743:魔神蜂爆誕、それと迅雷復旧
「ウカカカッ! 取っ捕まえたぞっ!」
此奴めっ、観念しろやぃ――――あれ、居ねぇ!?
「ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴッウヴヴヴ」
瞬きよりも高速に――
傍らに立つ蜂女に――
遅れて動体検知が、『▼▼▼』
「あっ、やべぇ――!」
根菜を奪われた!
ふぉん♪
『ルガレイニア>ヴヴヴヴヴヴヴッヴヴヴヴヴヴヴヴヴ』
大蜂の眼の色が、おかしな事になってやがる。
さっきまで白と黒を行ったり来たりしていた脈動が――
その色を眉間から、格子みたいに塗り替えていく。
「あー、ルガレイニア? ひとまず落ち着けやぁ」
おれは大蜂を刺激しないよう、静かに平手を突き出した。
格子みたいな紋様が、微かに揺らぎ――ヴュゥヴヴュヴヴゥゥゥゥヴュゥン♪
直線的だった流れに、おれをチラ見したときの曲線的が加わった。
些細なズレは、おおよそ尋常ではないほどに、複雑で奇っ怪な様相を呈していく。
ズズズズズゥ――――!
複雑で奇っ怪な紋様が、眼鏡の先端から給仕服の襟へ、流れ落ちていく。
「ちっ、ダメだ迅雷ィ――もう話が通じねぇ!」
本式の神々の肝いりである女神御神体は、本来そう易々とは壊れない。
だが同様に壊れないはずの浮かぶ球は、おにぎりの渾身の一撃で壊れた。
万が一にも、五百乃大角の依代である女神御神体が無くなったら――
五百乃大角のMSPが現に、溶け出しちまう!
「えー、どーしたのぉ? おめめが縞々になっちゃって――ヘリンボーン柄? 素敵わね♪」
言ってる場合かっ、阿呆女神さまめっ!
「ヴヴウヴヴッ――――ふっ」と鳴り止む大蜂。
怒り心頭に発したのか、とうとう給仕姿の靴裏が、地から離れた。
杖もなしに浮かんでやがる。
どういう理なのか、見当も付かねぇがぁ――
相当に、お怒りなのだけは見て取れた。
ヴォシュルッルゥン――――!
服が裂けたのかと思うほどに、幾重にも走る煌めく白線。
猪蟹屋制服である、黒く裾の長い女性用の給仕服。
その上を織柄のように幾度も折れ曲がる直線。
ソレはまるで稲妻模様。
白と黒の稲妻文が、前掛けにまで施されていく。
白地の厚布の上を覆っていくのは、銀糸の煌めき。
玉繭の光沢が、白地を黒へと代える。
前掛けを覆い尽くした稲妻模様が――給仕服へと合流する。
ソレはまるで最初から、そういう風に誂えたかの如き。
ふぉん♪
『>>まるで風神か雷神だな。中身だけじゃなく、到頭、外見まで恐ろしくなっちまいやがった』
見ように依っちゃ、〝風流〟と言えなくもねぇがぁ――
蜂女に、違いはあるまい。
ふぉん♪
『ルガレイニア>>ヴヴヴヴヴウヴヴヴヴッ、オレサマオマエマルカジリ』
魔神の再来とまで呼ばれる、生活魔法の開拓者。
魔物境界線の立役者でもあり、名実ともにガムラン最強の侍女。
今では大蜂……差し詰め魔神蜂に身をやつした彼女が、丸茸にボコリと叩き付けたのは――
さっきおれに見せた画面、美の権化に対する美の指南。
聞かれてもねぇのに指図をするのわぁ――
おおよそ人が取り得る無知蒙昧の、最たることだ。
邪見に陥り、人を勝手に推し量るは――正に十悪が一つ。
観念して、こっぴどく叱られやがれやぁ。
「えっ――なぁに? 二人っきりでお話ぃ?」
えへー、良きわね、ガールズトーク?
だから言ってる場合かっ!
根菜をつかんだ大蜂が、おれたちから離れていく。
おれごと辺り一面焦土に化えて。
そうなる前に、壊される前に仕舞え――迅雷頼まぁ!!!!!
スポン――無事格納される、五百乃大角。
スッポコ――ぷすん♪
「はぁぁっ!?」
おい今、確かに仕舞われたはずの女神像御神体が――収納魔法から消えたぞ!?
ガギィン!
金属音に見れば、散る火花!
突き出された細腕に走るは、太い二本線。
烏天狗の黒手袋をはめたルガレイニアは、あろう事か――
収納魔法を、弾くらしいぜ。
ヴォヴォゥン♪
「――mぎhv――う、奪われマしたね。ヤはり〝ロックオン無効〟ノ効果ハ、対人にオいても発揮されルようです」
転がるように飛んできた迅雷が、普通に話してやがる。
おい相棒、調子が戻ったか!?
ふぉん♪
『>>ハイ。女神像ネットワークの大部分が、復調したようです』
本当かっ!?
そいつぁ、何よりだぜ。
さっきまでおれの収納魔法具を出入りしていた、小さなおにぎりみたいな奴も――
居なくなってる。
まあ、寝た子を起こす事も無いので、放っとく。
ふぉん♪
『シガミー>>よし、これでガムラン町や大森林以外の女神像へも飛べるだろ。あとはこの蜂のお化けを退治すりゃ、ポテフィール領の』
ヴォォォォン♪
杖もなしにフワリと浮かび、丸茸御神体をガシリと握りしめる。
ガムラン最凶の蜂女が、遠ざかっていく。
その背中をおれは……追えなかった。
ヴォォォォン♪
呼んでも居ない魔法杖。
ヴォォォォン♪
おれやレイダが使うとの同じ、一番小さくて値段が安い学院支給の白い奴。
ヴォォォォン♪
それが正面と左右、恐らくは上と背後にも一本ずつ。
ヴォォォォン♪
さっきの蜂同様、瞬きをしたら、ソコに浮かんでた。
ふぉん♪
『シガミー>>どうする迅雷。やってやれんこともねえとは思うが、彼女を相手に手加減は出来ない。どうしたって遺恨が残ることになる』
ジリジリ――ヴォヴォ♪
スタッ――ヴォヴォォォォォォン♪
一歩動けば先端が、まるで脅すかのようにおれを掠める。
ふぉん♪
『>>こちらのロックオンは解除され、向こうは一方的にロックオン出来るようです。無傷で制圧するには準備が必要と思われます』
確かに杖どもは、ずっとおれに狙いを定めている。
ふぉふぉふぉふぉん♪
『リオレイニア・サキラテ LV:47
魔法使い★★★★ /簡易詠唱/全属性使用可能/ロックオン無効
追加スキル/レンジ補正/クリティカル発生率補正/魅了の神眼/女神の加護/女神の祝福
先天性スキル/幾何学的トポロジー/女神像機能解放/女神像機能呼出/羅針盤/体幹/体幹強化/血流強化/NPCサブチャンネルID/歩行術
――所属:シガミー御一行様』
「(うむ? さっき見たリオレイニアの身上だな)」
これがどーしたぁ……前にはなかった〝先天性スキル〟てのわぁ、ちぃと怪しいな。
ふぉん♪
『>>はい。〝先天性スキル〟という〝隠されたパラメーター〟が、サキラテ家秘伝の歩行術。その、より詳しい内訳と思われます』
うむ、血筋による生まれつき。つまりは〝天賦の才〟って事だろぅ?
「(ロックオン無効、幾何学的トポロジー、羅針盤、体幹、体幹強化、血流強化、歩行術にヨり、一種ノ位置情報偽装ヲ行ッていると思ワれ)」
ふぅーん? まるで、わからん。
全部、TODOリストに入れとけ。
今は魔法杖を振りほどくのが先だ。
急がんと、後を追えなくな――『<<▽>>』
「あっ、動体検知が消えちまった!」
ふぉん♪
『>>こちらの念話中に反応が消失しました』
カラン、カラララァン♪
一斉に落ちる練習用魔法杖。
「彼女ワ、我々ノ天敵タり得る能力ヲ、秘めてイるようです」
「同感だぜ。骨……はねぇか。折れ茸くらいは、拾ってやるから、往生してくれやぁー」
おれは虚空へ向かって、合掌した。
§
「シガミー? こんな所で、どうしたのですか?」
それはいつもの、楚々とした佇まい。
太枝の魔法杖に足を揃えて座り、飛んで来たのは――
普段通りの猪蟹屋番頭だった、
「(まさかの無傷で、五百乃大角が戻ってきたぞ!?)」
落ちてきた丸茸を検品するも、問題はなさそうだ。
ふぉん♪
『シガミー>>おい、一体どんな魔法を使いやがった? おれでも手こずりそうな、蜂のお化け相手に!』
毛先に耳や鼻。直ぐにでも折れそうな、ごま粒みたいな指先。
そのどれもが欠けてない所か、傷一つ無かった。
ふぉん♪
『イオノ>>>え? 別に何も無いけど? ただ2222年最先端のボディメイク術を、聞かせてあげただけわよ?』
はぁぁ?
ふぉん♪
『シガミー>>いつだか見た、お前さまの〝本当の体格〟はリオレイニアよか貧相だっただろーが?』
その何たら術に効果があるとは、とても思えん。
ふぉん♪
『イオノ>>>うるさいですわよ。それと、この一行表示のコメントアウトだけど、2つまではリオレイニャちゃんに突破されてるから、以後注意するよーにねーん♪』
は? そーなの?
「(今さっき一行表示で、〝貧相〟とか言っちまっただろぉがぁ!)」
おれはリオレイニアを見上げた。
よく見れば何でか頭に、ニゲル青年や猪蟹屋2号店でお馴染みの、猫の耳が乗せられている。
さっき大蜂だったときの太線2本は、袖に残ったままだった。
そしてその顔には、いつもの眼鏡と凍り付くような冷たい笑顔が張り付いていた。
ふぉん♪
『リオレイニア>>どうぞ、お乗りくださいな。ウフフ?」
自分が座る杖の先をトンと叩く、ガムラン最凶メイド。
「いや、おれぁ、自分で飛んでいくからよ、へへっ」
ヴュゥヴヴュゥン♪
迅雷式隠れ蓑を取り出してたら、蠢く両目の格子紋様と目が合った。
「どうぞ、お乗りくださいな。クスクスクス?」
眼は眼鏡で隠され見えない。
それでも、その〝蠢く奇っ怪な紋様〟を見るまでもなく、彼女の表情は見て取れた。
おれは大人しく、差し出された手を取り――
大女神像の間へ戻るまで、頬や脇腹を時折軽く摘ままれた。
幾何学的トポロジー/トポロジカルな性質や概念を扱う現代数学の一分野。変形可能な位相空間と、その間の連続写像(特にホモトピー、ホモロジー、ファイバー束など)を通じて研究される幾何学的構造。




