88:猪蟹屋店主(シガミー)、うらてんぐと梅干し(ひとくちチーズケーキ)
「がぶり……(なんか味が、ぜんぜんしない。まずい!)」
焼き魚の和菓子をなげる、梅干し。
Newは食われちまったのか、なくなってる。
「(迅雷、あの食いかけもう一回出してくれ。もったいねぇから、おれが食う)」
ごとん。皿ごと再びあらわれる焼き魚。
五百乃大角の歯形が、しっかり付いてる。
そうなるとやっぱり、五百乃大角にうまいものを食わせてやるには――外に出してやらねえと、いけねえんだなー。
あの〝マナ宝石〟を食わせりゃ外に出しても、すげー長持ちしそうだが……。
肉以外はいらねえから、ぜーんぶ姫さんたちにくれてやっちまった。
まさかそんな大層なもんが素材のなかに、まぎれてるとは思わなかったからしかたがねえ。
「(まあ、いーわよ。串揚げいっぱい食べたばっかりだから、そんなにお腹すいてないしぃー。メイドちゃんのごはんは、食べたかったけっどっさっ!)」
これまでこいつは月に二回くらい、姿をあらわしてた。
これから、二週間程度は時間があるとして、そのあいだに策を練らねぇと。
「あら、シガミー。お口にあいませんでしたか?」
リオが寝床にかがみ込んで、おれを見つめる。
顔がちけえ――顔がにやけるだろ。
「いや、うめえよ。けどまだ体が、いたくてなぁ」
「じゃあ、食べさせてあげます♪」
よいしょ、おれを後ろから抱きあげるような形。
なんか、せなかがやわけぇ――
「いででででっ――!?」
体をくの字にすると、走る激痛。
「我慢してください。蘇生薬を飲むわけにもいきませんし」
あー、やっぱり筋肉痛に蘇生薬は、効かねえことになってんだな。
「はい、あーん♡」
一本箸で突き刺された魚の一切れが、ちかよってくる。
しかし、こりゃ照れる。
おれぁ、子供じゃねぇーぜ。
レイダがいねえのが、せめてもの救いだ。
「シガミー居るー?」
合図もなしに、がちゃりと開け放たれる扉。
入り込んできたのは、一本角が勇ましい鬼の娘だった。
「あ、ノックもなしにレディーの家に入り込むのは……まずかったかしら」
「そのとおりですよ、オルコトリアさん」
うしろあたまで、リオの動作を感じる。やわこい。
どごんどごん――!
ひらいた扉を、ちから一杯叩く、鬼娘。
やめろ、壊れるだろうが。
背中から抱きすくめられ、かいがいしく飯を食わせてもらう子供。
おれぁ子供だから、なにひとつ恥ずかしくねぇぞ?
「そうしてると、まるで親子ねぇー……ニヤニヤ」
恥ずかしくねぇが――やっぱり鬼娘とは、最近なんかうまが合わねぇ。
良いやつなんだがな。
手に持ってるのは、おかみの所の紙袋だ。
なんか飯を持ってきて、くれたのかもしれねぇ。
良いやつではある。
「わたしも食べさせてあげようか?」
寝床に来て、かがみこむ。
「や、やめろい――飯くれぇ一人で食えらぁ――いでででだだだだだっ!」
「食えてないでしょーが――こんどはわたしが――♪」
いでででだだだだっ――ひっぱるな、
すげぇ-力ってことはつまり、すげぇー痛ぇってことだ!
「オルコトリアさんは食堂に、食べに行ったのではなかったのですか?」
「そうなんだけど例の素材の買い付けで来た、職人連中が行列つくっててさぁ。落ちついて座れそうもなかったから、シガミー邸で一緒に食べようと思ってね」
そういうことか。
「ここで食うのはかまわねえけど、痛ぇからつかむのはやめてくれ!」
あわてた顔で、手をはなす鬼娘。
自前の金剛力をつかえば、おれやリオの細腕なんか、まるで相手にならない。
「あぁー、ごめんごめん。筋肉痛なんだっけ?」
迅雷の金剛力でも、正面からやりあったら、たぶん負ける。
本気の腕相撲は工房長あいてにしか、やれないって言ってたからな。
「まったくもう、オルコトリアさんは、根が乱暴なんですから――」
おい、それはただの悪口じゃねぇか?
「――シガミーの情操教育にも、良い影響をあたえるとは思えません(キッパリ)!」
ぐい――おれをひっぱって、ひざにのせるリオ。やわこい。
「あれ、そう言うこと言っちゃうの? 情操教育っていうならさ、リオレイニアの方が、あまり良くないんじゃないのぉー?」
ぐい――こんどはゆるい力で、おれを胸元にひきよせるオルコトリア。ちょっと硬ぇ。
「はー? 聞き捨てなりませんね。それはいったい、どういう意味でしょうか?」
「だって、リオレイニアが甲斐甲斐しくお世話した結果が――この町には君臨してるじゃない? まあ、わたしの同僚なんだけどさー(グッサリ)?」
「――――うくくっ、そ、そ、そ、それを言われると、ぐうの音も――だせなくなりますね」
だせねぇのかよ。薄い胸をおさえて、なにかに耐える給仕服。
それでも、おれをつかむ手は放してくれない。
「おいふたりとも、そろそろやめてくれ……痛でででだだだっ!」
このふたりは、ちょうと姫さんを介して裏表の関係なのかもしれねぇ。
かたや抜かりのない、お付き筆頭。
かたや一本角の麗人にして、ギルドの顔。
この世界でも有数の上級冒険者パーティー、〝聖剣切りの閃光〟。
その前任者と新参者。
リカルルに対する信頼と葛藤。
どっちが油で水かわからねぇが、できるだけ離しておいた方がよさそうだ。
いつぞやの乾燥魔法大合戦を、物置小屋の中で、繰りひろげられてはたまらん。
「――――ひとまず飯をだなぁ……痛でででっ!?」
わちゃくちゃ――――ヴヴッ――――かちゃり。
目のまえにあらわれたのは、白い――魂徒労裏。
いけねぇ。体がこわばって、かってに出ちまった。
すぐ、仕舞わねぇと――――いだだでっ――――手がすべる。
ぐぃぃぃぃ――すぽん♪
魂徒労裏の真ん中、おおきな出っぱりを、長押ししちまった!
ヴヴヴゥゥゥンッ――――ぶわっさぁぁ、ガシャァ!
机の下に落ちてた、布でできた人型。
それが、もういちど天狗のすがたを形作った。
ごど、どん――――!
その高下駄が、床を踏む。
「うぉわっ!? ――――誰っ!?」
「きゃっ!? ――――し、シガミー、こちらへっ!」
「痛でででっ、ひっぱんな――――(やべぇ!?)」
慌てる、物置小屋。
「(どうすりゃ良い――迅雷!?)」
くそ、返事がねえ!
この際、五百乃大角でも良いから、助けを求めるか?
「――助けって言われてもっさぁー、あったしいま、こんなひとくちチーズケーキみたいになっちゃってるからぁ、何もできな――――――――――――――――え?」
ギッ――裏天狗がふりかえり、おれ達をみた。
おれは魂徒労裏を、うごかしてねぇぞ――――!?
「――ひょっとして――元に戻ったぁ? 外に居るのにSPも減ってない……やったぁー! シガミー、元に戻ったぁよぉーう。きゃっほぉぉぉぉぅ――――♪」
それは素っ頓狂で、どこか巫山戯てる――五百乃大角の……若い女の声。
「――ちょっとまって、何よ、このカラダ――!?」
裏天狗を引っこめたら――なんでか女神が一緒に、引っこんじまったわけで。
「――うーん? まぁいいや♪」
そんなら、もう一回出したら――そりゃ、一緒に出てくるわなぁ。
「――アナタの世界のよりどころ。美の女神やってまぁすぅー。イオノファラーちゃんでぇーすぅ♡」
奇怪なうごきで名のりをあげたソイツは、間違いなく天狗……裏天狗だ。
ただ、その色は黒くなくて――まっしろ。
顔に描かれた目の色は――ひかりをおびた緑色だった。




