706:第四の大森林観測村現る、大浴場にて
「しかし、目のやり場に困るぜ――」
此処は大浴場。香りの良い木の湯船。
飯の支度が済むまで、もう少しかかるって言うんで――
おれたちは先に、風呂に浸かることになった。
童どもが全員一度に入ったとしても余るくらい、広くしておいて命拾いしたぜ。
「シガミー、どーしたの? そんな隅っこで」
折角、じっと壁を見てたのに、レイダめ。
おれを目立たせるんじゃねぇやぃ!
童どもわぁ、おれと大差ねぇから、何ら困らんがよぉぅ。
「あら、そんなところにいたのね、シガミー。こっちへいらっしゃいな、体を洗って差し上げますわ♪」
ぶるるるるぅーん♪
仁王立ちの、ガムラン代表。
「ばかやろうっ! ちったぁ、慎みって奴を持たんかっ――!?」
こりゃぁ駄目だぜ、豪華絢爛な体つきを――
こうも堂々と、さらけ出されちゃ――
いくら坊主でも、とても正気では居られん。
おれは壁に張り付き、助けを請う。
ふぉん♪
『シガミー>>迅雷、助けろ!』
「子供が何を、言っていますの。小猿、こちらをお向きなさいな♪」
やめろ、何だこの怪力わぁっ!?
ぶるるるるぅーん♪
こっちも駄目だった。
おれは目を閉じ、もう一度助けを請う。
ふぉん♪
『シガミー>>誰でも良いからぁ、助けてーっ!』
「目を、お・開・け・な・さ・い・な?」
頭をつかまれ、無理矢理に両目を四本の指で――
ぐりぐりと、こじ開けられた!
ぶるるるっ、ぷるるるるぅーん♪
そこそこの歳のはずだがぁ――
まるで生娘みてぇな、体つき。
日の本生まれと言ってたが、香味庵の女将とわぁ――
まるで違うじゃねぇかぁ!
あの気が弱そうな村長わぁ、こんなのを相手にしてやがるのか!?
「わかった、手を放せ!」
じっと令嬢どもを、正面から見据えた。
ちゃぷちゃぽん――湯船に走る緊張。
離れる手、よし!
「ウカカッ――おれぁ先に出――」
腕をガシリと、つかまれた。
誰の手かはわかる。
「シガミー、折角の温泉ですし、体の芯まで温まっていかれては?」
猪蟹屋の紅一点、美の女神すら虜にする彼女。
その厚みのない体つきをした彼女から、後光がさして見えた。
「後生だ、見逃し――」
いけねぇっ――――正面から、見ちまったぜ!
生来のあまりの美しさに、〝魅了の神眼〟スキルと化した目力。
只者であるはずの、彼女の肉眼に宿る――
暴力的な〝邪視〟の発露。
眼鏡着用時の彼女は、素敵ではあるが――
此処まで心を惑わす存在では、ないのだ。
その光は彼女の在り方を、際限なく――
どこまでも魅惑的に、捉えさせてしまう。
その常時発動するスキルを、押さえるために作ってやった眼鏡も――
ふぉん♪
『>>はい。防水防滴であっても、風呂では外すことを考慮していませんでした』
リカルルやロットリンデや、女将さんに商会長。
あの辺のあられもない姿を、見た後じゃぁ――
リオの均整の取れた、慎ましやかな肢体。
そんな程度じゃぁ、動じることもあるまいと――
高を括っていたのだ。
彼女の、薄い胸や腰回りを――
直線的に滴り落ちる、水滴。
その一滴が、芳しく艶やかな――
紅の花弁を伝う、朝露のように感じられる。
奴の肌の解像度に、吸い込まれ――
目が離せなくなった!
ふぉん♪
『>>他の女性や子供たちは、シガミーほどには影響を受けていないのは、迅雷式隠れ蓑製のタオルを、リオレイニアが頭に巻いているからと思われますが』
彼女が正面から、おれを見たのは信頼の証と思うがぁ――
生憎とぉ、シガミーの中身わぁ――
齢四十の爺だぜっ!
しかも酒に女に博打三昧、後の世じゃきっと――
破戒僧猪蟹なんて、呼ばれただろうおれがぁ――
この艶やかで平らな肢体を前に、耐えられる訳があるまい!?
後光さすリオレイニアを、隠すように――
ぷっかぁ――ぽぎゅりーん♪
湯を流れてきたのは――
「みゃぎゃにゃぁー♪」
おまえ、おにぎり!
湯船には、浮かぶことしか出来んだろうに――
何で風呂場なんかに、居やがるっ!?
そもそも、モフモフ村に置いてきた、筈だろぅが!?
ふぉん♪
『イオノ>>お礼は後ほど、そうわね。夕食後のデザートを一品追加で、手を打ちましょお♪』
御神体さまの差し金か、超助かったぜ!
ふぉん♪
『>>シガミーが温泉旅館を建てるのに、苦労していたので呼んだのですが、順路検索の一部にバグがあり現在地への到達が、やや遅れました』
何を言うか、上等だ。
ふぉん♪
『シガミー>>ここから逃げるぞ』
正に〝地獄に仏〟とは、このことを言うのだろう。
「みゃにゃぎゃぁー♪」
湯面に、ぽぎゅりと立つ黄緑色が――
リオの手を手刀で、叩き落とした。
怯むリオレイニア。
見つめ合う、おれたち二人と一匹。
おれを小脇に抱えた奴は、庭石や庭木や柵なんかを――
ぽぽぽきゅきゅーんと蹴り飛ばして、外へと逃げ出した。
§
上を下への大騒ぎ。
たまたま騒ぎを聞きつけた、うだつの上がらない風体の二人。
つまりニゲル青年と、ジューク村長を――
手も足も使わずに、伸して見せた……いや――
見せて伸した、ご令嬢たちは――
スゴスゴと脱衣所へと、帰っていった。
そして三階、客間付きの湯船に、駆け込むなり――
とぷりと浸かる、黄緑色。
「何だぜこの、お湯わぁ!?」
おまえ、どうやって――お湯に沈んだぁ?
頑丈な袋である強化服は、早々沈まないはず。
二つの月の光が、混ざったときと同じ色。
蘇生薬と同じ、おかしな色の湯が揺らめく――ちゃぽん♪
「やっとお出ましとは、樹界虫も――偉くなったものですね」
その湯には先客がいて、それは男性の声をした女性だった。




