740:大女神像の間にて、アリゲッタ辺境伯ってどんな人?
「それで、結局の所……ビステッカの姉上さまてのわぁ、どんな御仁なんだぜ?」
宥め賺せた巻き毛の童、ビステッカに尋ねた。
こと辺境伯自身に関する話は場合に依っちゃ、物の聞き方に気をつけなきゃならん所だがぁ――
折角、辺境伯の実の妹君が有せられるのだ、直接聞くに限る。
辺境伯さまや参謀殿や、オルァグラムギルド長たちが座る、ちゃぶ台。
その隣に置いた新しいちゃぶ台と、ペラペラの座布団。
車座になったおれたちは、ようやく件の人物の核心に迫っている。
「お、おねぇさまわぁ――オ、オリハルコン鉱石を縦に積み上げるような、ご立派な方ですわっ――ぐすん」
まだ肩を震わせる、お貴族さまの巻き毛が揺れた。
ふぉん♪
『人物DB>ビステッカ・アリゲッタ
初等魔導学院1年A組生徒
出席番号5』
「わきゃっ!? くすぐったい♪」
ワサワサッ、ビョビョ~ン♪
気遣い寄り添う連中の頬を、巻き毛が撫でた。
向かって右に、サキラテ家令嬢ビビビー。
矢鱈と手足が細くて、リオレイニアの血筋を感じる童だ。
その見た目に反して、実に肝が据わってる。
ふぉん♪
『人物DB>ヴィヴィエラ・R・サキラテ
初等魔導学院1年A組生徒
出席番号7』
「うふふ、くすくすくす♪」
左に眼鏡太郎……じゃなくて町民レトラ嬢。
気弱だが人当たりが良く、とても気が利く童だ。
大森林では色々と大変な目に遭わせちまったからな。
この後、どういう話になろうとも、好きなように取り計らってやろうと思う。
たぶん行くことになるであろうアリゲッタ辺境伯領への行軍に、付いてきたいなら連れて行くし、王都に残りたいなら置いていく。
ふぉん♪
『人物DB/レトラベラ・ルリミット
初等魔導学院1年A組生徒
出席番号13』
「にゃぎゃぁーん♪」
そして何でかビステッカの真後ろに、おにぎり(大)が陣取ってやがる。
ふぉん♪
『ヒント>強化服自律型おにぎり一号/猪蟹屋強化兵装試作第一号。
惑星地球において〝着ぐるみ〟と称される個人兵装の一形態に、〝自律機構〟を搭載したモノ。
その正式名称は〝極所作業用汎用強化服シシガニャン自律型/試作個体名おにぎり一号〟。
強化服群の中で最長の動作時間を誇り、破損時には卵型のセーブデータを残』
おにぎりの説明なんぞ、要らんわぃ。
消せ消せっ――フッ。一行表示が消えた。
最近では町民たちから「ね、猫の魔物!?」と恐れられることも無くなってきた――
猪蟹屋の丁稚……というにわぁ、図体がでけぇし――彼奴ぁ、何だぜ?
〝叩かれたら相手が誰であろうと、必ずやり返す〟ってぇ、悪癖があるから――
〝猫の魔物風〟てのが一番正しく、言い表せてると思うが。
決して〝美の女神の御使いさま〟や、〝猫の魔物〟ではない。
ふぉん♪
『>>強化服は備品ですが自律行動可能なおにぎりだけは軽車両扱いとなるため、記載名は〝運搬用アーティファクトおにぎり/ID#I05001〟となります』
うん、わからんが、そういうことでもねぇんだよ。
ふぉん♪
『ヒント>オリハルコンを縦に積む/加工の難しい歪な物を、縦に積み上げられるほどの才覚。ひいてはその能力に裏付けされた、頑固さを表す慣用句』
妹君さまによる、辺境伯さまの人柄。
その説明が出たぞ。
「ふむん? 〝曲がった杓子を定規にしちまう〟ような――奴って事かぁ?」
方向性としては猪蟹屋番頭とか、ガムランギルド長みたいな……奴って事だろぉ?
ふぉん♪
『シガミー>>おい迅雷。そんな奴が、どうしてまた〝おにぎり〟なんかに、領地の全てを賭けたりしたんだ?』
ふぉん♪
『>>現在の情報では分かりかねます。では別の意見も聞いてみましょう。
>リオレイニア。アリゲッタ辺境伯というのは、
とても真面目な人物と言うことでしたが』
ふぉん♪
『リオレイニア>はい、そう聞き及んでいます』
辺境伯たちへ茶を入れながら、白金の眼鏡の縁を指先で持ち上げてみせる――
絶世の美女リオレイニア。
ふぉん♪
『>そのような人物が、猫の魔物と間違われる風体の〝おにぎり〟へ、
資産の全てを全額賭けるとは、到底思えません』
ヴォヴォヴォゥゥン――空飛ぶ独鈷杵が、ぐるんと回転。
迅雷に釣られておれも、芋が詰まった木箱に腰掛ける――
まるで仕事の合間に休憩する、おっさんのような風体と目が合った。
「にゃぎゃぁ?」
化け猫め、おれぁ「揚げ芋?」じゃぁねぇやい。
ふぉん♪
『リオレイニア>はい。賭け事に参加すること自体が、まず考えられませんね』
考えられなくても現に、賭ーけーとーるーだーろぉーがぁー?
おれが首を力一杯傾けると――――ヴュパパパッパパァーン♪
うぬぅ?
膝を抱えた女神像の横から、騒々しい物音がしやがった。
迅雷が音のした方へ飛んでいく――ヴォヴォゥン♪
ソレはちゃぶ台横に設置した信楽焼のタ……じゃなくて、太木を彫った猫の像のような形。
猫型魔法具から生えた尻尾は、大女神像に繋がっている。
アレは村長箱と同じ名だが、こっちのは基本的には五百乃大角の奇抜……陽気な歌声が出るだけの物で、木さじ食堂にも置かれている物だ。
その大きな顔から画面表示が飛び出した。
ちゃぶ台一つを飛び越し、おれたちの頭の上、空中に浮かんだソレは――
「迅雷、何だぜこの画面わぁ……トッカータ大陸の地図のようだがぁ?」
「なんだなんだ?」「どうしたどうした?」
ガッチャガチャガチャッ、ドカドカドカッ!
「大陸の地図だぜ」「おまえらぁ、こいつを見ろ!」
ガヤガヤガヤガヤワイワイワイワイ!
二つ並んだちゃぶ台。
車座のおれたちを、大勢の冒険者や私兵たちが、取り囲んだ。
辺境伯に遠慮して遠巻きにしていた連中が、地図を見るなり無遠慮に寄ってきやがったのだ。
ゆっくりと回転する地図にポツポツと、現れていくのは青い小さな●。
●は〝大森林〟や〝ガムラン町〟や〝王都の辺り〟で、チカチカと光を放ち始めた。
「シュトレンさま、これは変異種出没予想地図ではっ!?」
参謀に耳打ちする、角付き。
「確かに、各地の領主邸宅へ設置された警報魔法具に似ていますが――お館さま?」
辺境伯さまへ耳打ちする、参謀殿。
「いや警報が鳴っていないところを見るに――変異種ではあるまい?」
目を泳がせた辺境伯さまと、目が合った!
「そ、そうでごぜぇますわぜっ!?」
突然話を振られたら、おれだって焦らぁなっ!
えーっと、地図がぁ表してるのわぁ、殿さんの見立て通り――
変異種じゃねぇ……と思う。
あれだけの大物を二匹も倒したばかりだし、今、王都に――
あんなやばそうな魔物は、見当たらん。
「なぁ、リオレイニ――ぁ?」
おれが隣のちゃぶ台の、番頭へ尋ねると――
「こちらは女神像サービスアシスタントです。押して押して♪」
「では、行きますよ?」
隠れモテ女にして元〝聖剣切りの閃光〟構成員リオレイニアが、おにぎり(小)が生えた青板を――ペコン!
平手で勢いよく叩くように、押したりしてやがる。
ヴォヴォシュギャギャギャッ♪
隣のちゃぶ台から、ぴょーん!
座布団二枚分の距離を飛び越え――――ズギャギャギャギャァッ!
女神像の中身が、こっちのちゃぶ台に乗ってきた。
§
『 ■■――――ポテリュチカ・アリゲッタ
■■■■
■■■■■■
■■■■
■■』
黄緑色の猫の魔物である〝おにぎり〟に、資産の全てを賭けたビステッカの姉上。
人類が誇る二大実力派辺境伯爵の、〝芋の方〟。
その彼女の名を冠する赤い●が、ズモモモモと広がっていく。
「やい、中身さまよぉ。そいつぁ、何度も見ただろうが?」
ちゃぶ台の上、丸い縁に沿って――シャギャヴォヴォヴォヒュゥーン♪
軽快に滑る青板を、ガシリとつかまえた。
この●わぁ、表し方こそ違うが、おにぎりに賭けて擦っちまった――
高い天井にまで届きそうだった、とんでもねぇ金額だろ――ぉ?
ボォゥボォボォゥボォボォォォォゥウン!
「いやまて、こいつぁ――――!?」
赤い●は一つではなく、其処其処大きな街のある、全ての地域に現れていく。
斑点のように浮き出た、ソレを見て――
「ひぃぃぃぃっ!?」
レトラが逃げ出し、おにぎりの膝に飛びついた。
確かに増えていく赤●は、ちと気色が悪ぃ。
「ふぅ、やはりこうなってしましましたね」
「うむ、そのようだな」
番頭リオレイニアとコントゥル辺境伯が、顔を見合わせ――
「お館さま、いかがなさいますか?」
辺境伯参謀が、にじり寄り――お伺いを立てた。
「どーいうことか説明しろゃ……御座いますわぜ、リオレイニア!」
おれは青板を持ったまま、番頭に駆け寄る!
辺境伯の手前、礼儀を弁えつつなぁ。
ふぉん♪
『シガミー>何がこうなったんだぜ? まるで、わからんわい』
「ふぅ、簡単な話ですよ。アリゲッタ辺境伯が〝おにぎり〟に全額張った事を知れば、彼女の堅実さを知る人物なら、その賭けに便乗することが、容易に想像出来ます』
あー、最初に見た番頭と辺境伯さまたちの渋い顔は、そう言う意味だったか。
「なるほど。此奴らわぁ全部、辺境伯さま……アリゲッタ辺境伯さまが張った儲け話に、乗った連中って訳だな?」
おれたちは赤く染まっていく地図を、暫し眺めた。
大きく膨れ上がった〝赤い●〟――ガチャリッ♪。
その辺境伯の名に、錠前の印が付いた。
「おい、中身さまよ、この錠前は何だぜ?』
『(I_I)』『(>_<)』
青板を持ち上げると、目をぱちくりとさせる青い奴。
こいつぁ女神像の中身で、この大森林バウトの賭けが原因で調子を崩している。
「お答えします。引き出し限度額を超えた課金による、アクセス制限状態を表しています」
『(I_I)』『(>_<)』
ふぉん♪
『>>俗に言う〝垢BAN〟状態と思われ』
ふぉん♪
『シガミー>わからん、何だそいつは?』
「そうでスね、冒険者カードノ使用ガ禁止さレます」
んぅ? 冒険者カードは身の証になるだけじゃなくて、金の出し入れにも要るだろぉが?
「そりゃ、一大事だろぉが!?」
ボォゥボォボォゥボォボォォォォゥウン!
ボォゥボォボォゥボォボォォォォゥウン!
ズモモモモモモモモモモモッモモモモモッ!
赤い点は増え続け、何処までも広がっていく。
やがてその全部の名に、ガチャリッ♪。
ガチャガチャガチャチャチャガッチャリィィン♪
鍵が付いた。
「ぐすんぐすん。おねぇさまは、一体何を考えて――」
青い顔をした巻き毛の童が、上等な革袋を引っくり返した。
チャリン――バララララッ♪
ちゃぶ台の上に、ぶちまけられる金貨――コロコロロッツ、チャリィン♪
小気味よい音はすぐ収まり、辺境伯家の縁者としては、多少ささやかな全財産。
仕舞いには懐から、紙に包んだ揚げ芋らしき物や――
まだ試作段階の〝蜂蜜饅頭〟も何個か、差し出された。
五百乃大角に次いで大食らいであるこの童からしたら、取って置きの中の取って置き。
大事な大事な〝おやつ〟であろうことは「ぐきゅりゅりゅぅ♪」という、腹の虫を聞くまでもなく分かる。
赤く染まった地図、ひいては領地が傾くほどの、とんでもない金額を目の辺りにすりゃ――気が動転するのも道理だ。
「泣かないで、ビステッカさん!」
レトラが巻き毛の背中を、やさしくさすってやっている。
「みゃぎゃにゃやぁー♪」
レトラの背を何故かさする、おにぎり(大)。
「魔導学院には、まだあと一年近く在籍することになるんだから、卒業する頃にはきっと全てが上手くいくわよっ――ねっ、レーニアおばさん!?」
「みゃぎゃにゃやぁー♪」
今度は何故かビビビーの背をさする、おにぎり(大)。
「えっ!? え、ええ、そう! その通りですよ、何も心配することはありません!」
「みゃぎゃにゃやぁー♪」
今度は何故かレーニアおばさんの背をさする、おにぎり(大)。
「そぅだぜっ! いつまでも、そんな面をしてるんじゃぁねぇやぃ!」
おれは背後に忍び寄る黄緑色の、でかい頭を片手で押さえた。
「だぁってぇぇぇぇ――ジガビーぢゃーん!」
最早「ぐぐぐぐぐきゅるるるるゅぅ♪」という、腹の虫を隠す余裕もないようだぜ。
「だぁれがぁ、ジガビーぢゃーんかっ!」
ええい、こんな時の生意気な子供だろぉがぁ――何処行った!?




