695:料理番の本懐、強化服おさらい
ガチャガチャ、ガサササッ――♪
ガチャガチャ、ガサササッ――♪
砕けた塩が散乱する岩壁へ、喜々として戻っていく蟹たち。
「(ふぅ、今のうちに迅雷も、強化服を着ておくか?)」
迅雷なら、人が着られない〝特撃型〟で済むが――
回収した虎型が、もう一着余ってる。
強化服に張り巡らされた金剛力は迅雷の機械腕と、ほぼ同じ物だから、まるで意味は無ぇ。
無ぇのだが、虎型の模様の方が――格好が良い。
「(そうですね――ですが、下手に強化服人員を増やすと、我々の人員構成から強化服運用状態が、露呈する可能性がありませんか?)」
モフモフ村村人は、ピヨピヨと……口が軽そうだしな。
「(それなんだけどさぁ、もうリオレイニャちゃんにわぁ、シガミーが烏天狗だってさぁ、ばれちゃってるじゃんかぁ? もうそこまで気にしなくてもさぁ、よくなくなくなぁいぃ?)」
根菜型の御神体。
せいぜい片手に収まるくらいの、丸っこい奴が――
新しく置いたテーブルの上を、ごろろと転がる。
「グゲゲッ♪」
風神が座り込む大倉庫の中には、何も無い。
置いてあった木箱なんかは全部、収納魔法具に詰め込んだ。
村長に持たせた収納魔法具の数は、16本にもなった。
猪蟹屋の製品の中では一番大きな奴だが、迅雷の収納魔法や――
おにぎりに背負わせてる収納魔法具箱と比べたら――
大して物は入らない。
「(ですが、明らかにされたのは、シガミーと烏天狗の関係性だけです)」
「(ややこしいわねん。えっと? 〝着る人が居ないと、強化服の運用が出来ない〟――で合ってる?)」
倉庫の後ろ側の戸口から――ひそひ、そ、ピ、ョロロッ♪
途切れ途切れの内緒話が、聞こえてくるから――
一応、念話で話を続ける。
「(はい。その前提を覆すのは自律型一号である、おにぎりだけです)」
風神が、開いた窓の向こう――
とおくの岩肌辺りを彷徨く、蟹どもをじっと見てやがる。
もっと広い所だったら、風神に蹴り飛ばしてもらやぁ――
一発で、ケリが付いたかもなぁ。
「グッケケゲッ――――」
いつもは忙しない長首が、縫い付けられたように、動かない。
念話中は、おれたち以外の全部が、止まって見えってのもあるが。
「ブクブク――――」
鋏でつかんだ岩塩を、器用に口に運ぶ蟹ども。
その一匹の目が、此方を向いている。
「(まて、特撃型や特撃型改は、どういう扱いなんだったか?)」
神々の頓知である強化服の、全仕様は――リオやレイダにも、隠している。
「(現在、自律可能なのは、〝おにぎり〟一体だけです)」
うん。そうなると、大っぴらに迅雷に着せるのは――控えた方が良いのか。
裏天狗や裏烏天狗まで、勘ぐられたらぁ――
「(姫さんや奥方さまに〝天狗の正体〟が、迅雷やおれだとバレかねねぇ)」
そうすると元々遺恨が残る、妖狐ルリーロと――
最近遺恨を残した、狐娘リカルルの二人から――
「(((何をされるか、わからんぞ?)――ないわね?)――りません)」
ふぅーと、息を吐いたら――
目の前、窓の向こうに蟹が居て――
瞬きをしたら、姿を消した!
「ふっぎゃぁぁぁぁっ!?――ニャァ♪」
慄くおれ、猫語がうるせぇ!
「ヘイヨー、扉を閉、めとき、ゃ奴らは来、れない――ピヨピ、ヨピ、ピョロ、ロロッ♪」
「入っ、てこられな、い安心、ホー――ピョキョ、キョピチチ、ピーッ♪」
「安全快、適素、敵よ嬉し、い――ピュチ、チピ、ュチチ、チッ♪」
身を屈めた村人たちが、近くまでやって来た。
蟹や風神や、跳ね回る根菜に怯えつつ――窓から、蟹の様子を覗っている。
「多、分――♪」「きっ、とメイ、ビー――♪」「ア、イム、シュア――♪」
ピ、ヨロロ、キョピチ、チ、ピチチッ、チ♪
「おい、おまえら、あんまり風神の近くで、カックカクすんな――ニャァ♪」
いい加減、囓られるぞ。
ヴッ――ぱたん♪
おにぎりが気を利かせて取り出した、翻訳の板ぺらを取り返し――
村長に投げて渡した。
黒板のまえに使ってた、シシガニャンの猫語を共用語の文字にして見せる木板だ。
ふぉん♪
『>風人の前でカクカクすると、囓られるぞ』
その文字を目にした、村人たちが顔を上げる。
「くきゅぅるるる――――?」
涎を垂らす風神と、目が合う村人たち。
ばたん、ばたん、ばたん――ガチャガチャッ、ころころろ♪
仲良く倒れる、村人と鳥たち。
ふぉん♪
『>>モフモ村住人および鳥たちの、バイタルに異常有りません』
「みゃぎゃにゃぁー!」
倉庫へ転がる村人たちを、何故か率先して縛り上げる、強化服自律型。
「だからお前、何その手際の良さ?――ニャァ♪」
よっこいせ――ぽきゅり♪
「どコで覚えてキたのでしょうか?」
カチャキャチャ、ガシッ!
「みゃにゃぎゃぁ――♪」
ぽっきゅむり♪
おにぎりと迅雷と手分けして、村人たちを奥の――
一番安全なところに、立てかけた。
「(対外的には天狗としての私が虎型を着用する場合において、強化服運用が可能となります)」
実際はおれと迅雷が、天狗と烏天狗という役者を組み合わせて、好きに使ってきた訳だが。
あの才女相手に、いつまでもばれないはずはない。
「(では、イオノファラーの護衛として、使い捨てシシガニャンを私が操作しましょうか?)」
紙製の使い捨て強化服は、この所、使ってねぇな。
強化された服装である、シシガニャンには――
人が着て金剛力を発揮する――虎型。
SDKという発掘魔法具を中に仕込んで、演算単位を獲得した――自律型。
着られないがシシガニャン共と同じ、夏毛の毛皮で出来た――特撃型改。
そして紙製の〝おもち〟や、銀紙製の〝耐熱おもち〟――つまり使い捨て。
全部で四種類もの、形がある。
その中でも、いま着てる〝特撃型改10号〟改め〝虎型ふ号は、おれが黄泉路から戻るときに――
龍脈の底から、拾い上げた物だから愛着というか、体の一部のように感じている。
ヴッ――ふすふす、ふすん♪
紙製で白い、猫の魔物みたいな奴らが――
大倉庫の扉を開け、外に出て行く。
シュガ、ガギィン♪
またいきなり現れる、蟹。
その鋏に、粉々にされる使い捨てども。
「「「ゥギャー!?」」」
「「「ピヨピーッ!?」」」
倉庫の奥から、生き返った村人たちの奇声が聞こえてくる。
ふぉん♪
『>>瞬殺されてしまいましたが、まだまだ生産可能です。多少、身が小さいですが相手にとって不足はありません』
おう、厨房では逃げられちまったがぁ、今度こそは……仕留めてやる。
あのときの奴とは別の蟹だが――
味は早々、変わらんだろぉしなぁ!
「あたくしさまもやりたい、やるます! コントローラー出してよ♪」
空飛ぶ棒に手を差し出す、芋のような御神体。
ヴッ、ごとん♪
取り出されたのは、火縄型の魂徒労裏。
ふぉん♪
『ヒント>>もちコン/4D超音波フェーズドアレイモジュール付き光源ユニット。照らした使い捨てシシガニャンを操るためのコントローラー』
紙で出来た目鼻口の無い作業服。
通称〝おもち〟を操るのに、おれが拵えた棒だ。
形は、穴が開いてない、火縄みたいな形をしている。
ふぉん♪
『>>もちコンはイオノファラーには、大きすぎるようです』
もちコンに取り付いた御神体は、軽々とソレを振り回していたが――
とても狙い定められる、感じじゃねぇ。
五百乃大角を、つかんで止めさせる。
「何わよ?」
ぼごん――痛ぇ、もちコンを人に向けるんじゃねぇやい。
虎型ふ号の額に、ぶち当たる火縄型。
おれは絵で板を取り出して、五百乃大角が振り回すのに――
相応しい形に、作り替えてやった。
ふぉん♪
『シガミー>>迅雷、これ何処まで小さく出来る?』
ふぉん♪
『>>イオノファラーが使用するなら、3Dポインタとして機能すれば良いので、小指の先程度までは小さく出来ます』
じゃぁ、いつも御神体さまが使ってるくらいの大きさで――『作成』
ヴッ――カララン♪
「ちょっと、これぇ〝先割れスプーン〟じゃんかぁ?」
ふぉん♪
『イオノ>>まるであたくしさまがぁ、食いしん坊であるかのようなデザインには、閉口しますがぁ……結構、つかいやすいわよ♪』
よぅし、気に入ったな?
じゃぁ、ちょっと遊んで満足したら、仕事に掛かってくれやぁ。
お猫さまさえ喚んでくれりゃ、いくらでも遊んでて良いからよ。




