってきた気分によく似てる。ノックをしてくれるだけありがたいが、女は隠せねえし、酒は吐き出せねえんだよ。もうしゃーねえわ。
「俺、もう寝ちゃいますよ?」
へらへらと、くねくねとしちゃうので、ドアノブに体重を支えてもらいながら、お行儀悪く出迎えた。そこには、風呂に入ってきたのか上下ジャージ姿のヒロさんが、コンビニの袋を片手に立っていた。
「飲んでんのかよ」
と若干の呆れ顔をされたが、んなのは、どうでもいい。上気して赤くなった頬も、土埃のついた作業着をまだ身に付けていることも、全部どうでもいい。酔ってるんだもん。
「じゃ」
「ちょっ、何閉めようとしてんだよ」
「だーっ、俺と飲んでもつまらんっすってん」
何語かわからない言葉を発して、頭をかいた。自分を見失っている。この人は、何でドアを閉めさせてくれないんだろう、とただただ疑問に思った。
「そのよりも、お前、飯食ってないっしょ?」
「酒が栄養っすよ、ひひっ」
と気持ち悪く笑って、何が面白いのか分からないが意味なく笑えた。それを見たヒロさんは怒ったように
「ろくでもねえな。これ、お前の分、つべこべ言わずに食え」
とマカダミアナッツチョコレートを俺の胸に押し付けて、帰っていった。よく分からない人だと思ったけど、気にせずに酒を飲んだ。最後の一口になって、精神科医から飲むように言われている薬があることを思い出して、酒と一緒に飲み込んだ。




