736:女神像ネットワークちゃん、デプロイメントする
「木や草の香りがしねぇのは、久しぶりだぜ」
此処は王都ラスクトール自治領、大女神像の間。
大森林から引き上げて、漸く戻ってきたのだ。
名残惜しい気もしたが、どうせこれからは商いで、月に何度も足を運ぶことになる。
大量に置いてきた猪蟹屋の饅頭と、高級菓子店の菓子が無くなるまでは――
森の主母娘どもも、大人しくしててくれ……ると良いなぁ。
「一部ノ女神像の全機能ト、全てノ女神像ノ一部ノ機能ガ停止していルのを確認しマした」
ヴュパパパパッ♪
王都が誇る巨大な女神像。
その表面に何かの画面表示が出ては、ブブブブーッと消えていく。
その何処かしらが、赤文字で塗りつぶされていた。
「うむ。女神像の調子がぁ悪ぃってぇのわぁ、わかったぜ」
女神像の機能を利用している、ロォグの〝猫扉〟が使えてくれて助かった。
もし使えないという、憂き目にあっていたら――
おれたちは未だ、大森林から出られていなかっただろうからな。
「それで? 何をどうすりゃ、こいつぁ――女神像に戻るんだぁ?」
磨き上げられた台座に座り込んだ〝大女神像〟の、すぐ横。
ちゃぶ台の上で――くるくるくるるるるっ♪
軽やかに、回転するのは――
「こちら、女神像カスタマーサービスアシスタントです。お手伝い出来ることはありませんか?」
青く光る小さな、おにぎりが――
ピタリと止り、こちらを見上げ、又そう宣った。
その凹凸のない顔には、いつの間にか目と口が現れていて――
『(I_I)』『(>_<)』
時々、ぱちくりと目を閉じたりしている。
〝ファローモのお宿本館〟に設置した女神像から、逃げ出して――
ニゲルの青板から、生えたらしい――小さな強化服みたいな奴。
空中に浮かぶ映像を映しだす、浮かぶ球や――
女神像が〝手にした箱〟から〝飛び出す板〟なんかと――
同じような仕組みなんだろうが……得体が知れねぇ。
「ソレについては、イオノファラーさまたちの調査結果を待たないと、何とも言えませんね――?」
頬を押さえ息を吐く、メイドの中のメイド。
「「へへっ、お前さんにわからんことを、おれたちがわかるはずがねぇやな♪」」
おれと工房長の声が、一言一句違わずに重なる。
ならば考えても仕方がねぇやな、おれたちは膝を打った。
女神像は五百乃大角たち、神々の叡知を司り体現する――発掘魔法具だ。
元からこの世に有った物だから、その使い方や取り回しの全ては――
町の政にかり出される連中や、ギルド関係者なら――
おれよか余程、詳しい。
当然、ガムラン町に居た頃は、町の予算会議に呼ばれては――
主君でもある狐耳の姫さん相手に、大立ち回りをしていたという彼女も――
女神像の大まかな仕組みや基本的な機能についてなら、とても詳しいのだ。
「しかし、五百乃大角から〝死ぬ気で守れ〟と厳命されたがぁ……〝手で、つかめもせん物〟を、どう守れというのか」
おれは青板の上に浮かぶ奴に、手刀を突き刺した。
当然、手はすり抜け――『(✖╭╮✖)』
凹凸のない顔が、困った様子を見せただけだ。
「あのーぅ、そろそろ僕のスマホぉー、返してくれなぁーい?」
ちゃぶ台の上に、そっと手を伸ばすのは――
覇気の無いことにかけては、右に出る者が居ないニゲル青年。
その手から離れるべく青板が、ちゃぶ台の上を――
シャギャヴォヴォヴォと――浮かび、逃げていく。
うぬぅ!? 五百乃大角でさえ、浮かぶ機能が付いてなけりゃ――
薄板を浮かすことなど、出来ぬというのに。
シャギャヴォヴォヴォ――ぷすん♪
だがちゃぶ台から降りることは出来ないようで、直ぐに青年の手に追い詰められてしまう。
ガシリ――今まさに青板をつかんだ、そのとき。
ピシャリと、青年の手が叩かれた!
「痛てっ、なんてことするんだい!?」
シャギャヴォヴォヴォ――ヒュゥーン♪
追手を逃れ、ちゃぶ台の隅へ逃げ果せた〝小さいおにぎり〟が――
『(  ̄^ ̄)=3』
生意気にも、怒ってやがるぜ。
「ふーんだっ! この小さな子は、この便利な板を、ニゲルよりも上手に扱えているのではなくて?」
懐から自分の真っ赤な薄板を取り出す、狐耳の姫さま。
「そうですね、迅雷。この薄い通信魔法具にはアナタや魔法杖、そしてイオノファラーさまが操る球のように、〝宙に浮く機能〟が備わっているのですか?」
続いてメイドも前掛けの物入れから、真っ白い薄板を取り出した。
「いいエ、スマートフォンにホバリング機能ハ搭載されてイません」
ヴォヴォヴォヴォゥゥゥンッ♪
棒が唸りを上げて、軽く旋回してみせる。
迅雷には備わっているんだし、神々の叡知の範疇なんだろうが――
やはり、この小せぇおにぎりは……得体が知れねぇ。
「薄板の表面に描かれた魔方陣は、軽くする魔法の行使時に現れるものに似ていますが――よいしょっと」
メイドが自分の薄板を仕舞い、ちゃぶ台へ屈み込み――
薄板と、女神像の中身らしき奴を、ジッと見つめている。
「類推になりマすが、ジャイロセンサート高精細表示によル古代魔法ノ融合であルと思わレ♪」
わからんが、古代魔法なら女将さんやフカフ村村長たち、大森林の連中が詳しい。
もちろん此処、王都には大勢居る学者方や、ラプトル王女殿下も詳しいが――
今は大森林から持ち帰った、彼是を仕分けるのに駆り出されて、忙しい筈だ。
「ほら、見なさいっ♪ 美の女神さまの眷属である迅雷が、こう言ってるのだから――生まれたばかりの小さな〝女神像の精霊さま〟に、貸しておあげなさいな」
どう言っているのかわぁ、轟雷を着ていないおれにわぁ、今一わからんがぁ。
破落戸紛いの傍若無人、荒くれどもを束ねる辺境伯令嬢は――
根が乱暴なだけで、気は優しく子供にも優しい。
「それなら、リカルルさまのを、貸してあげたら良いじゃんか!」
身分不相応の恋に身を窶す、ガムランの狼|(悪口)は――
覇気もなく、うだつがあがらないだけで――
決して気が弱い訳ではない。思い人である狐耳の姫さんにも、言うときは言うのだ。
「何という心の狭い男なのかしら。良くってよ、女神像の精霊さま。どうぞ、私の薄板を、お使い下さいな♪」
ちゃぶ台にペタリと置かれる、赤い薄板。
「赤い乗り物? スポーツカーみたい♪」
大喜びで寄ってきた、女神像の中身が――
薄板を乗り換えようとして――シャギャギャガャヴォ、ゴロロロロロッ!
盛大に素っ転んだ。
「スマホニ発生しテいた〝マナマイスナー効果〟トでも呼ぶべキ、力場ノ消失ヲ確認しまシた」
『(つД`)』
べそをかき、うなだれる、小さなおにぎり。
「あら? 上手く扱えないようですね? では私のを、お使い下さい」
再び取り出される、真っ白い薄板。
「白いお家? 素敵♪」
再び大喜びで寄ってきた、女神像の中身が――
薄板を乗り換えようとして――シャギャギャガャヴォ、ゴロロロロロッ!
盛大に素っ転んだ。
「〝マナマイスナー効果(仮)〟ノ消失ヲ、ふたたび確認しまシた」
『(つД`)』
べそをかき、うなだれる、小さなおにぎり。
「ニゲルの薄板しか、使えないみたいねぇー?」
「そのようですね?」
赤白の薄板を回収する、その持ち主たち。
トタタタッ――青板に駆け戻る、小さなおにぎり。
シャギャヴォヴォヴォ――ヒュゥーン♪
まるで水を得た魚のように、ちゃぶ台の上を飛び回る青板。
『(⌒▽⌒)』
そして、この顔だ。
「わ、わかったよ。貸すだけだからね?」
万年ルーキー(悪口)である彼、ニゲル青年は――
その隠された実力に反し、押しには、とても弱かった。
「もう、最初からそうなさいな――仮にも女神像の中から出てきた、小さな子に敬意を払――――――――ぁ?」
同僚の受付嬢に引きずられ、転移陣の真ん中へ連れて行かれる狐耳の受付嬢。
「じゃぁ、シガミー。僕も行くね」
荷車を引いた青年が、受付嬢たちの後を付いていく。
猪蟹屋で働く皆への土産と、これから売り物になる〝ソッ草〟を先に持って行ってもらうためだ。
収納魔法具に入れてしまえば、荷車を引く必要はない。
ないのだが、「見た目のわかりやすさというのも、説明が省けて便利ですよ」というリオレイニアの策略……提案に乗った形だ。
「おう、二号店は任せた。それと本店の連中にも、よろしく言っといてくれ」
ニゲルには引き続きガムラン町の猪蟹屋二号店を、任せることになってる。
もはや頭が上がらん。
本店を切盛りしてくれてる猫頭の、ネコアタマ青年にも任せっぱなしで、やはり頭が上がらん。
「ちょいと、待っとくれ!」
鬼の娘に次いで駆け込んできたのは、ボバボーンとした体格。
鬼の娘とは又違った感じの、やや大柄で恰幅の良い女性が――「ぅおらぁっ!」
荷車の荷台に〝棒〟を、ガゴーンと突き刺した。
荷台に立てられたのは、『高級茶葉〝ソッ草〟入荷しました!』と書かれた〝旗〟だ。
「女将さん、何ですかこの旗――えぇー、高級茶葉って言っても、いつも食堂で出してるヤツでしょぉー?」
そういやぁ確かに、木さじ食堂で見た茶葉の感じわぁ、村長が持ってきたのに似てたかもなぁ。
「馬鹿をお言いでないよ。今回仕入れたのは――正真正銘、フカフ村村長が厳選した最高級品さね♪」
ギュギギギギッ――荷車を後ろから押す、女将さん。
「えぇー!? そんなこと言って、どうせ薄ーく淹れるんでしょぉ――!?」
ずどどどどどっ――――押し込まれた荷車ごと、青年が白線の内側に入る。
「じゃぁ、おれも行くとするかな! またなシガミー、うまい酒が出来たら呼んでくれ♪」
ガシャリッ――ズドドドドッ!
おれは駆けていく、小柄な男へ向かって、手を振った。
キラキラキラキラキラキラ――――!
「白線の内側まで――」
光の奔流に包まれる、ガムラン町行きの一行。
シュゴォォォォォォォ――――――――ン♪
目映い光に消える、姫さんたち。
おれたちの大森林遠征クエストは、大成功に終わった。
下手したら人類総崩れ、未曾有の危機になりかねなかった――
でかい蟹と猪の討伐の、おまけ付きだ。
文句の付けようがねぇ、その筈なんだがぁなぁ。
おれはガリガリと頭を掻き――
「こらっ、頭を掻いてはいけません」と、メイドに窘められる。
「こちら、女神像カスタマーサービスアシスタントです。お手伝い出来ることはありませんか?」
『(I_I)』『(>_<)』
青く光る小さなおにぎりが、又こちらを見上げて――そう宣った。




