737:女神像ネットワークちゃん、報告する
「うぬぅ? 手伝いと言われてもなぁ。それなら――〝女神像が如何して壊れたのか〟を、教えて欲しいもんだがぁ?」
腕を組み首を捻る、おれに――
「そうデすね。現在、イオノファラーハ超女神像へ、茅野姫は神域ノ御神体像へ出向いてオりますが――」
浮かぶ棒が一回転して、同意する。
ちなみに、お猫さまの〝猫扉〟は女神像が壊れる直前に使っていた、最寄りの通り道しか使えなくなった。
つまり、大森林中央のロットリンデ型ギルド支部屋舎内の女神像に取り付けられた猫扉から――
ここ王都にある、魔導騎士団宿泊施設内の大講堂にしか繋がらない。
女神と星神である、あいつらは自分たちだけなら猫扉に細工すりゃぁ、超女神像や御神体像に出入り出来る――と言って、すっ飛んで行っちまった。
そしておれたちはこうして王都に残され、大女神像の番をするために残されているわけだ。
「まだ何も連絡が来ませんので、状況はまるでわかりません……ふぅー」
有能なメイドも、溜息を吐くばかりで――
猪蟹屋一味の視線は、自然とニゲルの青板へと向く。
『(I_I)』『(>_<)』『(I_I)』『(>_<)』
注目の的が目を2回、瞬かせ――『( ̄ㅅ ̄)』
ちゃぶ台を囲む、おれたちを見上げた。
「了解いたしました。それでは、ご説明させて頂きます――よいしょ!」
空中を漂う羽虫か何かをペチリとつかまえる、青い映像?
その小さな手を、よく見たが何もない。
おれたちが身を屈め、青板の上を凝視する中。
つかまえた見えない何かを、口元に持って行く――
小さな猫の魔物風で、強化服自律型風の其奴。
「むにゃわ――ごくん♪」
女神像の中から出てきた、言わば〝御使いさま(小)〟が――
何かを丸呑みにした。
ヴォヴォヴォヴゥゥウンッ――――『(☆_☆)』
両の目を瞬かせ、唸りを上げる小さき御使い。
「ぐわぁっ!?」「まぶしっ!?」
ヴォヴォンッ――!?
強力な光に慄く、猪蟹屋一味(神たちとレイダ除く)。
ゴワッ――――キュゥウゥウゥゥウゥウウゥゥォッ!!
ちゃぶ台の上に光る丸い玉が、ぼっごぉんと現れた。
その直径は、女神像の中身二匹分くらい。
漬物石ほどの光る玉は、花の蕾みのように開き――ポポポポポォォン♪
薄く剥がれた花びらは、轟雷の積層モニタ同様、奥行きのある画面と化した。
ヴォヴォキュルルッ――ササササッ、パタンパタタン!
画面は目にも留まらぬ速さで、重なって消えたり、二枚に分かれたりしている。
うむ、超忙しねぇぜっ!
迅雷、こいつぁ何だ?
ふぉん♪
『>>まだわかりません。詳細に解析しますか?』
やめろ。いま迅雷にまで、居なくなられたら――
全てが、立ち行かなくなるぞ。
ブワワワワァァァァッ――やがて花弁の全てが開かれた。
晒された玉の最奥には……何もなくて。
奇っ怪極まりない画面の束は、まるで〝鬼怨〟という――
剥けば無くなっちまう、野菜のようだった。
ふぉん♪
『ヒント>玉葱/語源は〝玉のように大きくなる葱〟。刺激のある臭気を持つ、葉菜類。火を通すと甘みが生じ、生食では辛みがあるため、薬味にも使える万能食材。オニオン。』
そういや大食らいの童が、「食いたい」と言っていたな。
ブー、ブー、ブブブー!
「うわっ!?」「きゃっ!?」
ヴォヴォンッ――!?
急な物音に驚き、腰を浮かす猪蟹屋一味(神たちとレイダ除く)。
ゥワ゜ッ、キャチャキャチャッ――ブブブブブブウブブッ!!!
芯のない葉菜が、激しく暴れ――血色に染まっていく!
小さな御使いさまが、真っ赤な鬼怨に照らされる。
蘇生薬色に揺蕩う、その様は――
この惑星ヒースの夜に、二つの月光が満ちたようで、不吉極まりねぇ。
満月の夜には――おれが死んだり、変異種が出たりと――
碌なことが起こりゃしねぇ……訳で。
日の本でだって、月が満ちる夜にわぁ――
出かけるのを控えたもんだ。
何が起きているのかは、まだわからんが――ブブブブブブブブブブブブブウブブッ♪
厄介ごとが起きていることだけは、よーくわかった。
§
「ひょっとしたらコレは女神像、ひいては全ギルド支部の……収支を図案化した物では?」
「はイ。概略ではありまスが、コこ一週間ほドの合算ノ推移ト、合致しマす」
血に染まった葉野菜のような積層表示を、一枚一枚剥がしていく――
美の女神の眷属と、事実上の美の化身。
「ふむ?」
どうやらこの血ぬれの玉は、女神像の仕事――
ひいてはギルドの金勘定を、表しているようだ……ょな?
「こちらを参照してください」
おれを見上げ、小さな手を突き出す、小さい奴。
ふぉん♪
『女神像カスタマーサービスアシスタント>[こちら]』
女神像の中身である、この青くて小さいのは――
詰まる所、作りとしちゃぁ――御神体や迅雷と同じ物で出来ている。
一行表示も個別の画面表示も、お手の物だ。
押せというなら押してやる――ポコォーン♪
おれは一行表示の『[こちら]』を、人差し指で突いてやった。
すると、折り重なった画面の一枚から、ブブブブウ-と騒々しい音を立てて――
赤い棒が伸びてきた。
「きゃっ!? シガミー、何をしましたか!?」
「シガミー、まダ検分中デす。表示項目ヲ切り替えルのは、控えテ下サい」
葉野菜に頭を突っ込んでた連中が――グルリと振り返った!
「知らんぞっ!? おれじゃねぇ、此奴さまが、押せと言うから押しただけだぜっ!?!?」
何処までも伸びていく赤い棒。
その高さは、膝を抱えた大女神像の頭を軽く超え――
ググウググワ゜ッ、グググゥゥゥゥウ-ン♪
大女神像の間の、かなり高い天井まで届きそうな勢いだ。
「こちらを参照してください」
おれたちを見上げ、もう一度、小さな手を突き出す、小さい奴。
赤い棒の出所である項目に、目を凝らす猪蟹屋一味(神たちとレイダ除く)。
ヒュパッ♪
『大森林バウト投票金額一位/50737412パケタ』
飛び出してきた、一枚の画面。
其処に書かれていたのは、とんでもなく大きな金額だった。
「大森林大一番ォだぁとぉぅ? 又、賭けてやがったのか!?」
もう見慣れた、女神像を胴元とする賭け事の画面。
この賭け事は、猪蟹屋が始めたことだが――
いま猪蟹屋はこの賭け事に、基本的には関わっていない。
おれたちは、女神像を色々便利に使いはするが、この世の人の在り方――
殊更、人一人の幸不幸には立ち入らぬよう、設定されている筈だ……たぶん。
人の縁は不思議なもので、横から手を加えたりしたら――
必ず後々、面倒なことになるに決まってるからな。
そいつぁ、日の本も惑星ヒースも変わらん。
そういうわけで、女神像を使った如何様は誰にも出来ない。
「何だか知らんがぁ、女神像が壊れちまったのわぁ――こんな大博打を打った奴のせいってことかぁ――――!?」
賭けた奴ってぇのわぁ――「十中八九、王子殿下だろおがぁ!」
いつものことだ。賭け事に関する揉め事は、大抵は若殿が悪ぃ。
だからといって、なんで女神像が壊れるのかの説明にはなってねぇが――
ヒュパッ♪
『大森林バウト投票金額一位/アリゲッタ辺境伯領当主:ポテリュチカ・アリゲッタ』
もう一度しつこく大写しになる、件の項目。
そこに書き足されたのは――「違った!?」
博打好きの、中央都市ラスクトール自治領第一王子の名ではなかった。
「ひっ――――!?」
その名を見るなり息をのむ、美の化身。
「どうしたぁ?」
返事は無ぇ。
ぽっきゅぽっきゅらぽきゅららっ――――「ひっひひひぃぃぃんっ?」
何でか寄ってくる、おにぎり騎馬。
「どぅしたぁ?」
その後ろには、ニゲルが引いてたのと似たような荷車が取り付けられていて――
何でか、芋が詰まった木箱が積まれてた。
「みゃにゃやーにゃぎゃぁー♪」
天ぷら号から飛び降り、駆け寄ってきた猫の魔物風が――ぽぎゅ♪
「うるせぇー、耳元で鳴くんじゃねぇやぃ……その芋ぉ、どっから持ってきやがった?」
ふぉん♪
『おにぎり>お芋さんの町の、お芋姫さまだもの♪』
〝お芋さんの町〟っていう、旨そうな町の名わぁ、前にも聞いたが――
この立て込んでるときに、お前は何を言っとるんだぁ?
黄緑色の猫手が――ぽきゅり♪
今回の大一番で、とんでもない大損をしたらしい奴の名を、指さした。




