97:神使いシガミー、ぬま地を疾走る
ふりかえるとシガミーを最初に町へ入れてくれた衛兵が、まだ手を振っていた。
「夜番はこれからが本番……不寝の番は大変だよね」
今夜は月も星も、出てないしさ――
「(ギャバハハハハハハハハハッハハハブビャビャビャッ、ギュフッピャー♪)」
「ねえ、君は仮にも美しさの象徴で神様だろう? ぶびゃびゃぁ――は無いと思うよ」
「(ぎゃばばばばっばばば、き、きみぃーだって、何言ってんのよ! 本当にシガミーなの!? ひぃーひひひっ――じゃぎゅdjhんdlj――ぶつん♪)」
宴会で食堂まるごと全部、食い散らかした五百乃大角さま。
腹一杯になって居眠りを始めた御神体は、まちがいなく猪蟹屋の祠にしまってきた。
「ねえ迅雷クン、君の収納魔法に、いつでもどこからでも五百乃大角の〝梅干し〟が出入りできるのは、マズくないかい?」
あれ? 梅干しが消えた――ひょっとして、帰った?
「(――――イオノファラーは、上位権限を所持していますので、問題ありま……)」
「(――残念でしたぁ、まぁだぁいーまぁすぅー!)」
本当は――惡神なんじゃないかと、思うときがときどきある。
別の和菓子の影から顔をだす、梅干し。
スタタッ、トトォォォ――――ン!
多少夜目が利く程度では、天狗装束のシガミーを目でとらえることはできない。
ガムラン町を15歩で走破できる――金剛力を全開にする。
トトォォンタタァァンストトトォォォォォォォォォォン――――どごぉぉん!
残響をのこし、一瞬で目のまえの丘を駆け登った。
ひゅぉぉぉぉぉぉぉぉっ――――すぽん♪
風を切る音が、耳栓でふさがれた。
跳びあがった高さは、三階建てのギルドの……倍くらいかな。
右手には森の木々。左手には大岩が転がる荒地。
さっき地図で見た『湿地』が、どんどん近づいてくる。
「じゃあ、道なりに進むね?」
ぬかるむ地面に、石や木でつくられた街道。
金剛力で駆けぬけると、壊れそうだから――点在する岩や倒木を踏みつけていく。
「(ねぇちょっと迅雷、真面目な話、シガミーはどうしたの?)」
「(大したことではありません。猪蟹屋の新メニュー『ボテトカツ』に殺到する女性客への配慮です)」
「(ふぅん――まぁ、なれてきたら「ぼく」の方がよっぽど、かわいい外見には似合ってるわよ――すくなくとも「おれ」よりは、プークス♪)」
「うるさいよ? (いちおう聞いとくけど、そもそもなんで――おれぁ子供でしかもこんなしゃらあしゃらした形で、ここに来ることになったん……だい?)」
若返るにしても、おれの元の体でも良かったんじゃ?
「(だって、そのシガミーの姿形はさ、ランダム生成したら偶然できた珠玉の造形だから――消したくなかったのよ。作りなおすのには課金しなきゃだしぃ――?)」
「(迅雷クン――説明できる?)」
「(偶然うまく作れたシガミーの体を、あらたに作りなおすのは、もったいないから――そのまま使ったそうです)」
「あー、体をつくるアレかぁ。おれ……ぼくも御神体つくるときにやったから、気持ちはわからんでも――わからないでもないよ」
そもそもが、酒瓶で素っ転んでおっ死んだおれに――来世があるだけ、めっけもんだ。
「(そーそー。人間、あきらめが肝心よねぇー♪ それじゃ、お土産、すっごくすっごくすうごおぉおぉおぉおぉおぉっく、期待してるかbヶ#s――ぶつん♪)」
「(――今度は本当に、帰ったようです)」
「(土産の催促に来ただけか――)」
隣町の名物が、おいしいことを願おう。
トトォン――――ド、ドンッ――――あ、近くに岩も倒木もなくなった。
街道を壊すわけには、いかない。
仕方がないから、高下駄で思いきり――ぬかるみを踏みつけた!
バッシャッ――――ぐるるんっ――――勢いあまってひっくりかえった!
「――下駄の歯をよコにしてください――!」
「うっわわわわわわわっわっ――――よこだぁ!?」
って、どっちだ!?
バッシャバシャバシャバシャシャシャァァァァァッ――――もう、うえだかしただかわからないけど――――こうか――――!?
――――体をちぢめ――――高下駄をひねって、おもいりき伸ばした!
ズッボザザザッ――――沈む沈んでく――――「(その姿勢を――あと2秒維持――)」
ぬかるみの底の感触はない。
泥と草木のにおい。
ここは間違いなく沼地だ。
なのに、ズザザザザザザザザザザァァァァァァァァァァァァァッ――――――――高下駄が持ちあがっていく。
「(水中翼船の原理で、湖沼上を滑空できます)」
わからないけど――わかった!
ズァァァァァァァァァァァ――――――――!?
水がおおくある場所ほど――下駄の歯が沈まないんだな。
足裏を下から持ちあげる――謎のちから。
踏み場になる大岩が、近づいてくる――――ドゴッ――――スタトトトォォォォォンッ――――!
大岩の影に堆積した倒木を蹴りあがり、その頂点に――――降り立つ!
さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ――――――!
雲の切れ間から、小さな光が瞬いているのが見えた。
「ふぅーーーーっ――――あっぶなかった!」
「(九死に一生を得ましたね)」
なにもかもわからないけど、たすかったよ。
「ふぅー、星がでたね――そういえば五百乃大角さまが、星をあつめろとかなんとか言ってたっけ?」
星てのは〝あの光〟だよね?
「(星屑というアイテムをあつめると、星に移住――引っ越しができるようです)」
あそこに住むなら、まず家を建てなきゃならない。
そもそも、あんなに小さな〝空に浮かぶ光に、どうやって人が乗るんだろう。
乗れるわけがないよね。あのたかさから落ちたら、大けがじゃすまないしさ。
なんていう、五百乃大角や迅雷の冗談に付き合ってたから――――反応がおくれた。
それは洞窟でも見かけた、首が二本ある大鷲。
クッケェェェェェェェェェェェェ――――――――!
翼と足は一対ずつ、生えてる。
その片方の足に――――捕まれた。
ギャギャギャァァァァァァッ――――――――!
大鷲にさらわれたぼくは、そのまま運ばれていく。
どうやら行き先は同じみたいで、渓谷へ向かっている。
「(迅雷――――動きが見えるヤツは、どうしたんだい!?)」
「(動体検知は、相対速度を元に新規に検出されます)」
「(説明――?)」
「(シガミーと速度を合わせて、忍び寄ったようです)」
洞窟じゃ敵じゃなかったけど、広いところで戦うとやっかいかもしれない。
「わかった――じゃあ……アレは何だとおもう?」
ぼくが捕まったのは、右足。
「アレとはなんだねぇぇ、そこの黒い服の人さぁ――聞いてるー?」
左足には先客が、捕まってた。
「どちら様でしょうか?」
っていうか、コッチみたいな耳栓もなしで――よく聞こえるな。
「ふふーん♪ 良く聞いてくれたね。我が名はルコラコル・ラ・コントゥル――」
帽子ごしでもよくわかる耳の形は、姫さんそっくりだった。




