739:大女神像の間にて、雑然の極み
全く以て、いつものことだがぁ――
休む間もなく、厄介ごとの方から寄ってきやがる!
おれが開けた刀の柄頭――ガッチィン♪
おにぎりが振りかぶる、芋が詰まった木箱――ボッゴォン♪
ぼとぼとぼとりっ、ごんごろろろっ!
日本刀は抜けず、箱から芋がこぼれ落ちた。
「っふう――――双方武器を収められよ、フムン!」
おれと黄緑色の間に、割り込んだのは――
角が付いた厳つい甲冑を着た、大男だった。
「(シガミー、気をつけて下さい。強化服自律型一号〝おにぎり〟と、シガミーの挟撃を受けて傷一つ付かない武器防具は――高レア度の物に限られます)」
ああ、わかってる。もちろんそんな武具を身に纏う奴ぁ、相当な手練れだ。
声からすると若くはなさそうだが――ぅぬ?
いやまて……この角ぉ、どっかで――
「シガミー、居たニャー!」
大女神像の間に大きく丸く、引かれた白線。
その内側、光を放つ転移陣から――
「あれって、ガムランの猫の魔物!?」
「本当だっ! ね、猫の魔物だっ!」
「私はカブキーフェスタの時に、見たことありますよ♪」
――どやどやと人が湧いて出た。
ガッチャガッチャガチャガチャッ――ドタドタドタタタッ!
それは、厳つい得物を引っさげた、集団。
『▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼――』
恐らくは冒険者――うるせぇ切っとけ!
ふぉん♪
『>敵意は感じませんが、武装した者の数は総勢26名』
それと武装してない連中――動体検知されてないのが、ひのふの…5人。
「ニゲルたちト入レ替わりニ、ガムラン町かラ転移してきたヨうです」
おう、どうやらぁそぅらしいぜ。
猫耳族の五月蠅いのも居るしな。
ふぉん♪
『ヒント>ブックマーク済みの装備を、2個検出しました』
耳栓から灯る赤光。目の前に広がる、画面表示の最下部。
そんな一行表示に、目を止めた。
ふぉふぉん――チカチカチカ♪
『天角シリーズ一式【漆黒・義】
防御力1988(+970)。最強防具と謳われる甲冑一式。
条件効果/【義】エリアボスとの戦闘時において、
パーティーメンバー全員のHPが緑ゲージの時に、
攻撃力と自然回復力が最大で300%UP』
ヴュパッと現れたのは、光の板。
こいつぁ――あの時の奴か。
ふぉふぉん――チカチカチカ♪
『風のロッド【風属性】
芯で当てると風魔法|(小)が発生。
攻撃力130/追加攻撃力10。
装備条件/なし』
もう一枚の方にも、見覚えがある。
と言うことは、此奴らは――
ガムラン町の隣町、城塞都市オルァグラムの冒険者たちだ。
〝シガミー〟の仮の姿である〝烏天狗〟が、世話になったというか……世話をしてやったというか。
山と積まれた壊れかけの装備を、〝伝説の職人〟スキルで直してやったことがある。
「ギルド長! いきなり走り出さないで下さい!」
ギルド受付嬢の制服に身を包む、背の高い方が――
おれたちを止めた、〝厳つい角付き〟に駆け寄る。
「ぎゃっ、リオレイニアさん!?」
同じくギルド受付嬢の制服に身を包む、背の低い方が――
猪蟹屋番頭を見るなり、飛び上がった。
「なんだってっ!? 絶世の美女と噂名高い!?」
「どこだどこだっ!? 俺にも見せろ!」
わいわいわいわい、がやがやがやがや!!
「ヴヴヴッ!」
ふぉん♪
『ルガレイニア>杖よ!』
また声と心の中が、逆だ。
元から大女神像の間に居た、おれたち。
その輪から一瞬で、進み出たメイド。
その顔には辺りの景色を映し込む、ルガ蜂のような眼鏡が張り付いている。
「ぎゃっ!? 蜂よ!」
「でかっ!? 蜂の魔物かっ!?」
「どこから現れた!?」
「総員――! 戦闘態勢――!」
角付きが号令を掛け、凄まじい速さで駆け戻った!
ありゃぁ、なんかのスキルを使ってるな。
ウチの蜂女程じゃないが相当、速ぇぞ。
ジャキジャキ、ガシャガシャガシャガシャッ!
「あら? ヴヴッ――ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ?」
ふぉん♪
『ルガレイニア>あら? お相手、いたしましょうか?』
まてまて、何その口元。
なんで狐耳の姫さんと、やり合った時みたいに――楽しそうなの?
あーもー、だから。
どうしてこう、厄介ごとの方から寄って行きやがるのか!
ふぉん♪
『>>ルガレイニアが好戦的なのは意図的に作り出された臨戦態勢、マインドセットによるものと思われ』
臨戦態勢? 戦装束いや、鉢巻きや襷って感じか。
「――坊主、驚異ノ理解力――」
この迅雷の声は、念話でも地声でもなく。耳栓からの音声通話だった。
近くに狐耳の、お貴族さまでも居るのか?
アーティファクトである迅雷が、念話を使うと――
暗殺の道具に間違えられて、返り討ちにされる。
だから画面越しの一行表示や、こうした耳栓越しの声で話をしなきゃならねぇときがあるんだがぁ――
「――やぁかぁまぁしぃ!――」
此方も小声で、怒鳴りかえした。
今ココには、リカルルやルリーロを始めとした、狐耳族は見当たらねぇ。
それに生身のおれが念話を使っても、暗殺の道具と思われることはない。
ないのだが、つい反射的に怒鳴っちまったのだ。
小声でも耳栓から突き出た小さな機械腕が、ちゃんと声を伝えてくれる。
おれは「やれやれ、全く」と一歩、踏み出す。
あの蜂のお化けを止められるのは、ココには――
おれか、猫の魔物風くらいしか居らんからな。
「みゃぎゃぎゃやー!?」
黄緑色は必死に、こぼれた芋を拾い集めている。
ならおれが、蜂女を止めるしかねぇ。
ルガレイニアとは、まだ手合わせしたこたぁねぇがぁ――
奥方さまや女将さん並みの強敵なのは、間違いない。
さて、日本刀じゃ荷が重いか――すぽん、ヴッ♪
おれが日本刀を仕舞って、仕込み錫杖を取り出したとき。
うぉぉおぉぉぉぉおおぉぉおぉおおぉおぉおぉおおぉおぉぉぉおぉぉおおおぉっ!!!!
ドカドカドカドカッ、ガッシャガシャガシャガシャン!
大女神像の正面入り口から、大勢の足音が迫ってきた!
「そこまで! 公の御前である!」
モサスササササァァ――――モサスササササァァ――――!!
見物客ごと波のように、モサモサ神官が分かれていく。
「全員武器を収めよっ――!」
現れ出でた人物が、精悍な声を張り上げた!
結構な数の兵を従えた、その人は――
「ラ、ラウラルさまっ――!?」
前掛けの物入れから魔法杖を、喜々として取り出そうとしていた――
蜂女の眼鏡から――ヴュゥン♪
毒気が抜けた。
今まさに大立ち回りを繰りひろげようとしていた、一切合切も――ガチャ、ガシャン!
武器を収め――ズザムッ!
一斉に片膝を突いた。
ソレは真逆の、コントゥル辺境伯爵さまだった。
ふぉん♪
『人物DB>ラウラル・ジーン・コントゥル辺境伯爵
コントゥル家現当主』
詰まる所、辺境伯名代の旦那であり――
魔物境界線代表リカルルの父上である。
「へへぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~!」
おれも勿論、錫杖を放り出して平伏した。
§
「こちらを参照してください」
ちゃぶ台の上を漂う青板。
その上に立つのは、小さな青光。
ヒュパッ♪
『大森林バウト投票金額一位/アリゲッタ辺境伯領当主:ポテリュチカ・アリゲッタ』
またもや大写しにされる、件の項目。
お館さまに耳栓は渡してあるが、今は付けていないようだ。
それでも見ることが出来る、この〝空間表示〟とやらを見た――
参謀殿が「ひっ――――!?」
つい先のリオレイニアのように、息をのんだ。
「なるほどのぉ。そういうことになっておったのじゃな?」
顎をさすり、唸る辺境伯さま。
まさか地べたに座らせる訳にはいかんので、フカフカの座布団を出してやった。
胡座をかいた、その膝が忙しなく動いている。
「こちら、女神像カスタマーサービスアシスタントです。お手伝い出来ることはありませんか?」
青く光る小さな、おにぎりみたいな奴が――
ピタリと止り、辺境伯を見上げ、そう宣った。
その凹凸のない顔には、また目と口が現れていて――
『(I_I)』『(>_<)』
時々、ぱちくりと目を閉じたりしている。
「では、大陸全土を賄うほどの一大穀倉地帯であるアリゲッタ領の危機に際し――即座に出陣可能なアナタ方、オルァグラムの冒険者たちが派遣されたと、言うことなのですね?」
蜂女を止めた絶世の美女が、ギルド職員たちへ確認している。
ふぉふぉん♪
『龍脈通信プロトコル>【レディ・トゥ・デプロイメント】
<ガムラン町冒険者ギルド支部職員>
<城塞都市オルァグラム冒険者ギルド支部職員>
<城塞都市オルァグラム冒険者有志/グループ一班>
<ジウェッソン村冒険者ギルド出張所職員>
<ジウェッソン村冒険者有志/グループ全班>
<ティツラ街道中央陸橋冒険者ギルド支』
大女神像横の〝猫の置き物〟から、何かの一覧が飛び出した。
大方、五百乃大角の指示なんだろうがぁ……あの野郎め。
此方には連絡ひとつ寄越しやがらねぇで、何をしてやがるんだぜ。
「はいっ! そうですっ、リオレイニアさん!」
背の小さい方の受付嬢が、背筋を伸ばした。
「右に同じく!」「前に同じく!」「左に同じく!」
それに倣うのは、男性職員たち。
「にゃっふっふっふっふぅー♪ ニャミカ推参ニャ!」
猫耳族が寄ってきた。
「ふぅーぃ。ルコルわぁ、どーした?」
いつも一緒に居るはずの、ルコル少年の姿が無い。
リカルルの縁者であるルコル少年が経営する〝喫茶店ノーナノルン〟は、城塞都市に有る。
今はガムラン町の猪蟹屋二号店を手伝ってくれていて、喫茶店は休業中だ。
ソコの店員である猫耳族の娘ニャミカ。
「役立たずは、置いてきたニャァ♪」
何故か指先から爪をニョキリと伸ばし、自分の首を掻っ切る仕草をする。
「――ルコルさまはガムラン町代表と、二号店店長に取り押さえられたようですよ」
リオレイニアが、そう告げてきた。
ガムラン代表はリカルル。二号店店長はニゲル青年。
給仕服姿の猪蟹屋番頭の背後に付き従う、冒険者ギルドオルァグラム支部職員たち。
なるほど。大方、転移陣の順番を待っていたら――
「出会い頭に、取っ捕まっちまったって訳か」
ルコル少年は大森林へ連れて行ってやれなかったし、ちぃとかわいそうな気もする。
「大丈夫ニャン。軍資金と、お買い物リストは預かってきたニャン♪」
なるほど。首から提げた大きな革袋から、何かの紙ぺらがはみ出してる。
『――ル・カーニバ――』
何だか分からんがぁ、十中八九。
ルコルとニャミカが興味を持ちそうな、魔法具に関する祭りでも有るのだろう。
「んぁ?」
なんだぜ、背中を引っ張られた。
振り返ればレイダたちに支えられた、巻き毛の大食らい娘が――
「シ、シガミーちゃぁん!」
青い顔をして、今にも倒れそうだった。
誰が、シガミーちゃんか!
レディ・トゥ・デプロイメント/出動準備態勢。装備が万全で出撃可能な状態のこと。




