729:吠えろ魔銃オルタネーター、タターザカニスレイヤー
「ザザザザッ――どっせぇぇぇぇぇぇぇぇいっ――――!!」
工房長の叔父にして、屈強な鍛冶方ワーフ。
小柄な体躯に似つかわしくない、その膂力。
ザッ――ガコンッ――振りあげられる、楔形のシルエット。
それはまさに、鉄杭であり鉄塊であり――
狙い定めた切り株を粉砕するには過剰な、攻撃力を秘めていた。
ザザヒュゥ――ガキガギギィィィンッ――――!
鉄杭型の魔法杖は、無骨な手甲で地面に打ち込まれた!
ザヒッ――ゴッバカン――割れる大きな切り株!
比類なき腕力、そして背筋力が――
巨大な鉄塊を地に沈める!
ザヒュザザッ――ゴッゴゴゴゴゴゴ、グゥゥゥゥゥヮァァァァァァアッァ!
その衝撃は地面を、水面のように波打たせた。
広がっていく巨大な古代魔術、方陣結界ピクトグラム。
「ザザッ――あわわわわっ! ワーフさぁん!」
凄まじい振幅が近くに居た村長を――地に転がした!
「ザザザッ――キ゜ュキ゜チキ゜ッ、ぷるんぷるんぷるるるっ!」
地を這う振幅。捉えられた巨大蟹が、震える鳴き声を発し――
硬いはずの蟹の、真っ青な甲羅を振幅させる。
ぷるんぷるんと震える、蟹の鋏からスルリと、リカルルが落ちた。
「ザザヒュ――っに゜ゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
蟹ほどではないものの、ご令嬢の声も震えていたが――
ソレは恐怖や怒りや驚きなどの精神的な物では無く、物理的な原因に因るものだ。
「ヒュザザッ――っつっはぁぁぁぁぁぁぁあぁぁっ!!!」
ニゲル青年が、すかさずキャッチする。
ザヒュ――ガサガサ、ガサササッ♪
同時に、やわらか~く震える蟹脚の下から、蟹のように這い出すのは――
傾国の魔物にして、吸血鬼令嬢とまで謳われた淑女。
ザザザッ――パタパタパタタタッ!
倒れた村長から、板きれのような物が地を這い、やがて――
「ザザッ――んにゃわ゜――?」
ロットリンデを、飲み込んだ。
§
ドローンから送られてくる空撮映像の中、お嬢さま二人の身柄が拘束……保護され――――ォォゥン♪
ドワーフ族が放った古代魔法が、一瞬で縮まり消えた。
「(シガミー、〝超特選洞窟蟹|(変異種)〟の軟体化が解けました)」
おう、そうらしい。
「ザヒュヒュザッ――ギギュギュイィィィィィッ――ギュチギチッ、ぶくぶくぶくくっ!」
地を踏み鳴らし、巨大鋏を振り上げ――
ガッチン――ガガッチィィン!
「ウケケケッ、ウケケケケケケケッ――――巨大蟹が怒ってるぅ件にぃ、つぅいぃてぇぇー♪」
その笑い方は止めとけ、妖怪さまよ。
だが巨大蟹め、取って置きの獲物を奪われて――
生意気にも、怒ってやがるっ!!!!
「タター、オルコトリア、今だぜっ!――ニャァ♪」
「ザッ――ははーい?」
何かを確認するような、少女メイドの声。
「ザザザッ――目標到達まで、10秒」
何かを確認し、ソレを伝えてくる鬼娘受付嬢の声。
ふぉん♪
『>16秒前にローンチを確認。空撮映像から算出した弾道に、誤差は有りません』
タターが放った……既に放っていたらしい弾丸は、岩山が如き巨大な変異種を屠ったのと同じ。
1342パケタもする、超高額弾丸タイフーンだ。
強力な丸ぁ撃つ時に耳栓を繋いでると、耳栓が途切れたりするから――
適宜、迅雷が切ったりしてくれてたらしい。
ヴュウゥン♪
ヒュパパパッ――『▽――HCV000002』あった。
積層モニタの0番から、虎型モニタの12番――
小地図の真ん中を目指して、飛んで来てる。
「ザザヒュッ――ギュギッチリッ!?」
蟹が目を伸ばした。
ぶくぶくぶくくくふっ?
泡を吹き、西の空を見上げる。
ザザッ――ぱっこぉぉぉぉぉぅん!
面白ぇ風音が、聞こえた。
疎らな雲を突き抜け、流れ落ちてゆくのは――
1本の風雲。
ゴッバァァァァァッ――――フフォフォフォフォフォッォォォッ!
その先端が幾重にも、分かたれていく。
その数は、全部で10。
ヒュザッ――ドガガガドッガガ、ゴキャキャキャキャッ!!!!!!!!
蟹の凄まじい動き。分身した弾頭を、避けようとしているのだろうぜ。
ヴォヴゥンッ、ヴゥンッ――――!
あまりの速さで巨大な甲羅が、透けて見えた。
ザザザザザッ――ガッキュキュキュキュキュキュゥゥゥゥゥンッ――――!!!!!!!!
巨大鋏で受け止められる、戦術級高極超音速弾、高極超音速飛翔体。
ザザッ――ぶくくぶくくくくくっ!?
蟹やルリーロが薙ぎ倒した倒木が――ザザザザッ――パッコォォオォォォォッォォォォォンッ!
辺り一面が怪音とともに薙ぎ払われ、真っ平らになった。
ザザザッ――ヴォヴォパパパッァァァァッ――――――――!!!
弾丸から棚引く風雲の残りは、九つ。
スゥゥ、ウゥゥ、スススゥスススッスゥ――キュルリュッキュルッ!
小地図に軌跡が、描かれていく。
その巨大な縁取りの周りを、何度も縫うように。
こいつぁ、五百乃大角が算出した、魔弾タイフーンの弾道予測だ。
「んーん。今度はあたくしさまは、関知してないわよ♪」
なんだと?
こっちの岩山と比べたら、随分と小せぇ巨大蟹を狙うってぇのに――
お前さまは、手伝わねぇとか――また、おサボりかぁ!?
『◇¹』
いやまて?
ちゃんとロックオンカーソルが出た。
「ザザヒュゥ――狙まーす!」
実に覇気のねぇ声。
タターが魔銃で、狙ったようだが。
『◇²』『◇³』『◇⁴――』
一発目の標的は、蟹脚の左後ろ。
2、3、4発目は、左側の蟹脚の全てに、狙いが付けられた。
ふぉん♪
『ゴウライ>タター、この距離で、ちゃんと当てられるのか?』
敵の気配を感じ取り、ロックオンカーソルの数を増やしていくのは――
轟雷なら考えるまでもなく、鎧が勝手にやってくれるが。
「ザヒュッ――やってみないとわかんない……って、ローグちゃんが言ってた」
案の定、人ごとのように言いやがるぜ。
『◇⁵』『◇⁶』『◇⁷』『◇⁸――』
5、6、7、8発目は、右側の蟹脚の全部に。
「ザザッ――むしろ当たるかどうかは、神の采配――緑色レーザー発光モジュール――ハロウィン限定スイーツ――博士後期課程支援給付制度――ニャッ♪」
ネコ声を急に聞かされると、驚くだろぉが。
神の采配てのは、文字通りに美の女神、五百乃大角の事を言っている……と思う。
『◇⁹――』
9発目は巨大蟹鋏に張り付いた。
挟まれてなお、ぱっこぉぉぉぉぉぅんと風雲を発する弾頭(9)は――超頑張ってる。
「ちょっと、お猫さまっ! 人聞きの悪いことを言わないでちょぉだい! オルタネーターの使用者を選んだのわ、お猫さまわよ!?」
何だかわからんが責任の所在を、押しつけ合うんじゃぁねぇやい。
ヒュザッ――ドガガガドッガガ、ゴキャキャキャキャッ!!!!!!!!
蟹の凄まじい動き。蟹脚が弾頭を避け、跳ねるように蠢く。
蟹脚は、もはや人の目には映らない速さに達している。
ヴォヴゥンッ、ヴゥンッ――――!
チラつく巨大な甲羅が、ゆっくりと逆回転を始めた。
『◇⁵』――回転の基点にした、〝淑女を踏みつけていた〟右側後ろ蟹脚。
その1本の蟹脚の蒼色が、空中に残った。
それはまるで景色に浮く奇岩のようにも見え、とても奇妙に思えた。
スゥウゥ――キュルリュッ!
8個の動体検知は弧を描き、弾道予測が空へと戻っていく。
機動性を高めていく、1342パケタ。
推定的中率によって揺らぐ色彩が、青へと変わっていく。
それはまるで、蒼い彼岸花だった。
ふぉん♪
『ゴウライ>>おい迅雷、例の旋回半径はどうなってる?』
天上の花を形作る曲線の半径は、精々が15メートルしかねぇぞ!?
弾丸の旋回半径は、約400メートルだったはず。
ふぉん♪
『>>最小旋回半径は作戦維持のため、運動エネルギーを確保するための指針です』
はぁ? そいつぁ、どーいう?
ふぉん♪
『イオノ>>ウケケッ、温存するつもりが無ければ、いくらでも高機動力を発揮するわよ♪ お・か・わ・り?』
ふーん? うるせぇ。
おれがわかるのは、錫杖や短刀の間合いだけだ。
投げた後のことは到底、関知出来ん。
ザザッ――シュゴッ――シュシュシュシュシュシュシュン!
巨大蟹の頭の上を通り過ぎ、再び色を赤く染めていく――
弾頭(1~8)の、弾道予測。
ザザッザッ――ぱっこぉぉぉぉぉぅん――――ガギャギギャガギャギギギィィィンッ!!!!!!!!
急加速し、今度は全ての蟹脚を弾く、弾頭¹から弾頭⁸。
着弾の瞬間まで弾道予測は、赤いままだったが――
見事に、ぶち当てやがった!
ザザザッ――ドッガガァァァァンッ――――ゴッズウズズズゥゥン!
巨体が、ひっくり返った!
「ザザッヒュ――やったぁ、当たったぁよ、オルコトリアさん♪」
「ザヒューゥ――こら、まだとどめを刺してないでしょう?」
弾けるような声と、それを窘める声が聞こえ――
「ザザヒュッ――ギュギッチリッ!?」
蟹が巨大な鋏脚で、甲羅を起こそうとし――
途中で動きを止めて、目を伸ばした。
ぶくぶくぶくくくふっ?
泡を吹き、空を見上げている。
ザザッ――ぱっこぉぉぉぉぉぅん!
また面白ぇ風音が、聞こえた。
上空から、流れ落ちてゆくのは――
1本の風雲。
『▼▼――』
ソレは、さっきまで巨大蟹挟みに挟まれていた――
弾頭⁹に張り付いた、動体検知。
人の目には見えない音速の弾丸が、巨大蟹の中枢神経を破壊した。
「迷わず成仏してくれやぁ――ニャァ♪」
そして勢いが余ったのか、蟹の眉間|(?)から飛び出してきた弾丸が、
たまたま目の前に居た、ニゲル青年の横っ腹に命中した。
一瞬焦ったが、猪蟹屋標準制服である執事服を着てる以上、命に関わることはあるまい。
「ザヒュッ――ちょっと、なんですのっ!? わ、私そんなに重くは、ございませんわよっ!?」
抱えていた思い人を落とし、詰られる負傷者。
いつものことではあるが――迷わず成仏してくれやぁ。
§
しかし実に恐ろしきは、遊撃班の奴らだ。
五百乃大角無しでも、アレだけのことが出来る。
そして東西両方の変異種を、とうとう一人で止めを刺しちまったってこたぁ――
またLVアップの鐘に、苛まれることだろう。
アレはうるせぇから遊撃班の耳栓は、切っとけ。
「あああああああああっ――こらっ! おにぎりっ、蟹さまの御味噌が零れるまえにっ、お早めに、格納してわよっ!」
鬼の形相の女神御神体。必死か。
ふぉふぉふぉん♪
『超特選大森林洞窟蟹|(変異種)【蒼い奏者】/
鋏脚と甲羅を持つ、十足。食用甲殻類としては、史上最大級の大型種。
脱皮直後の洞窟蟹に大森林における、龍脈由来の蟹質とでも呼ぶべき、
活力形質を取り込むことにより、無くした鋏脚を再生し巨大化させた、
甲羅は非常に硬く、物理・魔法共に堅牢。
身だけでなく内蔵も美味で、濃厚な天然のスープとなる。
鋏脚と甲羅は、耐物・耐魔法素材として重宝される。
但し、この蒼く超硬質な甲羅を開くには、同じく蒼く刀身を染めた、
SSS級武器が必要。』
ふむ。迅雷が表示したのは、そんな食材情報。
〝特選洞窟蟹【大】〟と、そう変わらんな。
空撮映像の中、すぽんと姿を消す巨大蟹。
はっははっ、巨大蟹の出汁には、おれも料理番として興味がある。
「全く本当に、忙しねぇ一日だったぜ!」
大森林に来てからこっち、良いことも多少はあったが――
概ね、危険で辛くて面倒なことばかりだったからな。
どうにかして日がな一日、ずーっと寝て過ごしてぇ。
「はハはは、こちラの変異種ノ解体だケでも、数日はかかルと思われ――」
やい迅雷、笑ってんじゃねぇー!
目の前にそびえる猪の、ひと山さえなかったら――
一休みくらい、出来たんだろぉがよぉ。




