697:料理番の本懐、洞窟蟹は超強敵
「ブクブクブクブブブッ――――!?」
ギャギギッギ、ずざざぁぁと、片腹を引きずる大蟹。
「後は苦しませぬよう、一撃で屠るだけ――ニャァ?」
ぽきゅぽきゅむんと、大蟹に取り付いた所で――ジャギン!?
おれは、刀を止めた。
五百乃大角の注文は、「こぼすな」だ。
けど甲羅を二つに出来ないとなると……どうやって仕留めりゃ良いんだ?
ふぉん♪
『解析指南>甲殻類の内臓をこぼさず調理するためには、外骨格の損傷を避けて下さい』
難しいことを言うなぁ。
ふぉん♪
『ヒント>甲殻類の絞め方/目の内側から切り込み、内部の神経節2箇所を破壊して下さい』
ヴォォゥゥン♪
表示されたのは、蟹の絵。
ピ・ピ・ピ・プピッ♪
目の側から伸びた点線が、甲羅の中まで進んで止まった。
なるほど正面から目の横を、真っ直ぐに突き込みゃ良いんだな?
ガチガチィィン――鋏を鳴らす蟹。
片側の足を斬られ、動けなくなった相手だがぁ!
気を抜いたら挟まれて、此方が身動き取れなくなりかねん!
全身全霊で、居合いを放つ――|シュッカァァン《みゃにゃぎゃぁ――ニャァ》!
ごと、ごどん――鋏を落とした。
すぽん――ヴヴッ♪
太刀を仕舞って、いつも使ってる長包丁を出した。
「ウカカカカッ、往生しろ――ニャァ♪」
刃先が突き抜けちまったら、甲羅が割れちまいかねねぇからな。
つぅおりゃっ――!!
シュカカン――――ガッ、ギィンッ!
やべぇっ!
甲羅があまりにも硬くて、両方とも折れちまった!
「ゴチャギ、ギッィィィィッ!?」
ゴドズゥン!
「ふぅ――ニャァ♪」
何とか仕留められたが――すぽん♪
折れた包丁を、指輪の魔法具に格納し――
ヴッ――ぱしん。
元通りになった包丁を、取り出す。
短くなった気が……しないでもない。
「(おいこれ欠けた刃が、蟹の甲羅の中に残ってねぇかぁ?)」
欠け一つ無く、つなぎ合わされても――
折れた分の目方は、ちゃんと目減りする。
ふぉん♪
『解析指南>〝食物転化〟スキルを使用することで、食材としての安全が確保されます』
硬ぇ食い物を柔らかくしたり、苦さやえぐみを取り除く他にも――
そんな使い道があったのか。
「おにぎり、この蟹を仕舞っておいてくれやぁ――ニャァ!」
あ、其方のお前が伸した奴も、忘れるなよ。
甲羅が割れて、ひっくり返る蟹を、おれは指さした。
ビステッカと約束した、蟹と芋を揚げた料理を作る為にも――
食材は幾らでも、必要だからな。
さて――がさがさ、カチャカチャカチャ♪
岩壁に空いた穴から、這い出てきたのは――
さっき穴の奥に見えた、別の蟹。
そして、壁に灯る『▼▼▼』『▼▼▼』『▼▼▼』
三つの気配。
ゴゴゴゴンボゴゴゴン、グワラララッ!
ゴゴゴゴンボゴゴゴン、グワラララッ!
ゴゴゴゴンボゴゴゴン、グワラララッ!
壁に三つの穴が開いた。
「あー、穴だらけに、しちまいやがって――ニャァ!」
がさがさ、カチャカチャカチャ♪
がさがさ、カチャカチャカチャ♪
がさがさ、カチャカチャカチャ♪
更に別の蟹どもが、姿を現した。
「このぉ――蟹太郎どもめ――ニャァ!」
おれは――すぽん♪
包丁を仕舞い――ヴッ♪
もう一度、太刀を取り出した。
§
「はぁふぅひぃ……硬えなっ、こん畜生――ニャァ♪」
もう一匹を、倒したまでは良かったが――
その後がいけねぇ。
ドゴガァァァァンッ――――ガチャガチャッ、がさがさがさささっ!
鋏を一閃した後、ものすげえ速さで、逃げるもんだから。
鋏の付け根と脚先を、突くことが出来ねぇ!
ぽきゅぽぽきゅきゅむん――♪
逃げ込んだ穴に、近寄れば――――シュガ、ガギィン♪
透かさず鋏が、飛び出してくる。
鋏に合わせて――シュッカァァン!
太刀を振り抜くも――ガギュギギチッ!
兎に角硬くて、些とも刃が通らねぇ。
つうか、通らねぇどころか――ガキィィン!
「ぐっ!? 放せぇ、放しやがれぇぇっ!!」
太刀を奪おうとする、始末で――
「みゃにゃぎゃぁー♪」
ぽぎゅごぉむん――「ギュギッ!?」
おにぎりが跳び蹴りを、食らわせてくれなかったら――
太刀を、奪われていた所だ。
「ぶくぶくぶく――!!」
蟹は半身の状態で穴に、潜んでやがるから――
鋏一つで、強化服二匹分の手足を凌いでやがる。
太刀に強い、鋏を持ち――
全身の甲羅が、魔法を弾く上に――
頭も、悪くねぇと来たぜ。
「(おい迅雷、この世界の蟹わぁやべぇ! 守りに入られると、おにぎりとおれが二人がかりでも切り崩せねぇ!)」
倉庫をチラ見して、相棒に助けを請うてみる。
「(最初から強敵であると、意を決して挑んだのでは?」
おう、わかったから、助けろやぁ。
それでもおれたちは、魔法に頼らねぇから――
そこそこ戦えてると思う。
これで、リオレイニアとかロットリンデみたいな、魔法一点張りの奴だと――
「(はい。まず苦戦することは、免れないかと)」
だよなぁ……大申女が、泣き言を言うはずだぜ。
「にゃぎゃぁぁー♪」
ぽきゅむん――ゴギャギン!
「ぶくぶくぶく――?」
おにぎりの岩塩を喰らっても、鋏には傷一つ付かねぇ。
砕ける、塩の塊。
「ぱくぱくぱくぱく――ぶくぶくぶくく♪」
怯みもせずに、落ちた岩塩を――
拾って口に運ぶ、余裕までありやがる。
「(本来、陸上では息を吸えず苦しいはずなのですが、洞窟蟹たちは――生活魔法〝みずのたま〟を使い水分補給をし、呼吸をしていると類推されます)」
ふぉん♪
『イオノ>>リオレイニャちゃんに聞いたけどさ、生活魔法で出せる水わあ、ぜーんぶ真水って話だったわよ?』
五百乃大角は、一行表示を使ってきた。
がたごとん――カチカチチカチ、ピピプー♪
何かの音が、倉庫から聞こえる。
真面目に仕事を、してくれてるようだな。
「(あー、まて真水……それで、おにぎりが投げた塩の塊を、せっせと口に運んでやがるのか?)」
「(はい。洞窟蟹たちは海を渡って、島に辿り着いたと思われます)」
ふむ。茹でりゃぁ丁度良い、塩加減なんだろうが――
「先ずはあの鋏を落とさねぇとっ、〝全自動射撃LV3〟に、鉄丸を込めとけ――ニャァ!」
おれは号令をかけ――
ふぉん♪
『イオノ>>駄目わよ! 折角の天然のスープを、こぼすことわ許しません!』
――即座に却下された。
がたごとん――カチカチチカチ、ピピプー♪
仕事をしてくれてる以上、〝女神に加護〟を与えてやらんとならんかぁ。
「やっぱり面倒なことに、なっちまったぜ――ニャァ!」
ったくよぉぅ、飯が絡むと……いつもこうだぜ。




