83:猪蟹屋店主(シガミー)、千客万来で天狗(リモート)になる
「まったくもう! たった半日、揚げ物を揚げただけで筋肉痛になるなんて……」
木の枠に布を張って、つくった台。
そんなのに乗せられて、シガミー邸へ舞いもどる。
「だから、痛ぇって言ってんだろぉぉ……!」
レイダが的確に、いちばん痛ぇところをグリグリと押してきやがる。
「シガミー、本当にひとりで大丈夫ですか?」
リオレイニアの顔が近ぇ、やめろ。仮面ごしでも、なんか嬉しくなるから。
ぐいぃ~!
痛ででだだっ――リオの腕を押して遠ざけ……られん。
「だ、大丈夫だぜ。なんかあっても迅雷がいる。うぉおぉぉ……じっとしてても痛ぇえぇ」
ふわり。浮かぶ迅雷。
「はイ。私が居れば、なんの心配もありマせん」
「じゃあ、はやめにお店を閉めて、また様子を見にきますね」
「いい子にしてないと、おしおきだからね」
おれは子供か。
ドタバタと『猪蟹屋』へもどっていく、『シガミー御一行様』。
「やっと、静かになったぜ迅雷。さっきの〝考え〟ってのを……痛ぇ……聞かせてもらおうか……うぐぉぉ~」
§
ふかふかのやわけぇ寝床。
よこに寝かされたままのおれ。
かたわらには、黒ずくめが立っている。
「(これなら、おまえが身代わりになった方が良かねぇか?)」
ぎっ、ぎぎぎぎぎっ、どたたたっ、どたたたっ――どごん!
黒ずくめがぎこちなく歩き、壁に激突した。
「(いいえ、われわれは一蓮托生です。どちらかが欠けたら終わります……世界が。ですのでよほどの場合でなければ、シガミーを離れるわけにはいきません)」
目のまえに浮かぶびーどろ。
そのなかに、横になったおれが映ってる。
迅雷の考えってのは、おれの仮のすがたの〝天狗〟を別に作って動かすって代物だった。
かろうじて動かせる指先をピクリとまげると――ぎっ、すたん。
天狗があるく。
別のゆびで――ぎぎっ、がしり。
びーどろの真ん中に映った物をつかむ。
「(こりゃ、おもしれぇが、地獄かとも思えるぜ……へへへっ、笑うと痛ぇ!)」
まるでまともに動かせやしねぇぞぉ~。
「(では……コントローラーを作成します)」
魂徒労裏だぁ?
ヴヴッ――――かちゃり。
ん? 天狗がなんかつかんだぜ?
「(私、形式ナンバーINTTRTT01の子機として作動させるため、〝天狗〟の義骨格にSDKを積載しました。ネットワークを介し遠隔操作だけでなく、収納魔法や物体生成が可能です)」
わから~ん。
「〝天狗〟にはSDKがつかわれているので、〝天狗〟を出している間は、私が物をつくれません)」
わかったぜ。
「(逆に言やぁ、ほんものの天狗みてぇなことが、できるってわけだな……おもしれぇっ、痛ぇ!)」
「(そうですね。その為にはまず、このコントローラーによる操作に慣れてください)」
魂徒労裏はボコボコと繋がった――生姜?
リオレイニアの仮面ぽい色あいで、やたらと軽かった。
§
スタァーン――――トトォォォォン――――がしゃん!
魂徒労裏てのは、かなり扱いやすいな。
「(それは、なによりです。イオノファラーがおなかを空かせていると思われますので、急ぎましょう)」
おれはシガミー邸で横になったままだが、いま『猪蟹屋』を見おろしてた。
ややこしいが天狗に成り代わることに、何もちがいはねえ。
むかいの屋根から飛びおり――――ズッシャン!
高下駄と長手甲。そしてシガミーのからだ代わりの、ジンライ鋼と木彫りでできた木偶人形。
重さはシガミーよか軽いくらい。
〝魂徒労裏〟で歩いて跳んで、物がつくれる。
迅雷がおれを動かしたやつをつかえば、おれは要らなくねぇか?
「(オートクルーズには、いち動作ごとにシガミーの承諾が必要になります)」
承諾って何だ?
「(いま動かしている、コントローラーがそうです)」
まとめて、さしずめ……裏天狗とでも呼ぶか――了承しました。
「われこそは天狗なり――――!?」
颯爽と口上を――
唱えようと思ったが、目に飛びこんできたのは――
「でゅっへっへっへっへぇぇ~~♪ 狐耳娘、かわいいお耳してるねぇ~~♡」
揚げ物、まっ最中の姫さんにしのびより、うしろから耳を囓ろうとしてる、美の女神の姿だった!
リオは接客で手が離せねえのか――――気づいてねえ。
「あいや、待たれよ小娘!」
「――だれが小娘か。女神であるわよ?」
ひとまず狐耳から、口を離しやがったぜ。
「――だれが小娘ですの!? ……あらテェーングさま?」
それと、美の女神と領主の娘は、どこか似てた……中身が。
五百乃大角が目のまえの狐耳と手にした空の皿を、交互に見くらべだした。
ちっ――しかたねぇ!
「わしと、かわれ! もっとテキパキやらんと、女神がしびれを切らすでのぅ!」
「なんですって、聞き捨てなりませんでしてよ。私の大活躍で、あらかたのお客はかたづきましたのよ?」
むぅ、たしかにさっきまでいた大行列が、ぜんぶ無くなってる。
どうするどうする、とっとと代わってもらって、女神の皿に串揚げを供えねえと、リカルルの耳が食われちまう。
ほんとうに食やぁしねぇだろうが、飯の邪魔をすると邪魔にされる女神の――いやこの世界のしくみに〝触る〟と……まるごと滅びかねねぇ。
「わしはシガミイに頼まれたでのう。かわってやろうと言っておるのじゃ!」
はやくせんか、小娘めぇー!
「どしたの? ……もぐもぐ、あら、テェーングのお爺ちゃんじゃない。こっちきて一緒に串揚げ食べる?」
てぇんめぇえぇー、鬼娘!
こいつ、良いやつなんだが、みょうに〝天狗〟とウマがあわねぇんだよなーーっ!
「テェーングさま、ようこそおいでくださいました。ささ、こちらでお茶でもいかがですか?」
リオまで出てきたぞ。
「よし、リカルルとやら、おぬし、わしの小太刀に執心じゃったろ。かわってくれたら、これをやろう」
ヴ――ぱしん。
黒い小太刀を差しだす。
「こ、ここここ、これは名剣テェーングソードじゃありませんの!?」
へんな名前をつけるんじゃねぇ!
「そうじゃ、いまなら色も好きに変えてやろう――どうじゃ、何色がお好みか?」
おれは小太刀をなでて、赤黄緑青紫白と色を変えていく。
「赤で! 私の甲冑と同じ赤でおねがいいたしますわ♡」
よし釣れた!
「それ、わたしの剣にもヤッてくれ! 角の色と同じ真っ青に!」
時間がねえってのに、鬼娘。おもてに出ろい!
「おぬしには預かっていた素材の残りを、くれてやるわい」
ヴヴヴヴヴヴル――――♪
〝魂徒労裏〟が震えた。
迅雷の収納魔法から角ウサギ変異種の、食えねえところの全部を道ばたに出した。
ズドドドドドッドドズズン――――!!!
通りを埋めつくしちまったが、緊急事態なんだよ。
「よーし、まてまてまて。うごくなよ。いますぐ、うまいもんを食わせてやるからな」
狐耳を離した五百乃大角が、皿をいきおいよく突きだした。




