735:大森林バウトのゆくえ、女神像端末の不調について
「顧問、衝撃で埋まった、この遠浅の海でしたら――」
「そうだにゃーぁ♪ 魔法杖で〝塩辛い水上を飛ぶことは困難〟なため、これまで手つかずだった、海洋資源開発への足ががりになるにゃぁ♪」
普通の女性秘書と猫顔の顧問氏が、大画面の前に躍り出た。
ヴュパパパッ♪
彼らの意見を要約し更新される、壁画面と無数の知らせ。
ふぉん♪
『人物DB/ミャニラステッド・グリゴリー
ラスクトール自治領王立魔導騎士団魔術研究所ギ術開発部顧問技師』
ふぉん♪
『人物DB>マルチヴィル・エリミネフ
ラスクトール自治領ギ術部顧問秘書官』
おれの目だけに映る画面の方に現れたのは、二人が持つ長ぇ肩書き。
二人とも暫く振りだから、人物DBが出てきちまったようだぜ。
この二人は猪蟹屋の内情を知るお偉方と、そのお付きだ。
中身は王都の姫さんや、学者方の連中と同じで――とても凝り性だ。
「食材や素材の狩り場としてだけでなく、レジャー施設としての運用と雇用が見込まれますね」
我が猪蟹屋番頭リオレイニアも、話に加わる。
ヴュパパパッ♪
更新される壁画面と、無数の知らせ。
「これまで断崖絶壁の下、不可侵だった海洋の――HDMIケーブル|(10センチ)――徳用塩辛|(200グラム)――にゃぁ♪」
やや胸の薄い番頭に優しく抱きかかえられ、ややご満悦な様子のお猫さま。
見た目は普通の猫にしか見えないが、服を着て二本足で歩く――
魔導工学の精霊にして、古代世相の生き字引――
ケットーシィという種類の、猫の魔物でもあるようだが――
本当のところは、良く知らん。
名は〝ロォグ〟。猫の中の猫と言う意味〟をもじって、おれが名付けた。
ちなみに今の世に無い言葉を発すると、こうして〝文字化け〟とやらを起こす。
ヴュパパパッ♪
更新される壁画面と、無数の知らせ。
「へぇー♪ トッカータ大陸に砂浜はないって聞いてたから、諦めてたけど――海水浴とか行けたら楽しそうだなぁ♪」
ガムランの狼(悪口)こと西計三十六青年が、ぼそりと呟いた。
2222年の現代日本から遡ること……詳しくは知らんが、百年以上は昔。
遺跡獣なる異形の、それこそ目玉の変異種みたいな奴に襲撃され――
瓦礫の下敷きになり、命を落とした後。
この惑星ヒースに、死んだときの姿で生まれ落ちたという経緯がある。
跳ねっ返り筆頭受付嬢である、あの戦闘狂に懸想するという命知らずだ。
実に見所のある奴だが、勇者として召喚されたときには――
既に魔王は打ち倒され、今は女将さんの所か猪蟹屋界隈で――
糊口を凌いでいる。
ヴュパパパッ♪
更新される壁画面と、無数の知らせ。
「王家として該当海域の開発への協力は、惜しみませんららっらぁん♪」
ニゲル青年の背後に鎮座するのは、央都ラスクトール自治領第一王女ラプトル・ラスクトール姫。
万能工具である杓子型魔法杖を、振り回している。
他ならぬ、勇者を召喚した術者にして、青年に恋慕する――
魔導人形開発の第一人者。
製作物に彼女が求めるのは、強さではなく――威圧感。
ヴュパパパッ♪
更新される壁画面と、無数の知らせ。
「おい、迅雷」
ヴュパパパッ♪
更新される壁画面と、無数の知らせ。
「何でしょうか、シガミー?」
ヴュパパパッ♪
更新される壁画面と、無数の知らせ。
ふぉん♪
『シガミー>この表示の山、捌ききれるのか?』
いくら同時に色々出来ると言っても、限度があるだろぉがぁ?
もう壁の表示は満杯で、何層もの厚さになってる。
轟雷を着たときの、積層表示の比じゃねぇぞ?
ヴュパパパッ♪
更新される壁画面と、無数の知らせ。
ふぉん♪
『>>そうですね。一部の演算を肩代わりしていた、茅野姫が席を外していますので』
ヴュパパパッ♪
更新される壁画面と、無数の知らせ。
ヴォゥン♪
『女神像ネットワーク使用率:90%
女神像稼働率:70,560%』
おれの画面に表示されたのは、〝仕事の忙しさの分量〟を示す弧線。
それが一瞬で輪になった。
「(やい、五百乃大角ぁ! こりゃ駄目だろぉがぁ――!?)」
などと言っていたら――ぼっふぅん♪
「ほら見ろ、やっぱりだぜ!」
天守閣備え付けの女神像端末が、口と鼻から白煙を吐いた。
「イ、イオノファラー、演算リソース――ノ一部ガ――解放サれました」
ゴチン――床に落ちる空飛ぶ棒。
ぽっこぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん――――――――♪
凄まじい遅延。
「は? どーいう――こ――」
漸くお出ましの女神御神体が、おれを見上げた所でピタリと止まった。
ゴンゴドン、ドドゴン♪
床に硬い物が落ちる、鈍い音。
「ぎゃっ――イオノファラーさま!?」
リオの慌てた声。
ヴォゥン♪
『女神像ネットワーク使用率:101%
女神像稼働率:79,184%』
〝仕事の忙しさの分量〟を示す弧線。
輪になったソレが、中の空いた部分にまで――
ゥニュリュリュと、蜷局を巻いた。
ぼっわぁぁぁぁぁぁぁぁっん――――!!
痛ぇ首を曲げて、〝口から火を吹く女神像〟を見た!
飛び退く顧問氏と秘書、猫を頭に乗せ臨戦態勢を取る蜂女!
阿鼻叫喚と化す、天守閣。
「ぎゃっ!? 女神像が燃えましたわっ、うあっちっ!?」
一房の尻尾の毛先が、プスプスと燻る。
尻尾を叩きながら、逃げていく狐耳。
「リカルルさま、下がって! 危ないから!」
そう言って果敢に、女神像に近寄る――レベル不祥事(悪口)。
そんな彼の執事服から、がしゃん!
「あっ、スマホが!」
五百乃大角の時代には廃れているらしい、便利な板ぺら。
それは、五百乃大角によって複製され――
五百乃大角やリカルルにも、色違いの奴が渡されている。
その青い板ぺらを、慌てて拾おうとした、青年の手。
ソレをペチリと、叩き落としたのは――
小さな手、丸い頭。
同じ程度の長さの体は、寸胴で――
その全長は精々が、10センチちょっと。
全体としては、根菜か丸茸にしか見えない体型。
青板の上に立つのは、まるで女神御神体が如き……いや、頭の上に獣の耳が生えてるし、尻尾もある。
目鼻口がないから、どちらかと言えば形は――
強化服自律型に似ていた。
「こちら、女神像カスタマーサービスアシスタントです。お手伝い出来ることはありませんか?」
青く光る小さな、おにぎりが――そう宣った。




