718:大森林保全組合本部詰め所女神像の間にて、兵站と慣用句
「じゃぁ、どうする? ここに居る顔ぶれだけで、討伐は出来るだろ?」
なんせ、いくさ場で会いたくねぇ手合ばかりが、これだけ集まっているのだ。
まず人類最強や、ソレよりも最強な元宮廷魔導師が居て――
魔王|(生物)を倒した奴も居るし、ソレを差しで倒した従者まで居る。
勇者のなり損ないや、金さえ入れりゃ何でも出てくる魔法具箱を使う奴なんかも居るし――
伝説の悪女に、屈強な髭達磨たちに、此処からだって大森林の端を狙える少女とソレを支える一本角の鬼族。
ふぉん♪
『>>それにレベルカンストのスキルお化けと、お化け狐じゃなかった、お稲荷さまも居るってことわさぁ』
化け化けうるせぇ、居たらどうしたぁ?
「今夜わぁ、変異種とぉ森のぉ幸詰合せおぉー使ったぁ超晩餐会! 略して〝森パ〟を開催しまぁすぅー! わぁーぁ、ドンドンパフパフー♪」
はぁー、仕方がねぇ。食える奴に限るが、これまで倒した変異種は、どれも旨かったからなぁ。
けど、今日の祭りは〝タコゥパ〟じゃねぇのか。
〝モ立派〟……何が立派なんだぜ?
「それはそれは――腕が鳴りますわねー、クスクスクス♪」
だから弾くな弾くな、計算魔法具をよぉ。
おれは人数分以上の椅子を、ガタガタガタタタンッと並べ、そのひとつに腰掛けた。
「そーですわね。今頃、王都やガムラン町で、討伐隊が編成されてるでしょうけれど――」
リカルルがストンと、椅子に座ると――
周りのみんなも、手近な椅子に腰を下ろす。
取らぬ変異種の皮算用を始めた、神々どもを無視して――会議は進む。
「はい。大森林内部の様子は、まだ報告していませんので、最寄りの女神像……恐らくはレイド村へ転移してくるのに30分、それから山道を行軍しロコロ村へ辿り着くのは――早くても、三日後くらいではないかと」
机の上に表示される、大森林の地図を見つめ、概算を出すリオレイニア。
「三日、うぬぅ!?」
それだけの時間が過ぎたら、時間と共に体を成長させる変異種の大きさが――
どれくらいになるのか、見当が付かん。
「そうだぜ、俺たちは平気だが並みの兵士じゃ、鎧を着てこの秘境は渡れんぞ?」
ガァンと愛用の膝当てを叩く、ノヴァド。
「そうだな、さらにここから軍を派遣するのに、一週間はみておかねぇとな?」
机の端を手甲でガンと叩く、ワーフ。
髭達磨たちの言うことも、尤もだ。
ここ〝大森林観測村④ファローモのお宿|(仮)〟は、その名の通り――
大森林エリアの最も険しい、森の奥にある。
当然、馬が走れるような、平らな道など無い。
というか〝大森林観測村②ロコロ村〟と〝大森林観測村③モフモフ村〟の間には、獣道すら無い。
そんな所を大軍が歩いてくるのは、正直無理だ。
「ニャッフッフッフッフ――そのための、魔法杖操作に長けた第四師団長率いる、第四師団だニャー……と言いたい所だけど、魔法杖で全軍を引くためには、馬車を使うニャ』
意気揚々と魔導騎士団の説明を始めたミャッドの撫で肩が――ストンと落ちた。
「はい。馬力と速度を両立する特殊な魔法杖を駆る第四師団。彼女らをもってしても牽引時の高度は、せいぜいシガミーさんの身長ほどになってしまうかと」
おれの頭に平手を乗せ、眉をハの字にするマルチヴィル。
ふぉん♪
『>>大人数の兵隊を一度に森越えさせる術は、無いようです』
そうらしいな。
馬車か……王女が乗ってた四つ足の馬車なら、森も進めるだろうが――
ふぉん♪
『>>はい、戦略単位の部隊を一度に運搬出来るほど、数があるとは思えません』
だよな。
「大森林に直接転移出来る大講堂の転移扉は、まだ一般へは開放していませんからねぇ――クスクスプー♪」
守銭奴さまは一瞬躊躇した後で、計算魔法具を前掛けの物入れに仕舞った。
「いろいろ面倒だぜ。王都とガムラン町のギルドには、此方で何とかするって言っといてくれ」
受付嬢たちとメイドと奥方さまが居る辺りへ、そう声を掛ける。
もう時間がねぇから、おれが仕切らぁ。
何せ変異種どもは、こうしてる間にもスクスクと育ってやがるのだ。
「そうね、リカルル手伝って!」
オルコトリアがリカルルを引き連れ、女神像へ駆けていく。
「奥方さま、いえ辺境伯名代さま。このまま話を進めても、よろしいでしょうか?」
お伺いを立てる、リオレイニア。
「はぁい、一向に構いませんよぉ――コココォォォォン!」
口から細い炎を吐く、ルリーロさま。
ヴッ――――ガッシャン!
魔法杖を出すな出すな、気が早い。
ぶわっさわっさと、太い尻尾を振りまわすコントゥル夫人。
湛えるは、月影の双眸。
昼日中には見えぬ筈の――月の光。
いつまでも見つめていると、いつぞやの遺恨が燻りだしそうだぜ。
おれは椅子ごと体の向きを変えた――ガタン!
向かいには饅頭を囓る、森の主さま。
「そうだぜ、この変異種どもの、詳しいことはわからんのか?」
そう尋ねると森の主の瞳が――ギュギュッ!
『(Θ_Θ)』になった。
角こそ生えてねぇが、獣の目になられると、一気に近寄りがたくなるな。
どうしたって角を生やした男の姿とか、山よりも大きな鹿の姿を思い出しちまう。
「樹界から見て、赤い月が昇る方、そして青い月が沈む方。そこに『(V)[゜H゜](V)』と『(`(∞)´)』のふたつの樹界虫が見えますか?」
あの獣の目は、おれの顔を見ているようで、その実、〝樹界とやら〟を見ているのだろうが――
「ん、今なんて言った?」
良く聞き取れなかった。
「赤い月が昇る方、そして青い月が沈む方ですか?」
「ぎぎっる?」「ぎゅる?」
首を傾げる、森の主母娘。
「その後だぜ」
「『(V)[゜H゜](V)』と『(`(∞)´)』のふたつの――?」
「ににた?」「りりら?」
さらに首を傾げる、森の主母娘。
「矢張りまるで、聞き取れん!」
迅雷わかるか!?
ふぉん♪
『>>いいえ。未知の言語による、未知の慣用句のようです』
駄目か。じゃぁ、おにぎりは?
さっきまで、その辺の壁を叩いて遊んでたが――居やがらねぇ!
ふぉん♪
『>>〝哺乳類形態音素解析〟もしくは〝鯨偶蹄目シカ科形態音素解析〟に類するスキルの収得を試みますか? Y/N』
わからん、ちょっと待て。
ゴロン――ゴチン!
珍妙な女が、空になった丼を持ち上げて――
ひっくり返した。
「ぎゃふん!」
机に頭から落ちる、美の女神御神体。
ふぉん♪
『シガミー>>お前さまも、遊んでないで話に参加しろや。一刻の猶予もないだろうが』
そうだろうが。




