96:神使いシガミー、となり町に行こう
「(じゃあ、いこうか、迅雷クン)」
「(はい、シガミー)」
女神像がある通路の窓から、音もなく外にでた。
金剛力は怪力だけじゃなくて、忍ぶのにもつかえる。
すすすっ――ズラララッ♪
立ち止まり、指先で和菓子をひっぱりだした。
ふぉん♪
『卵酒 ×2/
女神イオノファラー謹製。
疲労回復や筋肉痛の緩和に効果絶大。
暖めてから服用すると20%効果アップ。
味はまあまあ。子供が飲むと酔う。』
「(のこりは二個か)」
びーどろのなかで使える……〝ファイりんぐ・シすてむ〟という〝収納魔法を便利につかえるヤツ〟の操作にも慣れてきた。
「(遠方の隣町との往復後、一度の使用で全回復できます。道中でバリアントと遭遇でもしない限りはですが)」
ふぉん♪
『ゴーブリン石 ×5307/
ゴーブリンから時折取れる、活力の塊。
各種クラフトアイテムの下地材として、主に使用される。
装飾品としての価値はない。』
部屋を埋めつくすほど大量の、素材アイテム。
「(いっぺんに売るのは、無理かな?)」
「(以前、薬草一年分をまとめて買いとってくれたことから、資金のゆるす限りにおいて可能と思われます)」
「(けどオルコトリアが売った分で、一杯になっちゃったって言ってたよね?)」
スタスタ――スタン。
月も星もない夜道も迅雷が居れば、まるで昼間のようにあかるい。
「(はい。ガムラン町は魔物境界線と接する町ですので、日常的に持ちこまれる量がおおいと推察されます。ギルドの購入限度枠が一定ならば、百体を超えるゴーブリンの発生記録がない隣町のエリアなら、かなりの余裕がみこめます)」
「(砦のちかくで鬼娘たちが遭遇したのは、五千匹強のゴーブリンの群れ……よく無事だったな)」
「(我々があとすこし遅れていたら……無事ではなかったのです)」
さっきのオルコトリアの様子には、びっくりしたけど――それだけの一大事だったって事なんだ……よね。
「(迅雷――)」
「(何でしょう、シガミー)」
「(内緒話……念話の時くれぇ――やめてもよくねぇか、丁寧な言葉はよぅ……)」
「(ちょっと、シガミー! 女性のお客さんが、逃げちゃうでしょ!)」
わ、わかった!
レイダの声で、まくし立てるんじゃ……まくし立てないでよ。
「(はい、シガミー。よくできました――クスクス?)」
リオの声でほめんのも……ほめるのも、止めてよ――なんだか底冷えがするから。
§
「ただいまー」
物置小屋にもどったぼくは、机のうえに必要な道具をならべていく。
錫杖が、予備をあわせて2本。
工房長からもらっておいた小太刀が、3本。
オルコトリアが持ち歩いていたのと同じ包丁を、10本。
これは宴会の前に、買っておいた。
襟鎖が8本と、何か有ったときの為の兵糧丸セットと、串揚げセット。
そしてもちろん、食材一式と大鍋入りの五百乃大角セットももっていく。
「よし、これで準備万端だよ!」
机のうえの全部を――腰に巻いた鉄製の盤に収納した。
最初につくった収納魔法具の倍の大きさがあるけど、迅雷の収納魔法なみに物が入れられる。
隙間はだいぶ余っててまだまだ入るし、迅雷の手が離せないときでも取り出すことができる。
指輪には、ぼくの武器と緊急時用襟鎖。
腕輪には、武器の予備と裏天狗。そして自動回収される魔物素材がはいる。
腰の収納盤には、もしもの時のための物資と迅雷のごはんの、神力棒を格納した。
「忘れものはないよね?」
途中で引きかえしたりしてたら、朝までに帰って来られなくなっちゃうからね。
「(はイ、シガみー。長旅ですが一度、隣町の女神像へアクセスすれば、ガムラン町の女神像から情報を引きだすことが可能になります)」
隣町の情報を引きだすだけなら、ガムラン町の女神像からできるけど、そのためには一度出向く必要がある……と。
「(はい、日々更新されるすべての情報にアクセスできるのは、イオノファラーだけですが……いまのイオノファラーの仮の姿では、やはり一度は女神像に直接アクセスする必要があります)」
「じゃあー、ゴー石をあるだけ売るといくらになるのかは、わからないのか――」
「(いえ同領内の隣接エリアですし、売買レートは同じと思われます。一個1ヘククですので530パケタになります」
「530パケ――――大金だな!?」
昨日食べられちゃった売上の――50倍!?
「(はい、当面の食費としては十分かと)」
「この細腕で、持てるかな?」
「(代金は冒険者カードで受けとれば、かさばることは有りません)」
そうだった。猪蟹屋の一昨日までの売り上げは、板ぺらにしまってある。
「板ぺら……あれ? カードがねぇ!?」
「私も失念しておりました。寝床の中です」
「あーすっかり忘れてたぜ! LVアップが終わらなくて、布団をかぶせておいたんだった」
あぶねぇ、あぶねぇ。
ばさばさ――ぽとり。
あった。銀色のカードを持ち上げると――ふたつに割れて、なかから金色のカードがあらわれた!
「やったぜ、これでおれも、リオの仲間として胸を張れる――ぜ!?」
――と思ったら。
小判みたいな色のカードまで割れておちた。
「なんだ、こいつぁ――――!?」
中から出てきたのは――――真っ黒いカード。
燃えて消し炭になったのかと、思ったくらいの黒さ。
指に煤がついていないか、確かめる――ついてない。
それは黒地に白金の、文字。
『シガミー LV:100 ☆:0
薬草師★★★★★ /状態異常無効/生産数最大/女神に加護/七天抜刀根術免許皆伝/星間陸路開拓者
追加スキル /遅延回収/自動回収/即死回避/自動回復/体力増強/上級鑑定/自爆耐性/上級解体/スキル隠蔽/LV詐称
/人名詐称/石窟加工/炸薬生成/初級造形/木工彫刻/石礫破砕
――所属:シガミー御一行様』
「LV100だぁ――――――――!?」
ガムラン町で恐らく一番の手練れである女将。
彼女のLVがたしか60越え。
そのカードは、LV40台のリオと同じく金色だった。
「おれは、五百乃大角印のクエストを何回か受けただけだぜ――!?」
そのほかには、日課のE級採取クエストしかしてねぇ!
このあいだの化けウサギとゴーブリンの群れは、たった一回狩っただけだろ。
ふぉふぉふぉん♪
〝ファイりんぐ・シすてむ〟がかってに、せり出して――和菓子がころがり出る。
「――――ふぁーぁぁぁっ、よ・ん・だぁ? おはようシガミー♪」
よ、呼んでねえやい……呼んでないよ。
内側から勝手に出てくる和菓子なんて、コイツしか……五百乃大角しか居ないよなー。
「――あら、おめでとう。カンストしたのね……ぺらぺららっ」
おれの手元をのぞき込んだ梅干しが、米粒みたいな小さな本を取りだした。
「……えっとねぇ――LVキャップがあるから、それ以上はもうあがらないわよ。かわりに星屑っていうのが手に入ってー……ぺらぺら、ぺらぺら――ぱらぱらり……それが100個あつまると、別の星に移住できるってさ――――」
虎の巻に、そう書いてあるんだろう――すごく自慢げだ。
「ぼくにはわからないよ、そんなことを急に言われてもさ……五百乃大角さま」
ぼくの丁寧な言葉を聞いた梅干しが、わらい転げたのは――――言わなくてもわかるだろう?




