744:おにぎりの煩悩と、クラス別成績順位表
「こいつぁ、壮観だな!」
おれたちが点検用の小窓から、ヒラヒラと降りていくと――
片膝立ちの大女神像の前。
「そうですね、ヴゥヴッ!」
央都大聖堂大女神像の間を、埋め尽くすのは――
どうやら行軍の算段が付いたらしい、兵卒たち。
ふぉん♪
『>>コントゥル辺境伯私設軍132名。冒険者36名。その他285名になります』
うむ、何だか増えていやがるな。辺境伯の所の兵隊はわかるが、物見遊山の見物客たちまで一緒に並んでやがるぞ?
ふぉん♪
『リオレイニア>>央都近郊の有力貴族たちお抱えの商家や、各領地の駐在使たちが集結したようです』
おれの画面表示の隅にポコンと現れる、蜂の顔。
振り向けば吊り上がる、銅がかった白金の眼鏡。
その周囲を色んな小窓が、蠢いていた。
到頭、おれよか使いこなし始めたぞ。
既に茅野姫には追い抜かされているが、彼奴さまは世の理の埒外だ。
この世の住人であるリオレイニアにまで追い抜かれちまうと、女神の料理番としては立つ瀬が無ぇ。
いざとなったら虎型や轟雷を着ねぇと、とても太刀打ちできんぞ。
「そうわね♪ ご飯と魔法具の祭典――我々にとっての戦場におもむくわけデスのぉでぇ、腕が鳴るわねん♪」
ぽこん♪
根菜丸茸がビステッカが配った開催要項を取り出し、食い入るように見始める。
ぐぅぅぅぅ――うるせぇな。鳴いてるのは腹の虫だろぉーが。
§
「居たっ、シガミー!」
「シガミー殿、こちらの準備は整ったぞ!」
「シガミーさん、そしてリオレイニア特別講師。お話があります」
「ギュギュギュギュィィィィィ-ン!」
「シガミー、カラテェーはどこニャ? 早く行かないとオークションに間に合わなくなるニャ!」
「「「「「シガミーちゃん!」」」」」
「「「猪蟹屋殿!」」」
「みゃにゃぎゃにゃぁ?」
うへぇ!
レイダに、辺境伯に、学院長に、ガムラン町ギルド支部長に、ニャミカに、城塞都市ギルド支部長や冒険者たちに、木箱を抱え足踏みする強化服自律型一号。
何奴も此奴も、まるで阿弥陀仏の救いに群がる亡者の様だぜぇ――
「一先ず、落ち着けやぁ!」
おれは、おれを抱えるルガレイニアの細腕を持ち上げ、ヒラリと飛び降りた。
§
「やいお前! 本当に任せて、大丈夫なんだろぉなぁ?」
おれは指を指し、しつこく念押しする。
「おまえとは何ですの、シガミーちゃん!」
すっかり旅支度が済んだ様子の、辺境伯ご令嬢ビステッカ・アリゲッタが頬を膨らませる。
「みゃぎゃにゃぎゃぁーぅ♪」
何故か御令嬢に付き従うのは、化け猫風体の猫の魔物風。
背負った収納魔法具箱から取り出したのか、でかい木箱が2個に増えてやがる。
「くすくす、道案内ならビステッカちゃんに任せておけば大丈夫だよ。何と言ってもビステッカちゃんの故郷なんだから」
化け猫の背を押しているのは、商家の娘レトラベラ・ルリミット。
どうやら芋が詰まった木箱を両肩に担いだおにぎりを、手伝っているつもりらしい。
「違う違う今のは、おにぎりに言ったんだぜ!」
もう一度、指さした。
その指先が黄緑色の夏毛に触れた。
ぽきゅ――すると反射的に、片足を持ち上げようとする猫の魔物風。
「まてまてっ、そんな大きな荷物を抱えてるときに、やり返そうとするな!」
ふぉん♪
『シガミー>>危ねぇだろうが!』
両手が塞がっていれば、こうして足が出てくる。
おれは咄嗟に一行表示で叱りつけた。
この画面隅の一文は猪蟹屋の〝音が聞こえる耳栓〟をしてりゃ、全員が見られるが――
この〝>〟を二個に増やすと、猪蟹屋関係者にしか見えなくなる仕組みだ。
それでも蜂のお化け……もといリオレイニアは眼鏡の魔法具を使いこなして、〝>>〟が付いた文字も読むことが出来るようになっている。
「にゃぎゃにゃぎゅー――!?」
大きな木箱をぐらつかせながらも、浮かせた足を地に着け――ぽきゅりぎゅり!
ぐりぐりと猫足を踏みしめ、〝おれにやり返す〟のを止めて、耐えている。
生まれてから随分と時が過ぎ、こうして〝分別〟のようなものを身につけつつあるのは良いことだ。
正邪の区別が付くというのなら、ソレは煩悩を生む要因になる。
新たな悪癖を身につけそうな気もするが、流石に煩悩まみれの、おれや根菜と比べりゃ、素直なもんだろぉ。
ふぉん♪
『おにぎり>>さきに行ってるんだもの。蟹味の揚げ芋をたくさん作るまでは、いまの一回やりかえすのを待ってあげるんだもの』
「にゃぎゅぅぎぃぎぃー!」と今まで聞いたことがない、耳障りな鳴き声を発しながら、おにぎりたちが転移陣へ向かっていく。
――あんまり素直でもねぇな。
そして、おにぎりに生じた煩悩は、どうやら〝揚げ芋〟らしい。
『シガミー>>>やい根菜。ビステッカやおにぎりたちを、先に向かわせちまって良いのか?』
おれたちも一緒に行った方が良いんじゃね?
ならば今の手持ちじゃ、戦装束としちゃ心許ない。
迅雷さえ居りゃ、この大軍を率いたとて、向こう数年は余裕で戦えるが、今回は金絡みの戦になる。
屋根の上で〝蜂〟を相手にしている暇で、央都猪蟹屋本店の無人工房に行って使えそうな物を、収納魔法に詰めて来られたんだがなぁ。
その辺の金策絡みの話と、女神像の中身さまや迅雷が調子を戻した理由も、まだ聞けてねぇ。
ふぉん♪
『シガミー>>>やい丸茸。何とか言いやがれやい』
一行表示に返事がねぇ。画面隅の小地図によるなら、リオレイニアと辺境伯と一緒に居るが――
ふぉふぉん♪
『イオノ>>>はいはーい。向こうに行ってもやれることわあ、お祭り準備の手伝いくらいだからあ、慌ててもしかたないわよーん♪』
そうなのか……そういうことなら手持ちの食材だけでも何とかなりそうだし、料理番にも出来る事がある。
ふぉん♪
『シガミー>>>要するに大博打で擦っちまった分を、この祭りで取り返そうって訳だな?』
蟹の身の持ち合わせは、十分ある。
芋は、おにぎりが抱えてた程度じゃ足りんかもしれんが向こうには、ソレこそ美味い芋が売るほどにあるのだ。
おにぎりの煩悩じゃねぇが、〝蟹味の揚げ芋〟。
アレを売りさばけば、多少の実入りが見込めるだろう。
ぐふふふ、やべぇ。楽しくなってきたぞぉ!
おれが迅雷を引っつかみ、収納魔法具の中身を確認し始めた時――{>Logon__rpon__Connect>対話型セッション開始 ⚡ 龍脈言語server01.net}
§
くるりと身をひるがえすと、{Disconnect>対話型セッション終了}
おれは体の自由を、取りもどした。
此処は初等魔導学院の1年A組――つまり、おれたちの学級の教室だ。
ふぉん♪
『シガミー>>>やい星神、こんな所へ連れて来て、どういうつもりだぁ!?』
一行標示で文句を言ってやる。
星神の体はおれが、おれの数年後の姿を模して作った。
結局その体は、依代を無くした星神に取られちまって、今おれの体には、こうしておれが入っている。
ちとややこしいが基本的には、どちらも元はおれの体だ。
毎朝鏡を見る度に自分ですら、目を奪われるほどの器量。
金糸の髪に、透き通るようにきめ細やかな肌。
小さな頭に、実に均整のとれた目鼻立ち。
その双眸は儚げで。細い手足は、まるで弥勒菩薩の像の様な佇まい……思わず拝んじまう程に、姿が良い。
便宜上、姉と言うことになっている茅野姫と、猪蟹屋に二人並ぶと、それだけで人だかりが出来るしな。
そんなわけで、おれたち二人の差は、女神御神体一個分の身長くらいのものだ。
そのせいか、こうしてお互いに相手の体を操る事が出来る。
しかし、その力は星神の方がずっと強く、こうして、やろうと思えば、こちらが一方的に操られちまう。
ちっ、星神茅野姫からの一行標示がねぇ――
ふぉん♪
『シガミー>>>おれは揚げ芋を沢山、作らねえといけねえんだぞ。迅雷、何処に居る!?』
辺りを見渡せば、いつもの生意気な子供が肩を落として、しょぼくれてる。
他には……たしか王族に名を連ねる童と、その取り巻きが一人。
大きな教室には、おれたち4人しか居ない。
すっぽこん♪
『イオノ>>>いま誰か、揚げ芋って言った?』
揚げ芋という言葉に釣られ、おれの頭の上に落ちてきた美の女神の依代である、根菜もしくは丸茸さまを引っつかんだ。
§
「あなた方学生の本分は、学業を修めることです。シガミーさんならびに成績不振者には、本日より一週間の補習を受けていただきます」
壇上で、そう宣うのは学院長。
「アリゲッタ辺境伯家ならびに、一大穀倉地域であるポテフィール全域の存続も大事ですが――」
口元を歪めた担任教師ヤーベルトが、紙ぺらを配る。
『初等学院 前期クラス別 成績順位表』
ヤーベルトがトンと、紙の上を叩いた。
こりゃ、おれたちの成績順位か?
担任の指が、成績表の一番下まで落ちていく。
1年A組は全クラス中、最下位で――
指先の項目を見れば――
成績優秀者がクラスごとに3名ずつ、書かれていた。
わが教室からは――
『成績優秀者 1位:レトラベラ・ルリミット
2位:ビステッカ・アリゲッタ
3位:ヴィヴィエラ・R・サキラテ』
いつもの連中だった。
彼奴らめ、「勉強なんてしてない」と抜かしていたのに、おれを謀りやがったな!
いや待て、眼鏡太朗が1位ってのはどういうことだぜ!?
常日頃から家で学問を修めてきた貴族さまなら、いざ知らず。彼女は商家の出だ。
「――わが学級の存続もー、とーてーもー大事でーす」
『成績不振者 11位:レイダ・クェーサー
12位:アルミラージ・ラスクトール
13位:ルシィ・ジウェッソン
最下位:シガミー・ガムラン』
お貴族さまや、王族に名を連ねている奴でも、出来の悪いのが居るのなら――
その逆に平民や商家の出でも、出来の良い奴がいてもおかしくはねぇか。
黒板に書かれた『補習』や『追試日程』の文字から察するに、成績不振者であるおれたちは祭りの間もずっと、この教室で学問に励まねぇといけねぇらしい。
「えーっと、そこを何とか――そうだぜ! 芋の町の祭りが終わるまで待っ――」
この際レイダにゃ悪ぃが、おれだけなら――
まず天井に飛びついて、ソレから廊下側の窓へ――
「はいダメー! 緊急職員会議による決定ですーので、くつーがえりーませぇーん!」
心なしか、やつれた様子の担任教師が――グワララランッ!
いつもの3本の魔法杖だけでなく、小脇に抱えていた追加の杖を、おれの席の両脇へ立てかけた。
阿弥陀仏/全ての命を救い、全ての苦しみから解放する阿弥陀の光りを授ける存在。
分別/自己と他を区別する認識。またはソレにより生ずる煩悩に抗うことで、悟りへ至る実践的な教訓。
煩悩/人を煩わせ悩ませるもの。欲望、無知、執着にとらわれた状態。
弥勒菩薩/56億7千万年後にこの世に現れ悟りを開き、ありとあらゆる一切合切を一網打尽に救うとされる未来仏。




