76:天狗(シガミー)、黒い小太刀と狐の仮面とアレ
「ふぅぅん、こんな曲がった剣で、私の聖剣切りを――切るなんて、アナタが異国の修行者というのは、あながち嘘ではないようですわね」
スラァァァァ――――フォフォフォ、フォン、フォォンッ――――カキン!
こともなげに抜刀、なぎ払い三連撃、袈裟切り、燕がえし、納刀。
流れるうごきに、よどみがねえ。
しかも短くなってて、重心が狂ってんだぞ、それ。
片刃の剣の振回しかたなんぞ、見たことすらねえだろうによ。
いや、シガミーの試し斬りを一回だけ、まぢかで見たことはあんのか。
「(小太刀を取られたぞ)」
「(しかたがありません。〝貸す〟ことが、〝仮面修理〟の条件ですので)」
ギギギギギィィィィィッ――――ゴゴゴォォォォンッ!!!
バギバギバギィィィィッ――――ウォオォォォォォッ!!!
まわりでは、まだウサギと〝ボルトカッター〟の連中が、バチバチやりあってる。
いかづちのたまは撃たねえように言ってもらったから、ウサギが神力を補充するには――――自分で雷を呼ぶしかなくなった。
そのうち、鬼娘と遠征隊も駆けつけるだろうし、いつまでも拮抗はつづかん。
けど、まるごしのままってのは、じつに心許ねぇ。
「いまわしは、それ一本しか刀の持ちあわせがなくてのう……そろそろ返してくれんか?」
いざとなりゃ、使いふるした避雷針を投げつけることくらいはできるが。
おれの手には、狐の形の仮面……っていうよか兜だなこれは。
刀と交換に受けとったソレには、目と口と鼻の穴がなかった。
その左目あたりの、ちょいと上。
押しやすい適当な場所に――――右手を押しあてた。
キュポ――――手をそっと放すと――――ぎゅっぽぉん♪
おもしれぇ音。
朱墨で書いた丸の中に、『再生品』の文字がくっついた。
「(これで、また遠くを見られるようになるんだな?)」
「(はい、リオレイニアの仮面に付けた、暗視と動体検知の機能は付加いたしますか?」
「(ぬぅん? へたなことすっと、天狗がシガミーだって、バレちまうだろ?)」
「(そうですね……ではAOSのアップデートと、光学望遠にINT高解像補正の追加のみに留めておきましょう)」
説明。
「(私の遠くを見通す力は、日々距離を伸ばしますので、それを……リカルルにも使えるようにいたしますか?)」
いつか月まで見通すって、言ってたやつだな。
また今回みてぇな事があったときに、姫さんにはガムラン町をまもってもらわねえと、安心して猪蟹屋も営めねえからな。
よし、おまえの遠くを近くにする遠見の力は、姫さんにも貸してやれ。
「(了解しました)」
「なにをこそこそと、お話になっていらっしゃるのか・し・らぁ?」
スラァァァァ――――フォフォフォ、フォン、フォォンッ――――カキン!
スラァァァァ――――フォフォフォ、フォン、フォォンッ――――カキン!
手足が長えぶん、おれよかよっぽど様になってやがる。
「ちかくに仲間が潜んで……いえ、この感じ。まがった剣といい、まるでシガミーの――――」
おれは背筋を伸ばし、姫さんをみおろした。
高下駄に、迅雷の腕でつくった、手先が付いた長手甲。
声も前世のおれみてぇな、しわがれだ。
「仲間なぞ、おらんわい(バレるわきゃねぇぜ)」
「(はい。シ――――)」
スラァァァァ――――ピタリ。
まばたきしたら、漆黒の刀身が首筋に添えられてた。
「〝テェーング〟とやら。いま使いましたわね――――〝外法〟とかいう御業かぁしぃるぁぁぁぁぁぁあぁ――――!?」
迅雷の内緒話に――割りこんできやがった!
やっぱり姫さんの剣筋は――迅雷よか早ぇ。
女将とおなじ――――いくさ場では、会いたくねえ類いだ。
会うと〝死ぬ〟。
「まさか……あなた――――!」
バレたか!?
いつでも跳べるように、腰を落と――――
「――――シガミーと同郷の異国人ですのねっ!? えっと、なんだったかしら、たしか……ヒーノモトーとかいう、怪しい響きの」
「いかにも、わしは――日の本のうまれじゃが――シガミイとやらは存ぜぬ」
「やっぱり! ヒーノモトー国は戦略上、軽視できませんわっ。だって私の〝聖剣切り〟を受けて――ふたつにならなかったのは、ただ二人。そのどちらもがヒーノモトー生まれですのよぉーー!」
一人目も、とうぜんシガミーだ。
ギギィィィィィィイィッィイッ――――――――ゴドドォォォォォォンッ!!!
巨大ウサギが大剣に弾かれ、巨大岩につっこんだ。
「日の本は群雄割拠の様相を呈していた故――手練れも多いじゃろうて」
わしは、とんできた岩を――くるくるん、スッタァン!
とんぼを切って避けた。
「群雄割拠……手練れ……ぜひ一度訪れてみたいですわねぇ♪」
おい、なんで居合刀を構えてやがんだ?
この、取り込んでるときに、怖ぇからやめろ、な?
「それは、無理な相談じゃて。日の本への帰り道は、わしも探しておる」
「あら、ソレは残念。シガミーに教えてあげたかったのに♪」
じりじりじりっ――――だから、なんで居合刀の構えで、にじり寄ってきやがんだ!
「わしもシガミイとやらにはぜひ、会うてみたいが。いまは、やることがあるじゃろうて。ほれ、直ったぞ――――」
狐の仮面を、ほうり投げる。
受けとった姫さんの目が、見ひらかれた。
「きゃぁぁぁぁー!? なんですのこの模様はっ!」
やべえ、『再生品』がお気に召さなかったか。
「すてき! イカしてますわぁー♪」
いいのか、じゃあそろそろ――
「――いいかげん、刀を返すのじゃ! わしも力を貸すでのぅ。化けウサギを退治せんと、なにも始まらんじゃろうて」
ピピピピッ――――カシャシャッ♪
真っ白い狐面(再生品)をかぶる狐耳。
「あらほんと、調子が戻っていますわ。この借りはいつかおかえしいたしますわ♪」
まずは、小太刀をかえせ。
でもこれで、なんとかなりそうか。
とにかくあとは心置きなく――ぶった切ってもらえば、おわりだ。
町に帰って、そしらぬ顔で朝をむかえりゃ良い。
ふぉふぉん♪
『角ウサギ(変異種)/
角が生えたウサギ。
なかでも落雷に耐え、生き残った個体。
耐雷撃と神力による盾を装備。
肉質は霜降りで、とても美味。
油で揚げ、酢・卵で作った――
半固体状ドレッシングで食すと――
至福の逸品。』
ん? 魔物の情報がどうした……妙になげえな。
「(まて、化けウサギはひょっとして――――うめえのか?)」
「えぇー? そんなことないよぉう~! 神力をためこんだ角ウサギは――ほらみて、ココみて、ちゃんと良くみて! 『霜降りになって、美味』って書いてあるでぇしょぉぉぉ~♪」
ちっ、やべぇ。だから、化けウサギはうめえんだろ?
おれぁいま、そう言ったよな!?
この町っつぅかこの世の最大の敵が、お出ましになられやがった!!!!!




