98:烏天狗(シガミー)、渓谷を(縦に)疾走る
「じゃぁさじゃぁさ、君はガムラン町から来たコォォン?」
「そうだよ。ええと、〝肩こる〟さんはこの渓谷を抜けた町から?」
足のしたを、ガムラン町近くの岩場にも似た景色が、流れていく。
「そぅだコォン――肩はこってないよ?」
「ところで、その手に持ってるのは――?」
よく見れば、〝肩こる〟さんは、縞模様の巨大な卵を抱えてた。
「ははは、ちょっと卵をもらおうと思ったコン――しっぱいしっぱい」
「じゃあ、〝肩こる〟さんは自業自得ですね」
「そうなるコォン、あははは――笑い事じゃないし、肩は凝ってないよ?」
「(どうする迅雷?)」
「(シガミーひとりなら、どうとでもなりますが――おそらくは、リカルルと縁のある人物と思われる以上――なおさら、ルコラコル氏を見捨てるわけにもいきません)」
「あのさ、〝肩こる〟さんは――」
「だから肩はこってないコン?」
「――リカルルさまの、お家の人?」
「えー、リカルルを知ってるコォン? ひょっとして君は――〝我を連れもどし部隊〟のひとー?」
きゅうにジタバタしだす――〝たまご泥棒〟さん。
――――するん!
大鷲のかぎ爪をすりぬけ――「あぁ~」と落ちていく……えーっと、どこが凝ってるんだっけ?
「(ルコラコルです)」
「ル凝る――だね。おぼえた!」
膝を曲げ、高下駄の歯で大鷲のはらを――ドカリと蹴りあげた。
「ピィギャガヤァァァァァァァァァァ――――!?」
するん――――(地表まで12秒です)――――ルコルを追いかけるように、ぼくも落ちていく。
しっかりつかんだ卵を放さない――ルコル。
暗闇のなか、大声も出さずに「あぁ~」と落ちていく。
ひょっとしたら、あれで叫んでるのかもだけど――胆力に感心した。
コッチは迅雷が辺りをあかるく見せてくれているし、不気味でうるさい風音も聞こえなくしてくれている。
長手甲と高下駄をのばして、外套をおおきく広げた。
――――――――ババババッバッツバババババッ!
風をつかんで、落ちる方向を変える。
せまる断崖絶壁を――いきおいよく蹴りとばす。
ガガガガガガガッガガッ――――ごごごっん!?
蹴ったところで、切り立つ断崖は、目にもとまらない。
その垂直にそって、一回転。
くるる――――スタッタットトン――――ごごぉぉん!
地表へ向かって、加速する。
必死の形相で卵をかかえた――「あぁ~」――を追いこす!
そんなことをすれば当然、地表にぶつかる――――けど、こうでもしないと、ルコルは助けられない。
ピュピピピピッ♪
真っ赤な▼が――危険をつたえてくる。
「(落下中の姿勢制御に、下駄の歯をつかってください)」
よこにするん、だったっけ?
ザッゴゴゴンッ――――こしをひねり、両足をそろえ――――ズザザザザザザザザザザザザザザザザァァァァァァァァァァァァァッ――――!!!
沼の水面を、下駄の歯で切って進んだのとは――話がちがう。
加速し――断崖を踏み割りながら――落ちる方向を無理矢理、変えているのだ。
下駄がつかんでるのは――水面じゃなくて、硬い岩。
――――ゴゴッガッゴゴガガッガッ――――!!!
金剛力でも吸収できない――――全身を包む、凄まじい衝撃!
「ぐぎぎぎぎぎぎっぎっ――――!?」
地をすべり降りる天狗を――――卵を抱えたルコルが、ひょろひょろと追ってくる。
その落下速度はとても、ゆるやかだ――――(地表まで2秒)!
「ああぁ~~~~」
覇気のない――――叫……ばない声。
ふざけてるわけではないらしく――――その表情は死への恐怖で、ゆがんでいる。
ズザザザァァァァッ――――(相対速度30センチ/S)――――がしぃっ!!!
長手甲で、しっかりと受け止める。衝撃はない。
ふわりと浮かんだルコルを、大きな卵ごと――抱きとめた!
「(地表まで0秒――)」
ピュピピピピ――――――――ッ♪
危険をつたえる、真っ赤な▼が――消えなくなった!
「(すこしは向きを変えられたけど、このまま落ちたら二人ともつぶれちゃう。どうにかしないと――――迅雷!)」
「(はい、シガ――――!?)」
「くぉりゃぁー」
――べちん!
あまりのことに一瞬、かんがえを止めてしまった。
卵をかかえるだけだったルコルが――――ぼくのあたまを叩いたのだ!
「(やべぇ――地面にぶつかる――迅雷)」
「(シガ――――)」
「くぉりゃぁー」
――ぺちん!
これは、姫さんとおなじ――――〝先制攻撃〟スキル!
ぼくは、敵じゃねぇぜ――――――――!?
高下駄の歯が――――地表に突き刺さる――――(地表までー1秒)!
ごっぉぉ――――全身をつらぬく力の奔流。
これに耐えられなければ、おれたちは死んじまう。
「(耐衝撃に金剛力の――ぺちん!――全てを回し――ぺちん!)」
落下の衝撃が――ぼくの全身を。
ルコルの手刀が――ぼくの頭を、
攻撃してくる――――ブブブブッキャチャカチャキャチャ――ぱしゃん!!
それはぼくが――〝背負ったレイダごと、金剛力を使ったとき〟みたいな。
ルコルと卵とぼくをからめとった、黒く細い無数の機械腕。
視界が、覆われ――――ぺちん!
「おい、ルコル。いいかげんにしろ、おまえ!」
「くぉりゃぁー」
半狂乱の狐耳は、聞く耳を持たない――べちん!
バキバキバキバキバキバキバキバキ――――ぐっしゃん!
粉々に砕けちる機械腕。
どたんっ――――地の底に投げ出された。
衝撃はとどまらない――――死を覚悟する。
こんどは五百乃大角じゃない、いつも腹を空かせてねぇ神さんがいる来世が良いなあ。
「くぉりゃぁー」
べちん!
小柄なルコルの、ちいさな手刀。
意外と痛い。
っていうか――――手刀から立ち上る、光の渦。
「(よけてくださ――――)」
光る手刀をよけたら――どごごごぉん!
ゴゴゴゴッバキャバキャバキャッ――――――地の底に亀裂が入った!
亀裂はどこまでも伸びていき――――渓谷の断崖を割り――――ぐわららららららららららっ!!!
「(ルコラコルは受けた攻撃を、相手に返すスキルの持ち主のようです)」
ひび割れた断崖絶壁が、巨大な岩石に分かれていく。
「(つまり、落ちた衝撃を――断崖にぶちかえした?)」
死の間際に〝落ちた衝撃〟が――ひかる手刀で無くなった……らしい。
「助かった!?」
ごごんごどん、ずごどごん――――あたりに落ちてくる瓦礫!!!
「――あぶねぇ!!!!!!!!」
ぼくは最後に残っていた、右足一本の金剛力をふりしぼった――――バキバキッ!
「(金剛力全壊)」
ふぉふぉん♪
『Power_Assist
>再生産可能まで24時間
>残り時間 23:59:51』
狐耳をかかえて、落ちてきた大岩をよけた!
つるん――――「(「「あ」」)」。
ルコルの手から大卵がすっぽぬけた――――がしゃん!
「た、た、たまごがぁぁぁぁーーーー!?」
ルコルの叫び声が、渓谷に響いた。




