731:大森林バウトのゆくえ、斑色の正体
「ちっ! ちと目を離した隙に――変異種の野郎が埋もれて、どこだかわからなくなっちまったぜ!?」
おれは小脇に抱えられたまま、辺りを探る――ポリポリ♪
「こーらっ!」
「痛てっ!」
尻を掻く手を、ペチリと叩かれた。
「淑女がして良い態度では、ありませんよ?」
近頃は小言を言うのは、諦めてくれていたんだが――
こう……抱えた相手の無作法には、つい口も手も出るようだ。
ヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォウゥゥゥン!
ルガレイニアが魔法杖を駆り、グルリと引き返す。
「大森林の西端まで、土塊に覆われてやがるぞぉ」
辺り一面、斑色の様相。
魔弾タイフーンが切り開いた更地を越えて――
ボゴボゴボゴゴゴォォッ!!
噴煙か大波のように止め処なく、膨れ上がり広がっていく。
――――ぽぎゅぎゅちっ!
土壁と化した土塊が幾重にも折り重なり、ぶつかり合う音は――
「(何だかおにぎりの足音みてぇに、聞こえなくもねぇな)」
「(蛸之助の蛸腕のようにも、聞こえます)」
うむ。
波打つ斑色は、不気味な音も相まって……そういう生き物にも見えて――
殊更、気色が悪かった。
「ヴヴヴヴヴッ♪」
そんなかけ声で、おれは蜂女に抱き抱えられた。
華奢な体つきだが、おれの背丈くらいなら軽々と持ち上げられるようだ。
「よせやぃ、おれぁガキじゃねぇんだぜ」
まるで赤子を抱える母親のよう。
蜂の顔をした女が――「ヴヴヴヴヴッヴッ♪」と鳴く。
ふぉん♪
『ルガレイニア>まったく、シガミーは自分の歳も忘れてしまったのですか?』
蜂女と化しても尚、美しいその顔が――
おれの頬に、頬擦りをした。
馬鹿野郎、何てぇ事をしやがるんだぜっ!
これならまだ小脇に抱えられていた方が、余程マシだった!
じっと、此方の目を見つめられ――
眼鏡の奥の瞳と、目が合っちまう。
やめんかぁ、この近さで見つめられたら――
神眼を封じる眼鏡の効果も、殆ど効かん。
おれは首を振り、頬の熱を振り払った。
「(歳の上じゃ、この体わぁ十だが、日の本で生きた四十を入れりゃ――五十路にもなるんだぜっ!!)」
おれはジタバタしつつ、迅雷や五百乃大角にしか聞こえない念話で愚痴った。
「(前世が有り、むくつけき大男であったことを、明かすことが出来ない以上――甘んじて、優しく慈しまれるべきでは?)」
うるせぇ、やかましぃ。
そのことは五百乃大角から、バラすなと厳命されている。
「(そうわよ。念を押すけどぉ、謎の戦国国家日本がじつわぁ、この世あらざる生前の世界――ひいては神々が棲まう本当の現世であるとおぉ、伝えることはまかりならないわょぉん!)」
ふぉん♪
『イオノ>>なぜなら、説明が面倒だから!』
出たな妖怪美の女神めっ、どこに居やがる!?
ちなみに耳栓を介して見られる一行表示は『>』を2つ付けると、〝神々の関係者〟にしか届かなくなる。
ふぉん♪
『イオノ>ルガレイニアちゃん。こちらわぁ、あたくしさま以下、四名ご無事わよ。他のみんなわぁ、そこから見えるぅー?』
他の皆……女将さんは商会長を背負って、斑色の上を走り回ってる。
「ヴヴヴヴヴヴヴッ、ヴヴヴヴヴヴヴヴッ♪」
蜂女の薄い胸が震えて、凄ぇこそばゆい。
ふぉん♪
『ルガレイニア>工房長の姿は、ドコにも見えませんね』
少なくとも――小地図の表示区画には居ねぇ。
土塊に埋もれた変異種と、工房長の居場所が――
完全にわからなくなった。
ふぉん♪
『>この一面の土壁は、〝生体反応による個体識別〟を阻害するようです』
そいつぁ、厄介じゃねぇかぁ?
「如何した物か――ん?」
途方に暮れた、おれたちの真下。
土塊がボコリと持ち上がる。
ボコリ、ボコリ――
「プギギギッィ、ブモォォォォォォォッォォォォォォッ!!」
彼方此方から瓜坊が、土塊に穴を空け、顔を出した。
『▼▼▼』
『▼▼▼』
『▼▼▼』
『▼▼▼』
動体検知に捉えられていく、瓜坊たち。
女将さんが、逃げる瓜坊を追いかけていく。
「ぷははぁぁぁぁぁっ――――!!!」
厳つくて、むさ苦しい大声。
『▼▼▼』――追加で動体検知されたのは――
瓜坊の一匹にしがみ付く、むくつけき毛むくじゃら。
「げっほげはっ、ぶっはっぺっ――――!!!」
斑色の土塊を、口から吐き出してる!
「おぉーい、工房長ぉ――!」
ふぅい。どうやら、無事だったみたいだぜ。
ふぉん♪
『>西側討伐隊全員の安否が、確認できました』
ヴュパッ――空撮映像の中、風神に乗る二人が見えた。
五百乃大角が針刺し男の嫁と第四師団長を引き連れて、逃げてくれてなかったら大変なことになっていたかも知れない。
工房長が無事だったのは、土塊の中を物ともせずに動くことが出来たからだ。
あの膂力は、女子供には無い。
「兎に角、辺り一面の、この土壁をどうにかせんと、巨大猪に辿り着かねぇ。何か良い考えわぁねぇか?」
おれは蜂女を真っ直ぐに見つめ、尋ねた。
「そぉうぅでぇすぅねぇ――――?」
魔法杖を傾け、小さく旋回する蜂女。
その手が、おれの猪蟹屋制服の袖から離れた。
おれは咄嗟に目を閉じ、腕時計に指を走らせる。
シュボッ、カシカシカシ♪
「ヴッきゃっ――まっぶしっ!?」
刹那で着替えが――チキピピッ♪
完了し――ヴュパパパパッ♪
一瞬で強化服に着替え、画面表示がでた。
杖の上に立つ猫の魔物風をつかもうとした、蜂女の手が空を切る。
腕時計の機能で着替えるときの光に、目を眩まされたのだ。
彼女の眼鏡は眩しさを防ぐことが出来るが、それでもこの近さで瞬かれれば――
こうして虚を突ける。
「迅雷、ルガレイニアを頼むぞ!――ニャァ♪」
まだ〝虎型ふ号〟に〝人が話す共用語〟は、搭載されてない。
それでも皆には、中身の声が届く耳栓を付けてもらってるから――
猫共用語しか話せない強化服の言葉も、辛うじて伝わってるはずだ。
蜂女の手をすり抜けた虎型は、空中へと身を乗り出した!
得物は拵えの付いた日本刀。腰の毛皮を引っ張ると生える機械腕に、持たせてある。
斑色は眼前、刀を振るえば当たる。
当たるのだが――ここは、さっき撃ち損なった、アレを試すぜ!
おれの指先にはまだ、さっきの血が滲んでる。
ぽぎゅ――猫の肉球が付いた、猫手をぐっと握り――
「全方位、全法位――ニャァ♪」
両手で同時に、ぐるりと半円を描く。
真円で、この猫手がとどく範囲を――浄化する!
おにぎりと同じ、この虎型の体。
ちょっとやそっとじゃ凹まず頑丈だし、水にも浮いて尚且つ燃えない。
なので遠慮なく、斑壁に飛び込めるしぃ――
瀑布火炎の術も、放ち放題だぁぜぇぇっ!
ストンと着地。
足裏が太く平らだからか、はたまた肉球のお陰か――
強化服虎型は、斑の地面に沈むことなく――
「ON――!」
ぎちり――――――――シュッボゥ!
真言を唱えることで発火した、この〝浄化の炎〟を――
「キリキリバサラウンハッタ!」
瀑布火炎の術を唱えた。
ぼごぅわぁっ――――おれが描いた真円から、流れ出る炎。
ぼっごっごぉぉぉぉぉうっわぁぁぁぁぁ――――!
パチパチパチパチメラメラメラメラッ――――辺りが虎型ごと、日輪の炎に巻かれていく。
ぼっごっごぉぉぉぉぉうっわぁぁぁぁぁ――――ぶすぶすぶすすすっ!
半径三丈を一瞬で焦土にかえる、〝瀑布火炎の印〟を結ぶ。
ひゅっぼごっわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ――――!
虎型の体に燻された斑色の土壁が、凹んでいく。
光を増し強く吹き上がる、幾筋もの炎。
ソレは法輪の花にも見えて――
「ウカカカカカカカッ――――♪」
まずは燃えるのかどうか、確かめようって寸法だったんだが――
迅雷が映し出す空撮映像の中、小さな虎型が、燃えさかる瀑布と煙に巻かれる。
なぁんでぇい。燃やしたら、普通に燃えやがったぞ?
ならこいつぁ――丸ごと全部を燃やしちまうのも、アリだなぁ。
丁度、巨大猪は中にすっぽりと、埋もれてくれてる訳だしよぉぉっ!
おれは瀑布火炎の印を解き――刀印を切りなおす。
この土壁の全てを燃やし尽くすなら、もっと薪を焼べにゃぁならん。
一呼吸、二呼吸――せぇのぉ♪
「滅っ――」
「ちょっとお待ち! そんな強火じゃぁ、食えたもんじゃないさね」
横から飛んできた、そんな声に――ボカリと殴られた。
強化服虎型を着てるから、まるで痛くはねぇが――
ひゅしゅるるるるるぅるっ!
ぼっふぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
ちっ、どうしてこう簡単に、お天道様の陽光を消しやがるんだぜ!
この炎は本来見えず、燃えず――ましてや、消す事なんて出来ない。
「女将さんよぉ! おれの取って置きおぉー、気安く消すなよなぁ!――ニャァ♪」
それにいくら〝瀑布火炎の術〟でも、あの巨体を消し炭にする程の火力はねぇだろぉ!?
ちなみにおれの〝真言の術〟は、この惑星ヒースに落ちてきた日に――
女将さんが掛けた、〝鍋に入った、ただの水〟でも消されてる。
どういう訳か前世の技は、女将さんには、総じて効かんのだ。
ふぉん♪
『>>現〝魔導騎士団総大将〟という肩書きに、偽りはないと思われ』
やかましぃがぁ、そういうこったろーなぁ!
「あはははっはっ♪ こいつの焼き方なら、ロットリンデが一番上手さね♪」
まさか、この斑壁――この香ばしい香り!?
「味付けならジューク村長が、上手よぉぅ♪」
コッヘル商会の娘母が、ひょいと焦げた地面をむしり取り――
食べ始めた。
気色の悪ぃ斑の土壁を旨そうに食む、人類最強と元宮廷魔導師。
「こいつぁ、まさかぁ、ひょっとしてぇ――茸かぁ!?――ニャァ♪」
正に魂消たぜ。
この斑壁が食い物とわかったからといって、広範囲に広がる斑茸を――
一網打尽に出来る訳ではない。
ないがぁ――ぽこぉん♪
「アナタの世界の拠り所っ――――いっただっきまぁすぅ――♪」
此方には、形こそ小せぇが、こと〝飯〟に関しちゃ殊更、意地汚ぇ奴が居るのだ。
斑茸が例え、海や山のように広大であっても――
斑茸が食える物で、ましてや旨いとわかった日にゃ――
もう斑茸は、物の飯では無い。理屈ではないのだ。
全てを〝おかわり〟しちまう食欲は、紛れもなく神の御業なのだ。




