715:ファローモからの依頼、ギルドで承りますわ
「ふう、まったくもって事態がつかめませんけれど、ご依頼ということでしたら冒険者ギルドが間に入っても、よろしくてよ?」
ガムラン町随一の悪漢……じゃなくて、ご令嬢兼受付嬢が――
一枚の紙切れを懐から、ぺらりと取り出した。
覇気の無い青年が、真っ赤になった顔を背け――
王女殿下が、杓子を振り回し――
眼鏡の女が、下敷きと鉄筆を取り出した。
ここは〝大森林観測村④ファローモのお宿|(仮)〟内、女神像の間兼、臨時ギルド出張所。
つまり、女神像が有る地下通路部屋に、椅子と机を並べただけの場所だ。
「あっ、ちょっと――!?」
紙を後ろから、ひょいと掠め取るのは、名物受付嬢オルコトリア。
ガムラン姫ともども、わざわざ受付嬢の制服に着替えている。
『冒険依頼書/冒険者ギルドガムラン町支部
/受付担当者:リカルル・R・K■』
冒険依頼書には受付嬢の署名が既に書き込まれていて、コントゥル家の紋章印まで押してあった。
「では私が代筆させていただきますね――お名前をうかがっても?」
静かな物腰。近頃は〝ギルドの建物を壊す方〟として有名だが――
元々此奴は、仕事が出来て分別もあり、体格が良くて顔まで良い。
おれやレイダに狩りの仕方を教えてくれたりと、心根も優しいとくれば――
正に名物受付嬢と呼ばれるに、相応しいだろう。
ふぉん♪
『>>有り余る怪力と天狗に対する執着と、〝上空からの攻撃に過剰に反応すること〟を除けば、至って優秀なギルド職員です。冒険者としての名声も〝聖剣切りの閃光〟へ所属したこともあり、上々のようですし』
うん、全部ひっくるめても……オルコは良い奴だ。
跳ねっ返りのお目付役として小言を言いつつ、書類仕事なんかを変わってやる所は、ガムラン町で何度か見かけた。
けどひょっとしたら、こうして受付仕事を買って出たのには――
先の狙撃に対しての、謝罪のつもりも有るのかも知れない。
「私の名は――ファローモのファローモです」
名乗る森の主。
「ぎゅぎぎぎぃ?」
鳴く森の主、第二子。
「そーだよ、ぎゅぎぎーだよ♪」
妹を膝に乗せ、かわいがる様子の第一子。
「そろそろ、放して欲しいなぁ――シガミーちゃぁん!?」
だれがシガミーちゃんか。
妹さまに袖口をつかまれ、身動き出来ない様子のレトラ嬢。
また取っ捕まったのか……ふぅ。
こんなのわぁ、どっかで見たことがあるぜ。
ふぉん♪
『>>タター・ネネルドの手に纏わり付く、天ぷら号の尻尾のようです』
そう、ソレだぜ。
仕方がねぇから、椅子を取り出して――ヴッ♪
ストンと座らせてやった。
下手に近づくと森の主の娘たちに、おれまで取っ捕まりかねねぇから――
グルッと回り込んで、机から距離を取り――リオレイニアの背中に隠れる。
「ファローモノファローモ……ええと? ファローモって言うのは種族名よね?」
「どういう綴りかしら?」と、受付仕事の初っぱなから躓く鬼娘。
整った顔に困惑の表情が浮かび、その目が泳ぐ。
「それどこかで、聞いたことありましてよ?」
首を傾け思案する悪逆令嬢。
「ほらジュークが見た景色をっ、ピクトグラムに描いてっ、商会長たちがっ――」
隣に立つジューク村長を、肘で小突く大申女。
「痛い、痛いっ! そっ、それなら覚えてるよ。たしかココに入れたまま――」
村長が脇腹を押さえながら、腰に縛り付けた頭陀袋を、ちょいと開けた。
魔法具箱の縁から引き抜かれたのは、ボロボロになった紙。
「お寄越しなさいなっ!」
それを奪ったロットリンデが、机の上に広げる。
「「「「「「「「「なんだなんだ?」」」」――ららぁん?」」」」」
興味のなさそうな森の主たちと、身動きが取れないレトラ以外。
全員で、二枚並べた紙ぺらの、ボロボロの方を覗き込んだ。
『私はファローモ成体です。
私の子供がフカフ村に療養しに行きます。
私の子供に何かあったらフカフ村まで、
また迎えに行くことになるでしょう……私が
かしこ』
その文面を鬼の娘が、ざっと読み上げた。
「何だぜ、そいつぁ?」「手紙のようですが?」
首を傾げる、おれたち。
「こりゃ、あの時の――」
そんな女将さんの声が、すぐ隣から聞こえた。
「知ってるのか?」
おれはリオレイニアの尻を押し、テーブルに歩み寄る。
「詳しくはわからないけど、たしか森の主の、ご神託さね」
ご神託……そういやウチの女神様は何処だ?
ふぉん♪
『>>茅野姫と一緒に、厨房へ行くと言っていました』
まだ食い足りんのか、彼奴わぁ。
「ふふん小猿、聞いて驚きなさいな。ジュークは何と、神獣森の主の言葉を人の言葉にして書き写せますのよ……そうでしたわよね?」
胸を反らせ威張る悪逆令嬢が、村長を振り返る。
神獣と呼ばれるくらいなら、ご神託くらい寄越すこともあるだろうが――
「ファローモの言葉と言われてもな。普通に話が出来てるじゃぁねぇかよ?」
大人しく椅子に座る、森の主の群れを見た。
「はイ。現状にオいて73パーセントノ正確性ヲ持ッて、音声にヨる意思疎通が図レています」
だろぉ、迅雷もこう言ってるぞ?
「はい、娘を通じて人の言葉を覚えました。いまではこうして直に、話せていますね」
『@』が入った着流しの珍妙な女が、まるで――
人ごとのような口ぶりで、そう説明した。
娘を通じてってのは、恐らくあの――
おれが瞼の裏で〝ファロコと出くわした〟ときの事を、言ってるんだろう。
丁度、おれたちで言うところの、画面の中の梅干し大。
ふぉん♪
『>>はい。私のファイリングシステムや、女神像ネットワークを介した一行表示に似た長距離間通信を、〝森域〟や〝樹界〟というファクターを持つファローモたちは有していると思われ』
うむ、そういう……ことだな……完全にはわからん。
「ティーナさん……商会長が言うには、〝詠唱魔法を方陣結界に翻訳する能力〟らしいよ。使い道は殆どないけどさ」
村長がボロボロの紙を、大事そうに仕舞い込んだ。
「呼・ん・だーぁ?」
ボバボーンとした体つき。
とても、ひ孫が居そうな歳には見えない、女将さんの母親。
大森林において、実質最高権力者らしい――
コッヘル商会商会長さまが、のほへーんと姿を現した。




