705:第四の大森林観測村現る、ご令嬢たち
「ガムラン町温泉街と、ほとんど変わりませんわねー♪」
その出で立ちは、町中を歩く時のやや質素なドレスの上から、ニゲルみたいな簡素な防具を付けている。
ガムラン町の代表でもなく、辺境伯令嬢としてでもない――
ふぉん♪
『イオノ>>まぁ、お忍びわね』
まぁ、そういう格好だわな。
そんな狐耳の腰には、いつもの細身の豪奢な剣ではなく――
おれが拵えてやった、血色の柄巻の脇差し。
鍔刀としちゃ短いそれも、こうして見りゃぁ――
ご令嬢が持つのに丁度良い、長さかも知れん。
「リカルルさん、これはどのように使う物ですの?」
片や今日は、上から下まで黒装束。
魔術師の尖った帽子に、全身を覆う外套。
その下には胸当てや道具を吊した革紐なんかを、ガチガチに着込む大申女。
どうも、〝蟹〟が出た事を知っての、出で立ちらしい。
「レーニ……リオレイニアさん、これはどのように使う物なのかしら?」
やや目つきの宜しくない狐耳の冒険者風が、余所行きの気取った声で尋ねる。
「ふぅ、では僭越ながら、ご説明させて頂きます――ヴヴヴウヴヴッ♪」
大森林の奥地と言うことで、既に戦闘態勢のメイドが――
下駄箱の使い方を、お嬢さま方へ指南する。
「あらまぁ、そんな仕掛けになっているのですね♪」
「ほんとう、こんな板一枚が鍵になるなんて、くすくす♪」
お嬢さまたちは、少し年が離れてはいたが――
まるで姉妹のように、仲睦まじくしている。
「おい、レイダ?」
おれは物陰に屈み込み、生意気な子供を呼びつけた。
「なぁに、シガミー?」
おれの隣に同じく屈み込む、生意気な子供。
「ありゃぁ、どーしたことだぜ?」
姫さんたちに、親指を向けてみせる。
「えっとね、もとからリカルルさまは……ひそひそ……ロットリンデさんのことが、好きだったみたいだよ?」
レイダの息が、耳にかかってくすぐってぇ。
「何それ、初耳だが……ひそひそ?」
お互いに町と村を挙げての、一触即発。
いつ戦が始まっても、おかしくなかっただろうが?
一応は蜂女が勝って、決着が付きはしたがよぉぅ。
「ふぅ――それは僕が、説明するよ」
ニゲル青年が、屈み込むおれたちの輪に混ざった。
「僕がリカルルさまに言われて引いてた、荷車を覚えているかい?」
膝を突き合わせる、おれたち。
「リカルルさまが、憧れのひとに渡すって言ってましたわね?」
大食らいの童が、菓子をボリボリと貪りながら、やって来た。
「そう。持ってきた荷物は全部、〝けいこくのまもの〟に出てくる物なんだよ」
は? 傾国の魔物……っていやぁ絵本にまでなった、悪女の話だろぉが?
そいつぁ、ロットリンデさま本人だって話じゃなかったかぁ!?
「お返しに、もらったのが――」
背中に背負っていた、大きめの収納魔法具板から取り出されたのは――
角が生えたモッサモサ。
鹿みたいな絵が描かれた紙袋。
それはビステッカが手にした、菓子袋と同じだった。
「私も、もらったわ♪」
何時の間に来たのか、動じない子供の手にも菓子の袋。
「「「「「僕も♪」」」」」「「「「「私も♪」」」」」
わいわいわい、がやがやがや。
「ばかやろう、こんな大所帯で……ひそひそひそ……内緒話がぁ、出来るかってんだぜ!」
あ、件のご令嬢たちと、目が合っちまった!
§
『リカルルさまへ――悪逆令嬢ロットリンデ♡』などと書かれた厚紙。
そんな物を、大事そうに取り出す青年。
此処は二階の休憩所。
小さな長机に、足の短いフカフカの長椅子。
命からがら、逃げ果せたのは――
おれとニゲルと、サキラテ家の動じない子供。
やはりこのリオレイニア縁の童は、隠形の術を会得してやがる。
おれやニゲルの逃げ足に並ぶとなれば、一端のもんだぜ。
「するってぇと、リカルルさまは……ずっと憧れていた傾国の魔物さまを相手に――」
悪女に憧れるってのも、含めて――
其れは、何というか――
「そう、初めて会うなり、事もあろうか――」
苦渋の表情を、浮かべる青年。
「喧嘩を売った……のね。ははは、はぁ」
コントゥル家に長年仕えてきた、サキラテ家の子供。
おれたちよりかは、悪漢令嬢の人となりを、良く知るであろう子供が――
呆れた顔で、笑ってる。
「実に、ガムランの姫さんらしいな」
色紙とか言う厚紙を、眺める。
『リカルルさまへ――悪逆令嬢ロットリンデ♡』
フカフ村やロコロ村で、見てきた感じから――
こういう物も、見世物のウチなんだろうな。
その意味は、わかったが――
「此方は、何でぇい?」
菓子袋を見つめた。
モサモサ鹿の絵が描かれた、煎餅の袋。
紙袋をニゲルが、裏返した。
『王家御用達、高級菓子店ロットリンテール』
こいつぁ、リカルルが好物と言って執心してた、王都の菓子屋だろぅ――
「まて、ロットリンテール?」
しゃらあしゃらした名だから似通ってるんだろうと、気にもしてなかったが。
そうだった。森の主と瞼裏で話をしてたときに――
そんな話を聞いたことを、すっかり忘れてた。
「そう、あの高級菓子店の、お菓子を作ったのは、ロットリンデさんらしいんだよね」
なんと言ったら良いのか。
覇気のなさでは定評のある、ニゲル青年を持ってしても――
そりゃぁ、今まで見たことがないような、呆けた顔くらいするだろうぜ。
がらがらりっ♪
二階の窓を開き、飛び込んで来たのは――太く長い魔法杖。
それは凄腕メイドを従えた、渦中の令嬢人たちだった。
「何ですの小猿、ウチの菓子に何か文句でも?」
杖から飛び降り、くるくるスタン!
ポキポキと鳴らされる拳。
「そうですわね、ニゲル。貴方は何年コントゥル家に仕えているのかしら、たるんでいましてよ?」
青年は辺境伯家に、仕えているわけではない。
執事服を着ているのは、猪蟹屋標準制服の男性用が――
コントゥル家の制服を、真似て作られたからだ。
「ヴィヴィー、サキラテ家の技は、みだりに使ってはいけないと、いつも――」
おれたち三人は、茅野姫が飯の支度が出来たと――
呼びに来るまで延々と、小言を聞かされた。
気づけば外は、とっくに暗くなってて――
「グッゲゲッ♪」
窓から顔を覗かせた風神の目が、ギラリと光を放った。




