716:ファローモからの依頼、大森林保全組合発足
「では、ファローモが恐れる、〝2つあると恐い物〟の討伐依頼ということで間違いは無いでしょうか?」
ざっと書き綴った受付用紙を、くるりと回して差し出す一本角の受付嬢。
「森の根源たる私に恐い物など、有りはしませんね?」
差し出された用紙を、くるりと回して突っ返す一本枝の珍妙な女。
だから何だぜ、その人ごとはよぉ。
「ふむふむ、なるほどーぉ?」
ぺらぺらと、紙の大きさが区々で不格好な本を捲る、コッヘル商会長。
口調と言い、虎の巻を捲る様子と言い――
何処か学者方にも通じる様が、五百乃大角に似てきたような。
「ふぅぃ――森の主さまが〝恐いから倒して〟と、言い出したんだろうが?」
そうだろうが。
ふぉん♪
『シガミー>なぁ、おにぎりよ?』
何が面白いのか通路部屋の壁を、ペタペタポキュポキュと叩いて回る――
黄緑色を睨みつけ、一行表示で問いただした。
「みゃにゃ。ぎゃにゃぎゃやー?」
首だけこっちに向けて、返事をする黄緑色。
ふむ、間違いは無いようだが――
ふぉん♪
『おにぎり>そうだもの。そう言ってたんだもの♪』
うん、風神を味方にするために取ったスキルのお陰か――
おにぎりの言ってることが、一行表示より先にわかった。
「恐くは有りませんし、そもそもこの森の命運は、樹界虫に任せるべきですね?」
樹界虫ってのは〝龍脈を体に宿した〟――つまり、おれのことだ。
あれ? おれ責められてる?
それにまた何か話が、ひん曲がってきたぞ?
ひん曲がる……「あっ!」
そういや、まえに瞼の裏で話をしたときに――
巨木の伐採を依頼されてたことを、今更ながら思い出した。
ヴッ――ゴトン♪
おれは受付嬢たちの間に、椅子を置いて割り込んだ。
「すっかり忘れてたが、まえに見せてくれた大森林の地図を、もう一回出せるかっ?」
あのとき見せられた巨木の数は――4、5本は有ったはず。
そして本数も然る事ながら、〝流れる川を堰き止めてた〟気がするぜ!?
「出来ますが、この姿で樹界虫を眠らせるのは、大変ですね?」
パキメギョ――森の主の着流しの袂が、ボコボコと蠢く!
まてまて、それでどうするつもりだ。
「やっぱり、瞼の裏じゃねぇと見られんのか!?」
目が開かなくなって、珍妙な男女が頭の中に姿を現した――あの状態じゃねぇと見られんらしいぜ。
着流しの袂から――――ぱき、ひゅる♪
生え伸びる若木は、迅雷の機械腕並みに、間合いが長い。
「まてまてっ!! 迅雷っ、何とかならんか?」
ヴッ――ジャリィィンッ♪
取り出した錫杖の鉄輪に、しゅるしゅると巻き付く蔓枝。
「さっきロットリンデが言ったけど、ファローモのご神託なら〝方陣記述魔法〟で――書き写せるけど?」
見れば村長が、あぐらを掻いて床に座り――
手のひらに指先で、何かを描いていく。
そういや村長口調が、すっかり鳴りを潜めちまってるぜ。
どうでもよい話だが、この定まらん感じが、やはり何処か――
ニゲルに通じるところがある。
「じゃ、大きく広げて見せるよ?」
立ち上がる村長。
その足下から光の紋様が湧き出して、おれが前に見た――
大森林の地図が、床に映し出された。
「「「「「「「なんか出た!?」」」」」」」
古代魔術と呼ばれる、光の紋様とかいうやつ。
見慣れないソレに、ガムラン勢が驚く!
「にゃぎゃやにゃー♪」
壁を探るのに飽きたらしい、おにぎりが寄ってきた。
ちなみに黄緑色は、女将さんに稽古を付けてもらって――
ある程度だが、光の紋様が使える。
「面白い物を見ていますニャー?」
「これは大森林の地図……でしょうか?」
古代魔術に惹かれるように、魔導騎士団付き顧問技師ミャッドと、その秘書マルチヴィルがやって来た。
古代魔術は、ほんの数十年前までは普通に使われていたと聞いている。
なのでこの世界最高峰の学者方でもある、彼らには其処まで珍しい物ではない。
「ココが現在地点ですらららぁぁん♪」
王位継承権ランキング第一位のラプトル王女殿下も、魔導工学技師として――
遙か高みに居る。つまり彼女にとっても、そう珍しい物ではないはずだが――
ヴォヴォヴォヴォヴォゥン♪
『水水水水水水水水水水水水水水水水水水水水水水水水水
岩岩岩木木木木木木木木木木木木木木木岩岩岩水岩岩岩
岩木木木木木木木木木木③木木木木木木木水水岩岩岩岩
岩木木木木木木木木木木木木木木木木水水木木岩岩草草
岩木木木木木木木木木木木水水木水水木木木木岩岩草草
岩木?木木木木木木木◎滝木木水木木木木?木岩草草山
岩木木木木木木木木木木木木木木水木木木木木岩草山山
岩木木木木木木木木木木木木木木木水木木木木岩山山山
岩岩木木木木木木木木②木木木岩岩水木木木岩岩草山山
岩岩岩木木木木木木木木木木岩岩岩岩木木岩岩岩草草山
岩岩岩岩木木木木木木①木木木岩木木岩岩岩魔物境界線
岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩道岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩岩山山山』
「なるほど、こいつぁ――おれが見たのと、同じ地図だぜ」
古代魔術の光の筋で描かれては居たが――
間違いなく此奴は、おれが瞼の裏で見た地図――
巨木の生える場所を示した地図と、同じ物だった。
「ふふん♪ ジュークは、やるときはやりますのよ♪」
大申女さまが、また肘でカフカ村村長を小突いている。
「痛っ、痛いよロットリンデ!」
やめてやれや……口から血を垂らしながら村長が、回復薬を取り出した。
がたん――そんな音に振り向けば――
「私が書いても宜しいのですけど折角、シガミーが居るのだから、お願いしようかしらね?」
悪漢ご令嬢と目が合った。
机の上に乗せられたのは、随分と立派な長さの板きれ。
傍らから、そっと眼鏡のメイドが差し出してきたのは――
筆代わりに使える、黒い筆。
§
『大森林保全組合本部詰め所』
さらり。
書いた側から、喜々として奪われたソレは――
『ファローモのお宿|(仮)』と書かれた大看板がある、表玄関とは別の――
小さな勝手口へ、勝手に立てかけられた。




