99:烏天狗(シガミー)、ふたりめの友達
「「ひかりのたま」」
ポポポゥワァン。
広くはない渓谷の亀裂。
左右の断崖を、ギリギリ照らせるくらいの灯りを灯す。
暗闇にあらわれる、割れた大卵。
夜目が利くとはいえ迅雷ごしだと、色合いがわかりづらい。
ひかりのたまを指でうごかして、よーく照らす。
あらわになる姿。
あざやかな芥子色の帽子をとって、頭をカシカシと掻いている。
頭のうえからピンと突きでた、髪色とおなじ黒い耳。
利発そうな人の顔。けど顔つきは、どことなく狐っぽい。
肩をおとし、かなしげに卵のからをみつめている。
年の頃はレイダよりは上。
ニゲルよりは下くらいかな。
こんな闇夜に、子供がひとりで出歩くのはどうかと思うけど、ひとの事は言えないわけで――言わないでおく。
「ざ、残念だったね……たまご」
彼にとって〝たまご〟は、いのち拾いしたことよりも重要らしかった。
なんて声を掛ければ良いのかわからず、思ったことをそのまま言ってみる。
すると狐耳が、ピクリとコッチを向いた。
両手をガシリとつかまれ――上下に振りまわされた!
「助けてくれて、ありがとぉうコォォン、あの高さから落っこちて無事って、一体どんな屈強なやつかとおもったら……子供? あ、わかったコォン! さては屈強な子供だね?」
「あわわ――!? た、たしかに――ぼくは普通の子供よりは頑丈かも……ね」
助かったのはコッチもだけど――彼には手刀のスキルをつかった、自覚がないのかもしれない。
ぎゅっ――落ち着かないから、手をつかみ返してとめた。
「うにょるぁー!?」
ルコル少年は、押さえられた腕にふりまわされ、ぴょぴょんと跳ねた。
「〝我をぉ――連れもどしぃ――部隊ぃ〟――ではないぃ――コォォォン?」
覇気のない、ふんにゃり声が、渓谷に木霊する。
「ルコルさまを見たのは、今日が初めてだよ」
「ほんとぉぉぉぉぉぉぉぉぉに、リカルルの手のものではないぃ――コォォン?」
ものすごく疑われてる。
「リカルルさまは町でいつも見かけるけど――話したこともないよ」
リカルルに、ぼくのことがばれたら――どんな面倒なことになるかわからない。
素性はできるだけ、内緒にしておきたい。
「君は黒づくめで怪しーけど、嘘ではないぽい――ふぅぅー、安心したコォン」
落ちこんだり疑ったり、安心したりといそがしい。
せわしないやつだけど、悪いやつではない気がする。
「リカルルさまのご親戚ってことは、貴族さまなのかい?」
立派な身なりから、コントゥル家の縁者というのは嘘ではないことがわかる。
「そだよ。けど貴族じゃないコォン。〝さま〟は、いらないコン」
「じゃあ、ルコル。はじめまして、ぼくは――」
長手甲と高下駄のない今のすがたは、天狗というには寸足らずだ。
「ぼくは――烏天狗だよ♪」
この小さい天狗姿は、そう呼ぶことにする。
「〝カラテェ〟だね、すてきな名前だコォン」
「〝烏天狗〟だよ?」
「カフェラテみたいで、おいしそうだコォン」
おいしそう? 食べ物の名前に似てるのか?
じゃあ、〝カラテェ〟でいいや。
§
「ガムラン町で買いとり枠が一杯になっちゃった物を、隣町に売りに行くとちゅうなんだ」
真夜中に出歩いてる理由くらいは、正直に説明する。
「ふむふむ、なるほどコォン。じゃあさじゃあさ城塞都市までさ、案内してあげるからさ――もう一回取りにいくのを手伝ってくれないコォォン?」
ルコルが指さしたのは――割れた卵の殻。
「じつわさ――明日の朝までに、たまごを持って帰らないと、折檻されちゃうんだコォン」
ふたたびうなだれる、ルコル少年。
「それは大変だね。けどぼくも、朝までにガムラン町にもどらないと――折檻されかねない」
金剛力がまた使えるようになるのは、明日の深夜。
いますぐガムラン町に引きかえしても、歩くしかないからギリギリ戻れるかどうかだ。
「じゃあさじゃあさ、手伝ってくれたらさ、我がこの杖で送ってってあげるからさ――」
杖……魔法の杖?
リオレイニアが姫さんがらみの急な用事で、平たい城に飛んでかえったとき――本当に空を飛んでかえったのを見たことがある。
ふだんの小さいのじゃなくて、太くて長くて〝大きな石がついた杖〟に持ち替えてた。
たしかにアレなら、ひとっ飛びで――
「――なんたって、君は腕が立つコォン。ついて来てくれると、とても助かるコォン♪」
袈裟懸けにした、おおきなカバン。
その中から、ルコルが取り出したのは――
「え? これが杖……なの?」
それは冒険者ギルドにあるのと、まるっきり同じ作り。
どこからどう見ても、何の変哲もない、ただの一人掛けの――〝椅子〟だった。




