713:ファローモからの依頼、毛色と毛並みと板ぺら
おれを見下ろすのは、星神茅野姫。
その目がチカチカと、光を帯びて――へちり♪
勢いがまるでない手刀が、額に振り下ろされた。
ぶちぶちり――頭から抜け落ちた物が、ごろごろろろっ♪
辺りを転がる気配。
「いやぁー又、立派な果物が、取れたねぇ♪」
いつの間に戻って来たのか、女将さんの声がした。
見れば大きな果物を、抱えてやがる。
こんなことがぁ、前にもあったぞ?
「ほら娘よ、あなたも頂きなさい」
手近な桃みたいなのを、つかみ取る男の声の女。
「娘?」
森の主さまの娘といやぁ――
「ぎにゅるりぃぃぃぃ?」
頬を膨らませた若い女が、傍らに立っていた。
「うわっ!? どっから出やがった!?」
ファロコだ。また片目が『Θ』をしている。
「顧問っ! 居ましたわ!」
「本当かニャ――!?」
「レトラベラ君に、もしもーのことがあったら――!?」
騒々しい声を張り上げ、顧問技師と顧問秘書――
それと1年A組担任ヤーベルトが、客間へ飛び込んで来た!
秘書の手には――――カラカラッ、グルグルグルグルルルッ♪
格子で出来た丸い玉に、取っ手が付いた魔法具。
その中に浮かぶ光の針が、こっちを向いてやがる。
ふぉん♪
『シガミー>>おい、秘書さんが持ってる魔法具は何だぜ?』
ふぉん♪
『>>恐らく、〝森域〟や〝樹界〟といった〝大森林〟や〝森の主〟にまつわるファクターを検出し、追跡するための魔法具であると思われ』
動体検知みたいなもんか。
「ぎゅにーっ? レーラの分とフィーコの分と……あと、ミャドーとマーチとセンセーの分――」
果物を拾う手。全部で6個欲しいようだが……片手じゃ無理だろ。
「ぅぴゃぁぁ――ここわぁ、どこぉー!?」
ふさがったファロコの、もう片方の手には――眼鏡を掛けた子供が抱えられている。
「ぎにゅりぃ――?」
そして眼鏡の子供の首には、矢鱈と毛の多い赤子が張り付いていた。
その小さな手が、此方へ伸ばされた。
おれはおれから生ったらしい果物……多分、桃の小ぶりなのを――
一つつかんで、持たせてやった。
すると、木の葉のような小さな手が――
果物とおれの手から、離れなくなった。
§
「ちょっと目を離した隙に、何と面妖な――しゃくしゃく、もぐもぐ!?」
自分の娘が知らぬ間に、〝倍に増えた〟のだから――
森の主ファローモ、その成体が驚くのも無理はあるまい。
額から小枝を生やし、『@』の入った着流しを着ている。
「ギャニギャッ!? 本当に面妖ニャ! 幼体ならいざ知らず、大森林の気象をも司ると言われる、成体ファローモが人の姿に化けるとは――!?」
猫耳族であるミャッドが遠巻きに、森の主を観察し始めた。
彼の職業は、〝魔導騎士団ギ術開発部顧問技師〟だ。
顔や手先に見える毛色は、明るい緑色。
肩から橙色の布を、垂らしている。
橙色の布は、魔導工学技士で有ることの証。
ふぉん♪
『人物DB/ミャニラステッド・グリゴリー
ラスクトール自治領王立魔導騎士団魔術研究所ギ術開発部顧問技師』
顧問氏が――キュルッキュラ、ガッチャガチャンッ♪
大人3人を乗せた〝地を走る乗り物〟の、鎌首をもたげた。
あの平たい箱は、彼が使う魔法杖だ。
ルコル少年の〝走る椅子〟や、お猫さまの手甲。
工房長の金槌に、王女殿下の杓子。
工具や乗り物になる、変わり種の魔法杖は――
その全てを魔法具の妖精、ケットーシィが作っている。
「こ、顧問!? お、落ち着いて下さい――!」
ふぉん♪
『人物DB>マルチヴィル・エリミネフ
ラスクトール自治領ギ術部顧問秘書官』
踏み台のように高くなった、ミャッドの魔法杖が――
ガシャガシャ、チャキャチャキャチャキャチャッ!
人が通り抜けられるほどの、大きな輪を形作った。
顧問秘書が泡を食うってこたぁ、あの踏み台の先に付いた輪っかは――
並みの物ではないのだろう。
十中八九、碌でもないことを、しでかしてくれそうだぜ。
森の主の娘たちを追いかけるのに使われた、丸格子の魔法具を――
顧問秘書からひったくる、顧問氏。
丸い輪の中央、垂れ下がる鎖へ――――ガチリッ!!!
ポヒヒヒヒヒィイッ、ヒュシュッヒヒュルルルゥウルッ――――♪
何かの音と魔術の神髄が、輪の真ん中に集まっていく!
「(森を脅がす――龍脈の゛乱れ――幼体が泣いでいる――約定は果だされだ――――)」
ギィン――ぐわあぁっ!
森の主の姿が、男の姿へと変わっていく。
「待て待て、待てやぁっ――――痛゛ぃいだっだだっ!」
鋭く重く、おれの脳天を貫く――男の声!
大角を生やし、両目が『ψ(ΘWΘ)ψ』になってやがるぜっ――!?
『(Θ△Θ)』『(Θ曲Θ)』
森の主の娘もぉ、いい加減、手を放せやぁ!
姉の方がレトラを抱え、妹の方がおれの腕をつかんで――
まるで離しやがらねぇ!
「シガミーちゃぁん!?」
だれがシガミーちゃんか!
しかし、お前さまには色々と任せっきりで、悪いことをしちまった!
ファロコの妹が落ちないよう、必死に抱えている様子を見れば――
彼女が森の主の娘たちを、無下に扱ってないことが、わかるからな。
ゴドガァァンッ――――「今度は、何だぁ!?」
窓の外に何かが、ぶち当たったようだ。
建てたばかりの旅籠屋が、ぐらぐらりと揺れ――
「グゲッゲゲゲゲゲゲッ――――!?」
風神の鳴き声まで聞こえてくる!
くそう、ぐぐぐぐっ!
森の主の念話を聞いたからか又、頭が重くなってきた。
もう駄目だなっ。こんな時に、五百乃大角め――
何処、行きやがった!?
バキバキメギッ――――ガッチャァァンッ!!!
窓を突き破り、飛び込んで来たのは――
「みゃぎゃにゃぎゃぁぁぁぁぁぁあっ――――――――♪」
大きな手甲を突き出す、ひょろ長い体。
「みゃひゃにゃやぁー?」
俄に立ち上がった、おにぎりの後ろ頭。
すっぽここここここぉぉぉぉぉっぉんっ♪
魔法杖が炸裂し、黄緑色が廊下へ――すっ飛ばされた!
「「「きゃぁぁぁっ――――!?」」」
おにぎりの嵩張る体が、顧問氏たちを、なぎ払う。
ぐるんと回転、平机へと降り立つ――
青色の毛並み。
「おや? 〝ヴァロルフォグル・オルネコー〟とは、随分と珍しいですね?」
珍客の登場に、気でも削がれたのか――
森の主が、珍妙な女の姿に戻った。
「みゃにゃぎゃにゃぎゃにゃ、にゃぁーぎゃにゃにゃぁぁニャァ♪」
くるくるくるくるるん、ぱたん♪
魔術師の格好をした、お猫さまの足下へ落ちる、おにぎりの文字盤。
んぎぎぎぎっ。
重い頭を捻り、木板を覗き込む。
ふぉん♪
『>あんな猫の中の猫と我輩を、
一緒にしないで頂きたいニャァ♪』
表示されたのは、そんな文字だった――まったく。
〝オルネコー〟てのは……偉いのか、偉くねぇのか――
さっぱり、わからんなぁ。




