７０１：料理番の本懐、決着そして蟹コロ
「みゃぎゃにゃやぁー？」
流れるような、おれの斬撃を――
生意気にも、全て躱した黄緑色。
その目立つ色合いが、追撃する！
ぽぎゅむむむぅんっ――ふすっ♪
猫の魔物風の手刀を食らった、青蟹の体が――
「ぅぎゃっ!?」
薄皮みたいにぺしゃりと、伸されちまったぞぉぉ!?
ふぉふぉふぉん♪
『超特選洞窟蟹【やわらか～い】／
鋏脚と甲羅を持つ、十足。食用甲殻類としては、大型種。
脱皮直後の甲羅は、とても柔らかく、物理・魔法共に脆弱。
殻ごと食べられるため、調理法は多岐にわたり、高額で取引される。
身だけでなく内蔵も美味で、濃厚な天然のスープとなるが、
この時期の鋏脚と甲羅は、素材としては無価値。』
迅雷が表示したのは、そんな食材情報。
「はぁはぁふぅひぃ――だ、脱皮直後だぁとぉぅ!?」
厚みを無くした蟹は白っぽくて、本物ではなかった。
「ぎゃにゃにゃやー!?」
抜け殻を引っつかんで、ぶわっさと翻すおにぎり。
おれの太刀が、ガチャリと落ちる。
ふぉん♪
『イオノ＞＞素敵わね。超素敵わね？』
その言葉を聞くのわぁ、二度目だがぁ！
いくら念を押されても、もう、いけねえやぁ。
「はぁふぅひぃ――うぇぇっ！」
精根尽き果てたぞ。
口から出る物も、とうとう無くなっちまった。
こんなことなら、普通に錫杖で――
二の型でも、撃っておくべきだったぜ。
太刀を持ったら、なんか血が滾っちまってな。
がざささ、むっぎゅるりゅ――すぽぉん♪
そんな面白ぇ音に、首だけ持ち上げたら――
浅黄色の……うっすい色になった大蟹が――
狭い岩穴をくぐり抜けて、逃げていくところだった。
§
「ふぅ、特大蟹め。逃しちまったぜ」
とは言うものの、もう追いかける気力はねぇ。
「でももう、この村にはー、近寄らないと思う、ぜー♪」
「「「思うよ、イェエー♪」」」
「「「思うわ、イヤフー♪」」」
蟹が居なくなったからか、村人たちが普通に喋ってやがる。
全くカクカクしなくなった、訳ではねぇけど――
つられてカクカクしなくて済むから、楽で良い。
ふぉん♪
『＞＞洞窟蟹という村の脅威が、こうもおいしそうに食卓に並んでいれば』
ふぉん♪
『イオノ＞＞そりゃ、浮かれもするわよぉん♪』
真っ赤な蟹の甲羅を前にして、一番浮かれているのは――
他ならぬ美の女神御神体さまで、ある訳だが――
それは、いつものことだ。
村人が集まったのは、おれたちが間借りした倉庫――
の横に建てた、布で出来た掘建て小屋の中だ。
倉庫は女神像に、風神に、蛸之助と満員で――
とても食堂を広げられなく、なっちまったからな。
根菜がテーブルの上を、ごろんごろんと転がり弾み――
その、お気持ちを表明している。
「ザザッ――シガミーッ♪ これが、蟹のハサミとオニオーンを揚げた、お料理ですのねー？――」
大窓の向こうから、巻き髪の童が大声で捲し立てる。
其処に設置されたのは、女神像に繋いた特大の黒板。
その中に見えるのは、大食らいの童の顔。
念願の〝目に染みる丸葱〟を入れて、ちゃんと作ったそれは――
「あら、素敵なお味ですね？ プププー、クースクス♪」
「「「「「「「おいしーよ、シガミーちゃん♪」」」」」」」
とても評判が良かった。
多分、材料を獲りに、モフモフ村まで――
定期的に、かり出される事になりそうだ。
「ギャーッ!? 蟹!? みなさまっ、すぐに逃げてっ――!?」
ビステッカや星神の後ろから、此方の様子を覗き見た大申女が――
恐らく、テーブルに並べられた巨大な――
真っ赤に茹で上がった、甲羅を見て倒れた。
「まだ洞窟村には、行けないの？」
なんて生意気な、子供の声もする。
「えーと、何だかの何だかで――ちゃんとした扉を付けるのに、時間が掛かるんだそうだ……な？」
ヴォヴォヴォゥゥン♪
「はイ。地表ヲ覆う苔カ何かノせイで、女神像ノ全機能ガ解放さレて、いませんので」
空飛ぶ棒が唸りを上げ、空中を漂う。
「そうだニャー……もぐもぐ……明日、中継器を地上に建てるから……もぐもぐ……ソレまで待って欲しいニャー♪」
猫の手を油まみれにして、蟹鋏み揚げ団子を貪る猫の魔物。
わからんが。明日までは――
女神像の背中から飛び出す、小さな平手。
「シガミー？ 聞いてるー？」
声からすると多分、レイダだ。
今のおれに出来るのは、その手の上に――
出来たての蟹芋揚げを、のせてやるくらいしかねぇ――
「なんか通れそーだけ――通れた♪」
女神像の背中に、五百乃大角が浮かべた浮かぶ球×４。
その間には、陽光を映す水面のような。
ギラギラした光を放つ、あの小窓は――
女神像ネットワークを介して――
ロコロ村と繋がっている。
さっきまでお猫さまと一緒になって、御神体が何かやってたが――
とうとう御神体がついてなくても、小窓が使えるようになったらしい。
ガチャッ！
「痛ったい！ 何すんのシガミー！」
皿を取りに目を離した隙に、事もあろうか――
子供の手は引っ込み、代りに生意気な顔をした子供の首が。
「うひぃっ――!? そりゃ、此方の科白だぜ！」
本当に、恐ろしい奴だな。
「まったくもう！ 途中で引っかかって、抜けなくなったらっ、どうするつもりなのですかっ!!!」
ロコロ村で慌てるリオの声が、黒板から響き渡る！
阿呆の子供を、どうにか引っ張り出して――
事なきを得たが――
「レイダちゃんばっかり、ずるい！」
「私も洞窟の森に行きたい！」
「僕も！」「私も！」
わわわわわわわわわい――うるせぇ。
がややややややややや――うーるっぅせぇ。
「やかましい！ 危ねぇから、駄目だぜ！」
ふぉん♪
『シガミー＞＞五百乃大角ぁ！ その小窓ぉ、切っとけ！』
ヴォヴォゥゥ――ブッツンッ!!
小窓を形作っていた、陽光が消えた。
ったくよぉ。
「来ちまったもんわぁ、仕方がねぇ――折角だから、蟹食えやぁ、蟹ぃ」
鋏の殻を割って、剝き身を皿にのせ――
蟹味噌とやらを、掛けてやった。
「「「「「「「「「「「「「「「ずるぅーい!!」」」」」」」」」」」」」」」
明日には、お前らにも食わせてやれるだろうから――
「今日の所は、さっきの蟹芋揚げで我慢しとけやぁ」
蟹の身は嵩張るから、小皿で手渡しはしてられん。
ふぉん♪
『イオノ＞＞〝カニコロ〟わよ、もぎゅもぎゅもぎゅ！』
「（〝蟹殺〟す!?）」
ありゃぁ、そんな恐ろしい名のぉ、食い物だったのか。
ふぉん♪
『＞＞シガミー。戻す訳にも行きませんので』
ヴッ――ぽきゅむん♪
迅雷が強化服虎型を、取り出した。
そうだな。
まだ別の大蟹が出てこないとも、限らんからな。
「食い終わったらで良いから、レイダは此奴を着ておけ」
虎型を見た子供が――
「もっぎゅもっぎゅもぎゅ――ほへ、へははひ、ほようはふいへへほ？」
口いっぱいに頬張る、生意気な子供。
何言っとるかわからん……と言いたいところだが。
ふぉん♪
『シガミー＞＞〝それ背中に、模様が付いてるよ？〟だな』
何でか、わかった。
