95:神使いシガミー、ゴーブリン石を売ろう
迅雷製の大きな袋。
ひっくりかえすと――ことん♪
なかに一枚だけ、のこってた。
昨日の店の売り上げがまるごと――〝ごはん神〟五百乃大角のおなかに消えたのは事実だ。
このままでは、手つだってくれてる猫頭の獣人君に、お給金を出すこともできなくなる。
「これから御神体のごはん代は、ぼくが用意する。猪蟹屋のかせぎとは別にしないと、リオとレイダにも顔向けできないしね――」
神の仮の姿という衡から解き放たれた、五百乃大角の本気。
ごはんの神さんをなめた、おれのせいだしな――
「(――〝ごはンの神さま〟をあマくみた、ぼクの責任だ)」
「〝ごはんの神さま〟をあまくみた、ぼくの責任だ――」
「(もちろんイオノファラーの眷属たる私の責任でもあります――良いかんじですよ、シガミー)」
年相応のしゃべり方を練習してたら、夜中になってしまった。
「腕輪からゴーブリン石をあるだけ、いっぺんに出しても平気か……い――?」
収納魔法具である腕輪には裏天狗だけじゃなくて、ぼくが最近倒した魔物からでた石や素材もはいってる。
「(ゴーブリン石の現在の所持数は、5,307個です。すべて展開すると――シガミーおよび寝具が、圧壊します)」
「けっこう沢山、あったんだねぇ――」
異常発生した群れ、ひとつ分だったからな。
「(町の商店や屋台でも買い取ってもらえますが、いまの時間あいてる店舗はありません。冒険者ギルドなら、昼夜問わず受けつけています)」
「夜中だっていうのに、買い取ってもらえるなんて、便利でたすかるなぁ――」
どうだ? しゃべり方は、こんな感じであってるか?
「(はい、とても自然になってきました)」
よーし、すこし寂しい気もするけどな。
「(生前の〝猪蟹〟としての記憶も生き方も、シガミーの魂に刻まれています。この変化は前進のために、必要不可欠です)」
そうだな――
悪鬼羅刹と恐れられたおれの、僧兵としての戦技は――
ぼくの『七天抜刀根術免許皆伝』スキルに、受け継がれてるし――
なにより、しゃべり方をよくしねぇ……しないと――リオとレイダから折檻……お仕置きされちゃうからね。
「(その調子です、シガミー)」
§
「あら、テェーングのおじいちゃん。ちゃんと自分のからだを返してもらったみたいで、良かったわ――ニヤリ」
よりにもよって今日の夜番は、オルコトリアだった。
「鬼娘か。そのときの記憶はないが、どうやらそうらしぃのう」
「あまりふかくは聞かないけど、どうしてあんな面白いことに――ニヤニヤ?」
「ぐっ――大したことではないわい! あの神さんにゃ、ちと借りがあってのぅ……ごにょごにょ」
やはり、鬼娘とはウマがあわねぇ……気があわないんだよねー。
「ふーん。それで、こんな夜中にどうしたの? まさか、わざわざ私に会いに来てくれたの――ニヤ?」
「そんな訳がなかろう――ごそごそ――用向きはこいつじゃい!」
――ことん!
長机に置いた〝ゴーブリン石〟をみた鬼娘が、かすかに顔をしかめた。
「あちゃー。残念だけどゴーブリン石は、わたしたち遠征隊が持ち込んだ分で、ギルドの買い取り枠が埋まっちゃったのよねー」
くっ、やっぱり天狗と鬼は間がわりぃ……わるいんだよなぁ。
「そうか、残念じゃのう――」
「――あ、あの、その、これっ――」
――がちゃ!
置かれたのは、おおきめの革袋。
音の重さから、それが金で大金だとわかる。
「鬼の娘よ――どういうつもりかのう?」
その目を見てやろうと、顔をのぞき込むと――――ばっ!
「これは遠征の報酬だ。わたし一人分の取り分しかないから――そんなにはないけど金が必要なら好きにつかってくれ!」
立ちあがり――あたまをさげる鬼の娘。
「――えっ何っ? オルコトリアがあたまをさげるなんて!? まさか鬼の頭領!?」
仮眠を取ってた職員が、オルコトリアの大声で飛びおきた。
おれ……わし……ぼくは鬼じゃないよ。
「――いやちがう……飲み屋のツケの回収業者だよ!」
床掃除の手を止めた清掃員が、確信を込めて言う。
鬼娘はたしかにツケをためてそうだけど、ぼくは回収業者じゃないよ。
「――おれ、聞いたことあるぜ。鬼族の若い女は意中の相手に、ファイトマネーを支払うって!」
灯りが半分くらい消えた広間に、一人たたずむ冒険者。
その驚愕の表情が真実を物語って――
なんじゃ、負悪暇寧!?
「(この場合は……夫婦になる為の一騎打ちの支度金のような物と思われます)」
夫婦……それはないなあ。
「――リカルルも私も他の冒険者連中も――無事にもどって来れたのは、ぜんぶアンタのおかげだ――うけとってくれっ!」
顔がしたを向いてるから、表情がみえない。
「町の住人なら、町から特別報奨金が出るハズなんだけど、アンタは岩場住まいだし――まさかバリアント素材をただでくれる程の冒険者が、ゴーブリン石を売りに来るほど金に困ってるなんて――」
その肩が、小さく震えている。
「カカカカッ――――何を言うかと思えば、そんなことか。小娘よ――――!」
顔を上げる鬼小娘。
「では主の心持ち――しかといただいたぞ♪」
チャリン♪
革袋から一枚抜きとり――――然らばご免!」
足下にとどめた冷たい魔法。
その輪郭は、光輪で押しとどめられている。
「(ほのおのたま――!)」
パシュッ――これは乾燥の魔法と内緒話と、金剛力をつかった隠形の技だ――ボッワァン!
「(こうなったら仕方がないよね――隣町までの地図は出せるかい?)」
「(はい、それでは――女神像の通路に侵入しでください)」
「あれ? お爺ちゃん、どこ行ったぁ――――!?」
煙幕が晴れた頃、ぼくたちは女神像のまえに居た。
にゅにゅにゅり――――♪
『女神像>>>迅雷』
なんかが像から迅雷に、入ったのがわかる。
ふぉふぉふぉぉん♪
現れたのは、ガムラン町の地図。
それが小さくなって、森や岩場が見えるようになった。
さらに小さくなると、ガムラン町の辺り一帯が『ガムラン町』という絵と文字に切りかわった。
『ガムラン町』の上には『砦』。
左には『城塞都市〇〇〇〇〇』。
隣のでかい……大きな町は――森の砦までの、3倍くらい遠いらしい。
これじゃたしかに子供連れで、ガムラン町までもどってくるのは大変だね。
ガムラン町から西へ伸びた、頼りない街道。
それが湿地と渓谷を抜け、城塞都市へつながっている。




