8:転生幼女(破戒僧)、冒険者登録に挑戦
「ここにくるのなんて、いかついおっさんばっかりでしょう? なーんか、うっぷんがたまって時々こうなるのよ……ゆるしてやって」
醜態をさらす同僚を、鬼娘が渋いかおでみつめる。
まー、めし処の客もそんなだったから、気持ちはわからなくもねえ。
といっても、もとの姿のおれぁ、いかつさでも、おっさんっぷりでも、まちがいなくこの町で一番だったろうが。
「なによ、知りあいなの!? しょうかいして!」
いきかえった狐耳が、鬼娘にとびつく。
「ふぅー……こちらは、わたしとおなじく〝受付担当〟のリカルル」
「リ、リリリリリリリリッ、リカルル・リ・コントゥルよ。コ、コントゥルに名をつらねているわ」
〝り〟がおおいな。
とにかく、攻撃してきたわけじゃねえなら、よかったぜ。
なんせ、おれのうしろあたまには短い棒……独鈷杵のかたちをした〝神の代理〟がはりついてるからな。なにがどうなるかわからん。
「(おい、よっぽどのことがなけりゃ、おまえは手を出すなよ?)」
「(はい、マスター)」
「(それと、〝紺の鳥〟ってのはなんだ?)」
「(コントゥル家、おそらくは伯爵……藩主につらなる家名と思われます)」
なるほど、本当に姫さんってわけか。
その姫さんの目がまっすぐに、おれのうしろあたまを見据えてる。
「(おい、この内緒話……聞こえてねぇんだよな?)」
「(はい、そのはずです)」
「うふふ♪ よろしくおねがいいたしますわ、小さな女神さま」
背筋をただした狐耳が、かた足を引いて姿勢をわずかにさげる。
挙動不審さがナリをひそめると、急にたちふる舞いが立派になった。
ちっ、大名の娘から名のられたら、こっちも名のらないわけにはいかねえ。
「猪蟹……シガミーだ」
「シガミーちゃん!? 聞いたことのない響き! すてき!」
また飛びついてきたから、とっさに近くの椅子とかいう腰掛けを蹴りあがった。
このぐあいの良い下駄は――靴って言ったか?
こいつなら、壁どころか天井だって走れそうだ。
おれは日のひかりを発する石に飛びついて、ぶら下がる。
「あら? 獣人並みの身がるさ」
「す……て……きっ!」
狐耳の狐眼が、ひかりをおびていく。
その眼やめろ。むかし、山中で出くわしたオオカミを思いだすから。
「あなたは仕事にもどって。シガミーの担当は、わたしがやります」
狐耳が窓口長机の奥に追いやられた。
「じゃあ、またねーシガミーちゃぁぁん♡」
だからその獲物をねらう眼はやめろ。
「まったく。……シガミーには盗賊が向いてるわよ……魔術師よりはよっぽど」
なにかを紙に書き込んでいく鬼娘。
「おれは賊になるつもりはねえぞぉ? 女将にせっかんされちまう」
「あははは。盗賊っていうのは――――「(軽業師のことです)」――――短剣とすばやさでたたかう職業のことよ」
短い棒が話してるあいだは、まわりがとまってみえるから、急にやられると息がとまる。
「じゃあ、ちょっとこっちに来てくれる?」
立ち上がった鬼娘が手まねきをした。
§
小さな扉をくぐり、ほそい通路の奥。
突き当たりに置いてあったのは、仏像。
それはとても立派なつくりで、大めし喰らいの女神〝五百乃大角〟にどことなく似ていた。
「(〝イオノファラー〟です。マスター)」
その仏像は箱を手にしていて、同じようなのが背中にもたくさんついてる。
仏像が、あの〝大めし喰らい〟を表してるのはまちがいねえ。
「じゃあ、そこにカードを差し込んで」
いわれるままに、女将にもらった板っぺらをさしこむ。
「それと、お金はちゃんと持ってきた?」
金? おかみにもらった、めし代ならあるが――ちゃりん♪
「ああああっ、おれの金っ!」
とりだした5ヘククの全部を、箱の横穴に投げこまれた!
独鈷杵/帝釈天の雷系武器。密教では煩悩をうち払うお守り。