742:サキラテ家の隠形の術と、乙女の秘密
『(■■■)=3』
黒く塗りつぶされてて顔が読めんが、怒っているのはわかる。
おい迅雷、どーにかしてくれ。
おれの手には負えんわーい……ぅぬぅ?
「(迅雷ぃー、返事をせんかぁ――!?)」
ふぉん♪
『>■■ぎ■■■■■、止■■■■』
随分と遅れて寄越した一行表示まで、文字化けしとるぞ!?
こりゃいかん。
五百乃大角と茅野姫に「大女神像の間で、待ってなさいわよ!」「待っていてください。くすくす♪」と言われたものの、梨の礫で。
ふぉふぉふぉふぉふぉふぉ――ヒュババババババババッ!
到頭、本格的に調子を崩した女神像の中身さまが、おれの〝スキル一覧〟を辺りへ散蒔き始めやがった。
こいつぁ――料理番の危機だぜ。
猪蟹屋一味の更に枢軸である、女神関係者たち。
おれと迅雷と、五百乃大角に茅野姫。
その狡い在り方は、誰も彼もが受け入れてくれる訳じゃぁ有るまい。
惑星ヒースに居る日の本勢が全て(五百乃大角と星神と、あと迅雷を除く)、生まれ育った時代こそ違えど――
〝死んだ後、この地へ来た〟。その事実なんかも、機密扱いだ。
行きがかり上、リオレイニアには〝おれが烏天狗〟だという内緒の話だけはバレちまってるが――
五百乃大角がらみで隠していることを、これ以上知られると――
今までのように信頼を得ることは、如何したって難しくなる。
ニゲルの青板を懐へ仕舞う――――ふぉヒュザザッ♪
『(I■■)』『(>■■)』
おれの服から飛び出した半透明の奴が――――恐らくは、目をぱちくりとさせてやがる。
えええぇぇいっ――――透けて、出てきちまうじゃねぇーかよぉっ!
ふぉヒュザザッ――――すぽん♪
おれは懐へ手を突っ込み、指輪の収納魔法具へ、薄板を格納した。
ヴュパパパッパパァーン――――♪
はぁっ!? ふぉヒュザザッ♪
くそう、収納魔法具をこじ開けて、勝手に生えてきちまったぞぉ!?
薄板は取り出されていねぇのに、映像だけが現れる!
流石は、ぶっ壊れていても〝女神像の中身〟だなぁぁぁっ!
『(×曲■)』『(>■■)』『(■Д`)』
但し、その様子は相当におかしい。
――――ふぉふぉふぉふぉヒュババザザザザッ♪
青くて小さいおにぎりみたいな奴が動く度に、辺りに画面の束が散蒔かれる!
喧しい、騒々しいっ、「大人しく……ひそひそ……せんかぁっ!!」
猪蟹屋の番頭が来ちまうだろぉがぁぁぁぁっ!!!
「厄介なこと、この上ねぇ――!」
迅雷、五百乃大角を……茅野姫でも良いから、呼び出しとけ!
スゥ――視界の隅に映る、前掛けの白。
まずは、一番近くに居るリオレイニアから、この女神像の中身さまを引き離さんといかん。
ふぉふぉふぉふぉふぉふぉ――ヒュババババババババッ!
散蒔かれ続ける、何かの図案や誰かの身上。
ふぉふぉふぉふぉふぉふぉ――ヒュババババババババッ!
おれの身上が矢鱈と沢山混じってやがるのは――
ソレが一番〝長くて、嵩張るから〟なんだろう。
『(▓░▓░)』――ふぉヒュザザッ♪
「こちラ、女神像カスタマーサービスあシスタントでスガ――オ手伝ィ出来るこトはありマセん」
青く光る小さな、おにぎりが――到頭、そんなことを宣った。
ふぉふぉふぉふぉふぉふぉ――ヒュババババババババッ!
LV100と書かれた本当の身上や、ソレに続く100を越えるスキル一覧が――地面を転がる。
画面端の小地図へ、目を凝らす。
『▼』――『冠』。
おれは腕時計を見やる。小さな蓋を開き、指を滑らせりゃ一瞬で――
強化服と鉄の鎧を着込める。
轟雷を着りゃぁ少しだが、おれにもこの画面を上手く操れるから――
見られたくねぇ画面を隠すこともできるかもしれん。
ソレが無理でも――大神殿の床でも壁でも天井でもぶち破り、逃げることくらいは出来らぁ!
兎に角、今は、おれのLVやスキルリストを隠さんと拙いことになる。
おれはちゃぶ台から飛び退き、腰を落とす。
辺りの様子を確認し――『冠』との距離を取る。
大女神像の背後には人が疎らに居て、ちゃぶ台がある女神像横側の壁端には、辺境伯の私兵が陣屋を構えてる。
なら反対側の横だ。ギ術部顧問の隠れ部屋がある壁際なら、誰もおらん。
距離にして十数メートル、シガミーなら一歩で届く間合い。
スッタァン――!
よぉぅし、人が居ない所を一気に駆け抜けた。
そのまま――ドットトン!
目の前の壁を蹴上がり――腕時計の小さな蓋を開――
「シガミー。コレは一体――どういうことですか?」
その楚々とした声は、おれの首後ろから聞こえてきた。
ふぉん♪
『>>〝■ッ■オ■■効〟の効果■、対人に■い■も■揮され■■で■』
うん、迅雷の言ってる意味は分からんがぁ――
さっき間違いなく捉えたはずの地図にぃ、『冠』の字がねぇ!
女神像を使った惑星の理を謀るのだ、木火土金水の遁術とは訳が違う。
どっちかと言やぁ、隠形の印を結び、兜に隠した摩利支菩薩の小像へ祈る――
本式の隠形に、近ぇ!
ガシリと肩に食い込む、嫋やかな指先。
画面端の小地図へ、もう一度目を凝らす。
『▼』――『冠』。
姿を現す、彼女を表す字。
サキラテ家の〝隠形の技〟。
此奴ぁ、もっと早くに仕組みを暴いて、おくべきだったのだ。
ヴォヴォヴォゥゥン――――ストン♪
彼女は呼びもせずに、太枝の魔法杖を――足場にした。
つまり、やろうと思えば、いつでも杖をぶっ放せるということだ。
バサバサササッ――――フォォォッ♪
おれも振り向きざまに、迅雷式隠れ蓑をバサリと纏い――空中へ浮かんだ。
§
「さてシガミー。弁明はありますか?」
ここは大女神像がある大神殿の屋根の上。
直ぐ横にはちゃぶ台と、その上を飛び回る薄板。
ザラつく石屋根ですり切れないような、荒縄を編んだだけの硬い座布団に二人とも腰を下ろしている。
「うむ。こうなった以上、申し開きはせんわぃ!」
ちっ、到頭おれのLV100や、150に近いスキル数を知られたぞ!
「良い覚悟ですね。では目的を、お聞きしましょうか?」
彼女の呼吸に合わせて、掛けた眼鏡が――――ヴュウン、ヴュウン♪
白銅と黒鏡へと交互に、変化しつづけている。
ふぉん♪
『>>リ■レ■ニ■■バイタ■に過■の緊■が■ら■■■』
独鈷杵は文字化けしてはいるが、女神像の中身さま程には、壊れていないようだ。
調子が悪いなら、大人しくしてろやぁ。
「目的だぁ? 強いて言うなら――」
人類最強の女将さんをも軽く凌ぐ、LV最大の100。
ふぉん♪
『ヒント>>カウンターストップ/それ以上加算することが出来ない数値上限。カンスト。』
「そりゃぁ、人心を惑わさない為……か?」
王立魔導騎士団所属の最高峰。
女将さんと、もう一人がLV70近いという話だがぁ、それでもまだ30もの開きがある。
「じ、人心を惑わっす!? そ、それほどっ!?」
座ったまま軽く飛び上がり、急に項垂れる給仕服姿。
スキルの数についてわぁ、何をどう取り繕った所で埒外でしかないからなぁ。
けどしかし、大神殿の屋根に突っ伏すこともあるまい。
給仕服の肩を支えて、体を起こしてやった。
「あぁ、それほどのことだから、五百乃大角からも「言うな」と厳命されてた」
猪蟹屋標準制服はちょっとやそっとじゃ汚れんがぁ、お前さまにわぁ……しゃんとしていてもらわんと、調子が狂うだろぉが。
「美の女神さまからの、げ、厳命!?」
再び驚き、飛び上がった勢いのまま――ごすん!
真後ろに倒れ、後ろ頭から屋根に突き刺さった。
「ぅぎゃっ!? 一体如何した!? おれに負けたからと言って、そこまでへこたれる必要は有るまい?」
レベルカンスト、150近いスキル。
おおよそ人知の及ぶところではないが、それでもおれぁ――
この美の女神をも虜にするほどの美貌を一切鼻に掛けない、この女のことを気に入ってるし――
この女の才覚と気立ては、人知などに左右される程度のものではないはずだ……たぶん。
ふぉふぉぉぉん♪
『シ■■ー L■:1■0 ☆:■■■
薬■師★★★★★ /状態異■■■/■産■■大/女■に加■/七天抜刀根術■許皆伝/星間陸路■■者
追■スキル139/■計144ス■ル■■持』
おれの本当のレベルとスキル総数が表示されたから――すぽん!
即、消した!
馬鹿野郎、調子が悪いならぁ、ジッとしてろやぁ棒めっ!
どうせ知られちまったレベルとスキルだし、この画面はおれが観ているだけのもので、〝ルガーサイト改【金剛相】〟を以てしても覗き見ることわぁ出来ぬ。
出来ぬのだがぁ――念のため、消しておく。
「ええええっ――――いくらなんでもっ、シガミーよりは有りますよぉ!!!!????」
細足を勢いよく持ち上げ、ごろんと後ろに一回転。
起き上がった彼女が、しきりに薄い胸元を押さえている。
「んぅ? どうも話が噛み合わんな?」
立ち上がり、白黒に明滅するメイドさんの眼鏡を見つめる。
ふぉ――♪
突き出された黒い指先が、画面の一枚をつかんでいた。
この黒手袋は――一瞬、彼女の本気の戦装束かと思ったが――
空中に浮かぶ画面表示を、手で引っつかんでるってこたぁ――
こりゃ、おれの手持ちの〝黒い道具〟だ。
黒板、黒筆、黒手袋に黒鋏。
おれと言うよりかは、烏天狗が主に使っている道具で。
細かな細工をしたり、画面表示を切り貼りするときなんかに使っているものだ。
その辺を転がり、やがて霧散するはずの一枚の画面。
ソコに書かれた細かな文字。
ふぉ――ふぉん♪
『リオレ■ニア・サキラテ LV:47
魔法使■★★★★ /簡易詠唱/全属性使用■能/■ックオン無効
追加スキル/レンジ補正/クリティ■ル発生率補正/魅了の神眼/女神の加護/女神の祝福
先天性スキル/幾何学的トポ■ジー/女神像機能解放/女神像機能呼出/羅針盤/体幹/体幹強化/血流強化/NPCサブチャンネルID/歩行術
――所属:シガミー御■行様』
はぁっ!?
此奴ぁ、おれの身上書きじゃねぇ、リオレイニアの身上書きだぞ!?
ソレにしちゃぁ、惑星ヒースに棲まう人の身で――
書き連ねられて良い、スキルリストの長さでは無い。
18個もある……前に見たときよりも大分増えてね?
虫の息の給仕服が彼女の身上書きの二枚目を、取り出した黒板に貼り付けた。
ソコに描かれているのは、薄い体つきの女性の体格を記したもんで――ふぉふぉふぉふぉふぉふぉおふぉふぉふぉぉぉぉぉん♪
『光陣歴13■年××月■×日計測
160セ■チ/45・■キロ■ラム
19歳/女■
首回■ 30セ■チ
肩幅 38・2センチ
腕■り(右) 2■・4センチ
■周り(■) 24・■センチ
胸■ 7■・1セ■■
ウエスト 56・■■ンチ
■エスト(腰骨■) 5■セ■チ
腕の■さ(右) 55・7センチ
腕の長さ(■) 55・3センチ
ヒップ 8■・5セン■
太も■周り(右) 47・3センチ
太もも周り(右) 47・■■■チ
■く■■ぎ周り(右) 29センチ
ふくらはぎ周り(左■ 29・2セ■チ
足首周り(右) 20センチ
足首周り(左) 20センチ
股下|(右くるぶし■で) 7■センチ
股■|(左くるぶしまで) 75センチ
■MI 17・8
※このデータは使用後■破棄す■■と。』
胸囲と体重の横枠には、『要努力! もっと頑張りましょう♪』と書かれていた。
彼女の掛けた眼鏡が――――ヴュウン♪
暗く辺りを映し出す鏡と化し、その先端が今まで見たことが無いほど――
鋭角に尖っていく。
「あっ、こいつぁ――猪蟹屋の制服を作るときに迅雷が測った体の細けぇ寸法じゃねぇーかぁ!」
そして、この書き込まれた赤文字は、五百乃大角が書く丸っこい文字だった。
ふぉふぉん♪
『リ■レイニア・サキラテ
総評:胸囲■重■■、全体■に残念。
猪蟹屋の総力■■げて、取り組む■■■件。
■先度:A+』
黒板を更にめくった嫋やかな指先が、ポキリと音を立てる。
ま、まだ続きがありやがるのか?
ふぉふぉふぉふぉふぉふぉふぉふぉぉぉぉぉん♪
『リオレーニャちゃん改造計■草案01
自己受容:自■の体型を受け入■、自信を持つことが大切■■。美し■は多様であり、胸■大きさだけが魅■■■ありま■■。
健康■■ライフス■イル:バランス■■れた食事や定期的■■■■心が■ることで、全体■■■康を維持■、体型■整える■■■できます。
筋■■レーニング:胸の筋肉を■■るエクササイズ(プッシュアップやダンベル■■■など)を取り入れ■ことで、胸の形を整■■■■ができるかもしれません。
ブ■■ャーの選■■:自分に合ったブ■■■■を選ぶことで、胸を美しく見せることができ■■。パッ■■りやボリュームアップ効果のある■■■試してみるの■■いでしょう。
ファッ■■ンの工■:服装やスタイ■■■夫す■ことで、全体■バラ■スを取る■■ができ■す。デザイ■■素材■選ぶ■と■、胸を強調したり、逆■目立たなくした■■ることができます。
美容やスキンケア:自分自身を大切にし、肌や髪の■■れをすることで、全体的■■■を良くする■■■で■■■。
メン■ルヘルス: 自信を持■■めには、メンタルヘルス■■要です。必要であれば、カウン■■■グ■サポートグ■■■■■利用することも■■てみてください。
最終■■は、自分自身■■■にし、他人と比較す■■■なく、自分の魅力を見つけるこ■■■■■す。』
蜂が出た。
その鳴き声だか羽音だかが――ヴウヴヴヴヴヴヴヴヴウヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴウヴヴヴヴヴヴヴヴウヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴウヴヴヴヴヴヴヴヴウヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴウヴヴヴヴヴヴヴヴウヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴウヴヴヴヴヴヴヴヴウヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴウヴヴヴヴヴヴヴヴウヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴウヴヴヴヴヴヴヴヴウヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴウヴヴヴヴヴヴヴヴウヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴウヴヴヴヴヴヴヴヴウヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴウヴヴヴヴヴヴヴヴウヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴウヴヴヴヴヴヴヴヴウヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴウヴヴヴヴヴヴヴヴウヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴッ♪
「さ、さぁーてぇ。そ、ろそろ飯にでもす――」
おれは頭上に両手を構え、そう宣る。
「喚・ん――ぅわ、何ぉスる!?」
ぽこん――と落ちてきた奴を、おれは必死に引っつかんだ。




