720:大森林保全組合本部詰め所女神像の間にて、作戦立案と森林迷彩
「でわでわぁ――えーっと、ウェレが……で、ルィノが……だからぁ――」
ぺらぺらら、ととつつつーっ♪
〝古代文字逆引き辞典〟が捲られ、指先が頁をなぞる。
ジューク村長が新たに描いた、2つの紋様。
その小さな曼荼羅を、読み解く商会長。
「それで、変異種の情報は何か、わかったのかい?」
鉄鍋のような鉢金に、簡素な胸当てと、ちょっと厳つい手甲と甲懸。
その全てがアダマンタイト製の、冒険者風の格好。
兜には逆さまの、魔導騎士団の紋章が入ってる。
つまり本式には〝鍋として使う〟っていう……料理人としての矜持かもな。
それと〝何で魔導騎士団の紋章が入っているのか?〟は――
ガムランの良心、木さじ食堂の女将さんが、実は――
〝魔導騎士団総大将さまだから〟だ。
ガチャガチャ――パッシュン――ギュチッツ――ガゴゴン――ドズズズゥゥン――ゴォズズズムン!!!
見ればみんなそれぞれ、魔物を狩りに行くときの格好に着替えてやがる。
おれも、そろそろ轟雷に着替えたい所だが――
此処で着たら旅籠屋を、また建て直さないといけなくなる。
ふぉん♪
『>>シガミー』
ふぉん♪
『シガミー>>どうした?』
ふぉん♪
『>>猪蟹屋標準制服の性能やデザイン上の機能には、何ら問題は無いのですが』
ふぉん♪
『シガミー>>制服がどうした?』
ふぉん♪
『>>一般的な給仕服や執事服と、ほぼ同型のため、市街地において識別しづらいのではないかと』
見分け辛いだと?
そもそもコントゥル家の従者服を、そのまま真似したもんだからな。
街中なら確かに、紛れちまうだろうよ。
ふぉん♪
『イオノ>>それって部隊としての制服デザインを、統一しようってことわの?』
女神像の間を見渡せば、支給した猪蟹屋標準制服を着ている奴も居る。
リオレイニアにタターにニゲル、そしてラプトル王女殿下だ。
それと遊撃班として行動するときには、オルコトリアもウチの制服を着てる。
元はメイドや執事の為の服だから動きを妨げず、頑丈で破れず汚れない。
かと言って飛び抜けて戦いに適しているかと言われれば、其処までではなく――
戦いに向いた服というなら、〝戦術級強化鎧鬼殻・轟雷〟以上の物はない。
もちろん、〝極所作業用汎用強化服・シシガニャン虎型〟もそうだ。
ふぉん♪
『>>はい。森林地帯における白色のエプロンは、標的にされる危険があります。森林迷彩の導入を、検討するべきでは?』
おれは自分が今着てる給仕服の、前掛けを持ち上げてみる。
うむ。少なくとも、夜討ちには向かんな。
ヴォォン♪
小窓に表示されたのは、草の絵が描かれた……布地か?
これで服を作って草むらに寝転んだら、見分けられんな。
「うむむぅ」
この所ずっと、出かけるときには、給仕服を着てたが――
リオやタターや茅野姫も普段から着てるから、誰が誰やら紛らわしかった。
ふぉん♪
『シガミー>>烏天狗や天狗の服や、おれの元の薬草取りの格好。ああいう普通の冒険者としての、出立ちが居るな』
フェスタの時の傾いた服は祭りでもなけりゃ、とても着られんし。
「ららぁん?」
ラプトル王女が背中に、とんでもなく大きな人形を背負おうとしてる。
ドレスの前にも無数の人形を縛り付けているから、身動きし辛そうだ。
「王女さま、手伝うぞ」
五百乃大角たちが〝ぬいぐるみ〟と呼ぶ、布で出来た人形。
此奴らは服からむしり取り、とおくへ放ると膨れ上がり――
人や生き物を模した、厳つい魔導人形になる。
「シガミーさん、ありがとうございますららぁぁん♪」
フワフワモコモコの人形の足が四本で、腕が二本?
こんな姿の動物や魔物わぁ、居たかなぁ?
ふぉん♪
『>>足の形状や膝下の長さの比率から、王女殿下がニゲル青年を助けるべく突進してきた際に搭乗した、四つ足の馬車の亜種と思われます』
央都の壁を歩いていた、巨大なゴーレムに似た奴だな。
前は背中に、でかい馬形を背負っていたが――
馬だか馬車だかわからん奴が森を埋め尽くし、行軍する様が頭を過る……世も末だぜ。
兵卒を一度に運ぶなら、どうしたって五百乃大角と茅野姫とお猫さまの力で――
いくさ場の本陣近くに、女神像と転移扉を建てるほかあるまい。
「あったわぁー、これよぉー! うふふ、ええとーぉ――〝猪〟と〝蟹〟の形をしていますわねー♪」
猪と蟹だと!?
「一体何の、冗談だぜ!?」
分厚い本から顔を上げた商会長に、視線が集まる。
「(そうだぜ、惑星ヒースの様子なら、どこでも見られるんだろ?)」
変異種が居る大森林の西と東の外れを、上から直接見りゃ――
ふぉん♪
『>>静止衛星APIによる撮影範囲外です。ドローンを向かわせていますが、到着まで約6時間ほど掛かります』
泥音で6時間か。待ってたら変異種が、何処まで強くなるかわからんぞ。
「それにしても……質の悪ぃ、冗談だぜ」
猪と蟹……つまり前世のおれ、僧兵猪蟹の名。
それと同じ字を持つ魔物が、大森林の両端に東と西に一匹ずつ、姿を現したって言うんだからなぁ。
「東と西のどちらに、猪と蟹が居るのかまでは、わかりませーん!」
わからんのか。
「蟹……蟹ぃ――!?」
傾国の魔物が呆然と、商会長を見つめた。
§
ヴヴヴヴヴヴッ――――?
早くも臨戦態勢の、蜂の魔神。
ふぉん♪
『ルガレイニア>確認します。作戦は、このようになります』
また蜂と人が、倒になってるぞ。
ヴヴヴヴヴゥゥン♪
白い衝立に、黒筆で書き込まれたのは――
大まかな大森林の地図。
ふぉふぉふぉふぉん♪
そして、西へ向かう者たちの名前。
ふぉふぉふぉふぉん♪
そして東へ向かう、おれたちの名前。
真ん中に描かれた◎は、〝ファローモのお宿(仮)〟
その両脇の二つの箱は、ネネルド村へ飛んだときに使った、高高度用馬車を表している。
西へ向かう馬車を牽くのは、辺境伯名代が駆る〝ルードホルドの魔法杖〟。
東へ向かう馬車を牽くのは、五百乃大角とおれが駆る〝恐竜モドキ風神〟。
「それでこいつは、どのくらいの高さが必要なんだ?」
旅籠屋から生えた縦棒は――これから建てる櫓だ。
「ココかラ直接、変異種ヲ狙う為にハ約3・2キロメートルの高サの櫓ガ必要にナります」
「はぁ!? いくらおれでも、そんな高さの櫓は組めんぞ!?」
しかも、建てたその上に陣取るのは一本角の鬼娘と、鬼族に抱えられた小さな少女だ。
強い風に、吹き飛ばされない訳がねぇ。
「あー、それねー。ぜんぜんまったく大丈夫わよー♪」
「何がどう大丈夫なんだぜ?」
言ってみろやぁ。
「タタッタちゃん、ちょほーっとおいでぇ♪」
美の女神御神体が、にたりと笑った。




