719:大森林保全組合本部詰め所女神像の間にて、おしくら饅頭
「うふふ、ジューク! 出番ですわよっ!」
ごつごつっ!
「痛っ、突かないでよ、僕のトリデちゃぁーん!」
村長が何本目かの回復薬に、手を伸ばし――
「うふふふふふふうぅ――こぉんなこともぉあろうかと、持ってて良かった古代文字逆引き辞典ー♪」
どっすーん!
「それは、スデットナー教授……前フカフ村村長が残した〝虎の巻〟……〝秘伝書〟ですわね?」
急に色めき立つ、悪逆令嬢と仲間たち。
「母さん、いや商会長。そんな重い本を、わざわざ引っ張り出してきたのかい?」
女将さんが渋い表情で、指を刺した。
ソレはさっきまで商会長がペラペラと捲っていたのよりも、更に大きく分厚い本だった。
「ついさっきうたた寝したら、ご神託がぁ有りましたのでぇ、念のため持参しましたぁ♪」
「「「商会長の――ご神託っ!?」」」
顔をしかめる、大森林勢。
どうやら商会長のご神託ってのは、良くない知らせらしいな。
「商会長いや、母さん! 一体なんて、ご神託があったんだい!?」
緊迫の女神像の間。
「えっとぉー、〝建てたばかりのぉ、宿屋がぁ吹き飛ぶ〟という恐ろしい――」
がくり。大森林勢の三人とおれが、床に崩れ落ちる。
「お、脅かすんじゃねぇやい! そいつぁもう、やっただろぅが!」
おれはぺちりと床を、叩いて見せた。
地下は埋まりもしなかったから、そのままだが――
地上の旅籠屋は、二つ目だ。
ふぅぃ、まったく一刻を争うって言うのによぉ。
「〝ござる〟居た!」
誰が、ござるか!
「本当だ、居た!」
どやどやどやどや、わいわいわいわい!
騒々しい連中が階段を、駆け下りてきた。
「「「「「シガミーちゃん!」」」」」
どうしたどうした、誰がシガミーちゃんか。
「あっ、レトラちゃんも居……なんだか甘い香りがしますわ!?」
生意気な子供レイダと、動じない子供ビビビーに続いて――
童どもを引き連れてきたのは、巻き髪の大食漢ビステッカ嬢。
魔物並みに、鼻が利く奴だな。
「び、ビステッカちゃぁぁん――!」
「ふぇーん」と駆け寄る、レトラ嬢。
「リカルルさまに、リオレイニアくーん!」
がららら、ぐわららん♪
厳つい魔法杖を何本も背負う、矢鱈と線の細い男。
担任教師ヤーベルトも来た。
「甘い……お菓子のい?」
そして今し方、顧問氏の話に出てきた、第四師団長の童。
垂直に浮かぶ、先端が太い――人参の尻尾みたいな魔法杖。
その上に腰掛け、お猫さまを大事そうに抱えている。
先の〝伝説の建国の龍撃戦〟の時には、あの魔法杖を使い、巨木の卵の着弾点を占ってもらったりしたな。
「ちょひょほーい♪」
「ちょっとあなたっ、引っ付くんじゃ有りません!」
スパッシィィィィィィンッ――♪
「「「囁き――!」」」
あ、阿呆めっ!
全員降りて、来ちまいやがった!
一気に手狭になる、女神像の間。
「樹界虫よ――じゅるり?」
ぎゅうぎゅう詰めで椅子の背を、ガタゴトと押されても森の主さまは、平気な様子だが――
口の端から涎を、垂らしてやがる。おかわりか?
ふぉん♪
『シガミー>茅野姫、蜂蜜の饅頭わぁ、もうねぇのか?』
ふぉん♪
『ホシガミー>はい。試食用でしたので、あれで全部ですわ。クスクス♪』
じゃぁ、ガムラン饅頭でも出しとけ。
兵糧がわりになればと、無人工房から作り置きを全部、引き上げてきたからな。
ふぉふぉん♪
『ガムラン饅頭|(塩餡) ×1394
ガムラン饅頭|(こし餡) ×1125
名代饅頭|(梅餡) ×423
名代饅頭(ツナマヨ) ×549』
良し良し、売るほど有る。
白金の棒が、ヴヴヴと震え――ぼとぼとぼと♪
平箱が数個、積み上がると――「お菓子だっ♪」
生意気で、余計なことを余計な瞬間に言う子供が――
余計なことを余計な瞬間に、言いやがった!
「「「「「「「「わぁわぁわぁわぁぁい♪」」」」」」」」
大食らいを先頭に、机に群がる子供たち。
お前らはこれまでに散々、食っただろうが!
ふぉん♪
『>>狐の顔型の〝名代饅頭〟は、基本的に猪蟹屋二号店での販売しかしていませんので、子供たちにも目新しいかと』
「も゛も゛も゛ぉぉぉ!」「も゛ぉー!?」「も゛っ!?」
うわ!? 何その鳴き声!?
子供らに椅子を押されても、一度も怒らなかった森の主。
その両目が――『『『(Θ_Θ)』』』
いかん饅頭箱を子供らに取られた、森の主が男の姿になったら――
おれの頭が、念話で割れる!
迅雷が、ヴヴヴと震え――ぼとぼとぼとぼとととっ♪
山積みになる、追加の名代饅頭。
「さぁさぁ、皆さん。ココは手狭ですし、上へ戻りましょう。じつは新作の、お菓子をこれから作るのですけれど、手伝って頂けませんか?」
そう言って階段前で振り返る、茅野姫。
「「「「新作の、お菓子!?」」」」
「素敵ですわね、いただきますわ♪」
「「面白そう♪」」
「「手伝うっ♪」」
わいわいがやがやと、戻っていく子供たち。
ふぉん♪
『ホシガミー>>クスクスプー♪ 子供たちのことは、おまかせ下さい♪』
ふぉん♪
『シガミー>>悪い、助かる』
まったくよぉ。
おれの視界の隅。
一行表示の下に映し出された、『変異種出現よりの経過時間』。
その赤い数字は――『10:45』
もう10分も過ぎたぞ、こら――どーすんだぜ、迅雷迅雷五百乃大角ぁ!?
ふぉん♪
『イオノ>そぅわね、由由しき事態わねん!』
もぐもぐもぐもぐと、饅頭箱に収まる御神体。
ふぉん♪
『>>しかし、大人や関係者が全員集まってくれたのは、丁度良いのでは?』
そうだな、もう細かい戦法や段取りを詰めていかんと――惑星ヒースが終わる。
「お前ら、ちょっと待て」
一緒に上に戻ろうとする、第四師団長と猫の魔物と――
少女タターを呼び止めた。




