734:大森林バウトのゆくえ、事の顛末
「まさか人の子の身で……大森林を割るとは――」
大森林を――割るだとぉ?
何の話かはわからんがぁ、森の主さまが憂いてやがるぜ。
だれか饅頭でも、出してやってくれや。
「大森林のー西端がー壊滅してぇー、入り江がぁー出来るなんてぇ――旦那さまに知られたらぁー、怒られるっ!」
辺境伯名代さまの、今まで聞いたことがない――震えた声。
伯爵さまわぁ、出来た御仁だ。
少しくらいの不始末で、そう怒ることもあるまいて。
奥方さまにわぁ、澄み酒でも出してやるかぁ。
おれは目を開けた。当然、森の中じゃねぇ。
フッカフカの寝床に、おれは横たわっていた。
見た感じ……そこそこ豪奢な作りの、大きな部屋だ。
作りはおれが建てるのと似ているが、おれが建てた建物とは違うな。
横を向いていた首を、そのままに――
目だけ動かして、辺りの様子を覗う。
見える範囲には誰も居ねぇが、大勢が居る気配がする。
体を起こそうと思った、そのとき――
「私の目が行き届いていませんでした。面目次第もございません」
もはや聞き慣れた、楚々とした声。
おれは微かに体を反らし、其方を見た。
其処には、茶の用意を止め、奥方さまへ謝罪する大きな蜂……じゃなくて――
いつもの凜とした佇まいの、猪蟹屋番頭リオレイニアの姿があった。
隠れモテ女と名高い(?)彼女は、怒らせると怖ぇ。
跳ねっ返り筆頭の名物受付嬢にして、魔物境界線代表である――
狐耳の姫さんを相手にして、真っ向から打ち勝つほどの実力者だ。
「猪蟹屋の料理番のぉ、しでかしたことぉですのぉでぇ。女神の名において、大森林エリアに対する損失補填わぁ、誠心誠意させて頂くわよん♪」
珍しく殊勝な言葉には、まるで似つかわしくねぇ――満面の笑顔!
メイド姿の頭の上。鎮座する根菜か丸茸か、はたまた逆さ鏡餅か。
猪蟹屋御神体でもある、美の女神五百乃大角。
旨い飯のためなら何でもござれの、惡神すれすれ。
食い意地の権化である〝飯神さま〟が、見つめるのは――
自分の顔の前に映し出した、小さな表示だ。
あのやろうさまは、何を必死に見てやがるんだぁ?
梅干しか和菓子のような、物の目録が並んでるように見えるところを見ると――
ありゃぁ、収納魔法や収納魔法具箱を記録した画面の写しか?
じっと見てたら小さな画面が――ヴュパパッ♪
おれの画面表示の中にも現れた。
この画面てのは、ビードロ製の鉢金のようなもので。
神々が使う御業の全てに必要な、文字や紋様が空中に浮かび上がる。
こいつぁ、猪蟹屋関係者が持つ、〝とおくの声が聞こえる耳栓〟を付けると見られるようになる。
ふぉん♪
『>超特選マドゥラーキノコ【区域】 × 330E』
女神像御神体の収納魔法には――
多分だが、大量の斑茸。
くっ――ふぉん♪
『>超特選マドゥラーキノコ【区域】
330,030,216,479,442,005個』
案の定、とんでもねぇ数だぜ。
ふぉん♪
『>殲滅のビッグモクブート(変異種)【超硬質】 × 1・7E9』
迅雷や、強化服自律型おにぎり一号の方にも――
矢張り、恐らくわぁ、とんでもない数の猪肉。
くっ――ふぉん♪
『>殲滅のビッグモクブート(変異種)【超硬質】
1,684,080,943個』
あぁ、一個でも数人前には、なるってぇのに。
まったくよぉ――あの笑顔の訳は、わかったが――
「(ぅぬぬぅ――!?)」
リオレイニアの向こうの大きな壁一面に、映像が映し出されている。
どうやら空撮映像らしい、その画面に――目を奪われた!
壁一面に映し出されているのは――えらく広い浅瀬か?
さっき海がどうのと言ってたがぁ……まさか、おい迅雷ぃ?
ふぉん♪
『>>気がつきましたか、シガミー?』
ああ、状況は?
あの後、どうなった?
ふぉん♪
『>>無事、大森林エリアボス〝殲滅のビッグモクブート〟を討伐しました』
まるで無事じゃぁ、ねぇーだろぉがぁぁっ!
がやがやがやがや、わいわいわいわい♪
どうやらこの部屋には、東西の変異種討伐隊の皆が、揃ってるらしく――
おれは再び、目を閉じた。
今目を覚ましたら、絶対に怒られる。
もう少し、たぬ……じゃなかった、空寝を決め込――
「あっ、今、シガミーが起きたよ!?」
本当に余計なことを余計なときに――
むしろ的確に、言葉にしやがってっ!
いつの間にやら目の前に陣取っていたのは、生意気そうな子供――
「(レイダめっ、やめんかぁ! 頬をペチペチ叩くんじゃねぇやぃ!)」
くそぅ! 薄目を開けてたのを、見られてたようだぜ。
§
『私が割りました』
などと書かれた、皿を割ったときに掛けられる襷。
其奴を掛けられ――「ヴヴヴヴッヴヴヴッ?」
再び蜂女と化した猪蟹屋番頭から、こっぴどい説教を喰らう中。
チチチィー♪
閉じた瞼の裏と、薄目を開けた目の端から――ヴュパパパパパッ♪
大森林西端の……被害状況らしきものが、引っ切りなしに送られてきやがる。
大森林の西端に大穴を空け、海にしちまったのは……どうやらおれらしい。
渾身の「滅せよ」を、ありったけの目力で以て、放ちわぁしたがぁ?
がぁんがぁん、ごごごぉん――――!
なんだぁ、とおくで誰かが何かを叩いてやがるぜ?
ヴュゥゥン♪
空撮映像が、映し出される。
一本角が生えてるから、鬼族の娘だな。
ガムラン町名物受付嬢の、リボンとか全体の色味が青い方が――
看板らしきものを、拳で地面に打ちつけていた。
直ぐそばに風神の東屋が、見切れて映ってる。
此処は間違いなく、〝ファローモのお宿|(仮)〟だ。
各種の連絡表示に埋もれていた、小地図を取り出すと――
ファローモのお宿|(仮)は、その大きさを増していて――
建屋の数も、3棟ほどに増えていた。
ふぉん♪
『ヒーノモトー国からの来訪者は大森林エリア内において、
戦闘特化型呪文の使用を全面的に禁止する。
森の主成体 ファローモ・ファローモ●
大森林観測村村長代表 ジューク・ジオサイト■』
斜め上から見下ろした看板が、正面から見たような映像に切り替わった。
「(なんだとぉっ――ガムラン町と王都市街に引き続き、大森林でまで禁じられちまったぞ!?)」
ふぉん♪
『>>損害状況を考えれば、むしろ穏当な裁定と思われ』
うるせぇやぃ!
五百乃大角も何とか言ってやれ、お前さまの料理番わぁ――
「滅せよ」無しじゃぁ、とても務まらんぞぉ!?
「商会長さぁん♪ 〝ビフテーキ食堂、再建のお知らせ〟チラシのデザインわぁ――こんな感じでぇ、どうかしらん?」
コッヘル商会長の本の上――檄を飛ばす、五百乃大角。
「あら素敵! けど〝宿屋〟が抜けてますよー?」
ひょいとつかまれ、差し出された紙ぺらの角へ――
トンと置かれる御神体。
「〝お宿〟の中に、〝別の宿屋〟が入ってたら――ややこしくはないかい?」
更にトトンと何度も、置き直される御神体。
イオノ腹どもわぁ、山鯨を食う算段に夢中だ。
巨大猪を上手いこと狩れたことには、ほっとするがぁ――
斑茸も猪肉も、とんでもない量の蓄えが出来ちまった訳で。
茸に至ってはガムラン町の、ギルド支部新屋舎の土台を――
地中深くまで掘り返した時の、土の量よか多いぜ?
どうやって食い尽くすつもりなのか、見物ではある。
まぁ精々、おいしく食ってやるのに、吝かではない。
巨大猪よ、立派な戦いぶりを覚えておくからな。
迷わず成仏してくれやぁ――おれは正座したまま、合掌した。
「ん? あれ? 痛ぇ? 痛でででだだっ!?」
――――びききききっ!
「シガミー、どーしたの!?」
レイダが駆けよってきて、おれの腕や足の痛てえところを、ぐりぐりと押してくる。
「い、痛えって言ってんだろうが!」
大声を出したら、ルガレイニアも飛んできた。
「何ですかシガミー、お説教はまだ終わっていませんよ?」
何だぜこりゃ!?
さっきまで何ともなかったんだが、体中が痛てぇ!
「う、動けん!」
おれは、合掌したまま――微動だに出来なくなった!
前に七の型を使って、精根尽き果てたときわぁ――
目が覚めたときに、起き上がるのに苦労はしたがぁ――
こんな筋肉痛に見舞われたりわぁ、しなかったぞぉぉぉぉぉぉっ――――!?
ふぉん♪
『>>多重詠唱のために深層筋を、酷使した弊害と思われます』
発や読経で筋肉痛だぁとぉ!?
此方人等そんな柔な鍛え方わぁ、しとらんわぃ痛ぇ!
ふぉん♪
『>>はい。していないからその負荷に、耐えられなかったのでは?』
この童の体で、発をくれたり経を読むことなんて、確かに数える程しかしとらんがぁ――
やーかーまーしーいーやーぁ――いっ!
そして筋肉痛に、蘇生薬は使えない。
使うと急激に体が鈍るって話だからだ。
今は耐えるしか、方法がねぇ。
§
「ザザザッ――みゃんにゃぎゃにゃぁ――♪」
ふぉん♪
『おにぎり>砂浜と浅瀬だけでも、凄い数の魔石が拾えるもの♪』
「ザッ――ひっひひひぃぃん?」
おにぎり騎馬が西の、件の〝入り海〟とやらに行っている。
「「「「ザッ――……ぽきゅぽきゅきゅ……」」」」
騎馬一式の後ろを付いてまわるのは、猫の魔物風たちが数匹。
毛皮と同じ素材で覆われた箱を、それぞれ背負っている。
大森林に海が出来た、翌々日。
〝ファローモのお宿本館〟の天守閣で、行われているのは――
今回の変異種討伐に関する、一切合切の後始末だ。
大部屋の入り口に――がたん♪
『大森林保全組合本部詰め所』
前にも見た看板が、立てかけられた。
「さぁ、これで良いわっ♪」
手を叩き一仕事終えた風の、ガムラン町名物受付嬢。
リボンとか全体の色味が赤い方が、持ち場へ戻っていく。
おにぎりと迅雷と五百乃大角。
そして工房長と其の叔父と、叔父の元で働く屈強で小柄な連中のお陰で――
おれが手助けせずとも、こんな立派な温泉街が出来ちまったぜ。
寂しい気もするし、清々する気もする。
今朝方、出来たばかりの、真新しい増築部分。
昨日居た大部屋よりも巨大な壁に、映し出されているのは――
ヴュパパァァァ♪
昨日も見た、変異種を討ち取った大森林の西端。
壊滅した大陸の端の、リアルタイム空撮映像だ。
「ザッ――みゃにゃにゃぁ――♪」
ふぉん♪
『おにぎり>また未鑑定のレアドロップ品だもの♪』
「ザッ――ひひぃん?」
「「「「ザッ――……ぽぽきゅ……」」」」
ぽこんぽこんぽぽこぉん♪
おにぎりたちが拾い集めた魔石やアイテムが、壁端の小さめの画面に現れては流されていく。
「「「「「「「「「シガミー、動けないって、ホントお?」」」」」」」」」
わいわいわいわい、がやがやがやがや♪
「痛てで、痛いだだだだっ、やめんかぁ――――!」
おれの脇腹を突きに来る、童ども。
レイダの野郎、言いふらしやがって!
「このトッカータ大陸全土を見渡してもっ、こっれほどっなっだらかな浜辺を持つのわぁっ、こ・こ・だ・け――なわけです♪」
五百乃大角の檄が飛ぶ。
浮かぶ球が映し出す姿が――ヴォヴォヴォゥゥゥン♪
いつもの女神像ぽい感じじゃなくて、いつだか見た〝斧原イオノ〟のやや幼い本当の姿に近い。
前に茅野姫が着た、白い襦袢みてぇのを羽織ってる。
ふぉん♪
『ヒント>白衣/医療現場や実験室で着用される、白い衣服。ラボコートとも呼ばれ、一部の数学者が着ることもある。イオノファラーやその兄、オノハラレンが好んで着用していた』
初心者用魔法杖のような小さな鉄の棒を、振り回し――ヴォヴォヴォヴォゥゥゥゥンッ♪
カカッカンと映像を叩く、少女の映像。
ヴュパパパッ――♪
空撮映像の上に重なり、映像を覆い隠していく――
壊滅区域で確認された、貝とか海苔とか蝦蛄に雲丹。
表示される食材に、対応する寿司の画像をペタペタペタタ。
「良いですかー? ココ、とても重要でーす。次回の提出課題にしますのでーぇ!」
心底、楽しそうだぜ……あの寿司、見たことがねぇのもあるから――
詳しい霊刺秘をまとめといてくれや。
体が調子を取り戻し次第、作らされるだろうからなぁ。




