81:猪蟹屋店主(シガミー)、串揚げ屋をはじめる
「どうか、お頼みもうす。わしに力を貸してくれぃ」
天狗はペタリとすわり、へなへなと頭を下げた。
「えー、あー、わかりましたわ。あのウサギを、この場で揚げ物にすればよろしいのですわね?」
意外にも炊事ができるらしい姫さんに、すべてを託すしかなくなった。
「まあ、リオレイニア仕込みのリカルルなら、できなくはないわね。けど、解体するのに――半日はかかるでしょアレ」
チッ――余計なことを言うんじゃねぇ、この鬼娘め!
おまえには〝ひかりのたま〟で撃ち落とされた、うらみもあるんだからな。
「なんなら、お貸ししましょうか、わたしの剣?」
鬼娘、いいだろう。
天狗姿のいまなら、やたらとなげえ大剣もあつかえるしな。
「天狗の全身全霊の解体術(やったことねぇけど)――とくとご覧に入れようではないか!」
スラァァァァァァリィン――――大剣を抜き、鞘を鬼娘に投げかえした。
〝上級解体〟は凄かった。
素材ごとに切り分けるのに10秒。
肉の部位ごとに、調理しやすく切り分けるのに4秒。
肉を置くための机を取り出す方が、時間がかかったくらいだった。
「ぜぇはぁ――」
切りわけた肉に、鬼娘の大剣をぶっ刺した。
「ちょっと、テェーングって……何者なの!?」
「そんなに警戒しなくても、大丈夫ですわ。なにしろ、シガミーと同郷らしいのよ」
机の上に、収納魔法具の中身をぶちまける狐耳。
「シガミーの国ーー!? あーぁーあーぁー、なるほど、すこし納得したわ。けどリカルルあんた、大鍋のひとつもないのに、どう料理すんのよ――」
こんどは鍋がねぇだぁ――!?
収納魔法具には、ちいせえ鍋ひとつだけしか入れてなかった。
せめて、五百乃大角向けの非常用魔法具には、大鍋の十や二十を入れとくんだったぜ!
「小娘よ――わしの剣を返せ」――手のひらを姫さんにさしだした。
「あぁーそ、そそそそそそっそのー、じつは謝らなければなりませんのよ。もちろん弁償はいたしますのよ。大切な剣を折ってしまって本当にもうしわけがありませ――――差し出された黒い小太刀を抜く。
スラァァ――――カチャリ。
すっぱりと折れてるな――これなら。
すぽん♪
ヴ――ぱしん♪
スラァァァ――――!
「もとに戻った!?」
周囲がどよめく。しるか。
ストトォォン――――スタァン!
大岩の上に立ち――――迅雷、ふつうの小太刀で岩をくりぬけるスキルはねえか?
「(〝石切細工〟か〝発破造成〟に類するスキルが両方あれば、できる可能性があります。)」
それやるぞ。
§
「(〝石切細工〟ありません。)」
なんか他のさかせ。
「(〝切刃乱切〟、〝石工術〟、〝石窟加工〟ありました。)」
よし。けど、これやりゃだれでもスキルを、手に入れられるんじゃねーか?
「(いいえ、不発の場合にもSPが消費されますので、普通は不可能です。)」
スキルなんたらが女神よか余ってる、おれにしかできねえってわけか。
「(〝発破造成〟、〝爆砕術〟、〝炸裂強化〟、〝炸薬生成〟――〝炸薬生成〟を収得しました。〝造形〟――〝初級造形〟を収得しました。)」
なかなか、でねえか?
いらんものが、どんどん増える。
〝石窟加工〟で切れんじゃねぇか?
「七天……じゃねぇや――天狗の技なんか知らん。技名なんぞ適当で良い――〝天狗礫〟。」
しずかに吸気。
高下駄じゃ靴よか地面をつかめねぇが――脱ぎすてるわけにもいかん。
排気――目標までの距離を計ってる時間がねぇ――吸気。
「チィェェェェェェェェイ!。」
ガキュゴガガガガッ――――!
痛て、痛って!
削れた岩が、どかどか足にぶち当たった!
高下駄はいてて、よかったぜ。
スゥゥゥゥゥ――――刃こぼれはしてねぇ――――チャキ!
まあ、満足に切れてもねえが。
「(〝木工彫刻〟――〝木工彫刻〟を収得しました。)」
鍛冶のスキルでも取ってりゃ、小鍋をつなげて大鍋にでもできたかもなあ。
足下の大岩に、まるくへこみが出来た。
ふかさは拳一個分。
〝天狗礫〟をあと二十回もやりゃ、巨大な石鍋になりそうだ――おれの足が持つかどうか怪しいが。
「(〝天狗礫〟、〝石礫破砕〟ありました。)
「(お、いけんのか?)」
「(はい、96%の確率で成功します。)」
天狗の(即興)技――〝天狗礫〟が不発だったと思ったのかもしれない。
鬼娘が、口の端をひん曲げて、こっちをじっと見てやがる。
てめえ、鬼の小娘め。
「山河は天狗の領域と知れ! とくと見よ――天狗礫!。」
「チィェェェェェェェェ――――――――――――――――――――
§
「食われたはずの〝テェーングさま〟が、ふたたび姿をあらわしたときには、私とても驚きましたのよ♪」
っじゅわぁぁぁぁぁあぁっ――――ぱちぱちぃぃ♪
うさぎ肉が、串揚げに合ってたというのもある。
だが、あの巨大化した角ウサギの肉が殊更うまかったのも、おおきな勝因だった。
「ガムラン町名物、〝角ウサギの雷揚げ〟だにゃぁー♪ ひと串たったの1キーヌにゃよー!」
猫あたまのやつには、また臨時で来てもらった。
「おまちどうさま。こちら〝雷揚げ収納魔法具セット〟が二個と、〝雷揚げ〟が20本。全部で、3ヘククと2キーヌになりまぁす♪」
仕立ての良い給仕服。今日もじつにそつがねえ。
迅雷が木の棒をつかわねえやり方をおしえたら、たとえ難しい計算でもおれよりも速くなった。
「こら、シガミー! ぜんぜん追加が揚がってこないじゃない。どーなってんの!?」
ねじりはちまきの、いつもの店番姿。
「そ、そうは言ってもよう、レイダ。こう横からぜんぶ、食われちまったら――――」
「シガミー、マヨネーズなくなっちゃった。卵とお酢買ってきて、いますぐ!」
はっぴ姿に、左うちわ。
三日前、山中に姿をあらわした美の女神さま。
リカルルのリオレイニア仕込みの手際は、ほんとうに神懸かっていて。
時間を刻む板が、あと一枚めくれてたら『角ウサギの串揚げ/残り時間 1秒』もろとも、この来世は木っ端微塵に消しとんでいただろうな。
なんせ本人が言うんだから、まちがいねえ。
「でもほんと、あぶないところだったわー♪ 消し飛ばさないで良かったよ~ぅ……実のところはさぁ~、『ワールドを新規作成しますか?』のダイアログを押したのよ、ちゃんと。けど、VRトラッカーの調子が悪かったのか何なのかさぁ、うまく行かなかったわけ――まさに〝九死に一生を得ず〟よねぇ~♪ そしたらさ、あの狐耳娘ちゃんがさ、こぉーんなおいしそうなの出してくるんだもの――もぎゅもぎゅもぎゅっ~、う・ま・いっ! 兎に角さぁ~、ちょっとした手ちがいで命拾いしたわけよ、そこんとこわかってるぅ~? 角ウサギだけに、なんつってさぁ~――おいしい串焼きが24時間いつでも食べられるなんてぇ~っ、キャッホォォォォォォォォォイィ!」
美の女神、五百乃大角が――踊りはじめた。
天狗礫/空から石が降ってくる現象。海外ではファフロツキーズや怪雨と呼ばれる。




