688:ロコロ村集会所にて、混迷の極み
「あらららぁぁん? ニゲルさまの姿が、見当たらないですらららぁぁん?」
そんな声が――ゴンゴンゴンゴン。
料理を、すべて降ろされたゴンドラが――
あらたな荷をのせ、降りてくる。
それは豪奢な頭飾りに、ドレス姿。
なぜか杓子をたずさえた、若い女性だった。
その佇まいや、両端に控える物々しい護衛から――
高貴な身分であることは、覗い知れるが。
「あらららっらぁぁん?」
目を皿のようにして――ギラリン!
会場を隈なく睨みつける、その余裕のなさ。
「ラプトル王女殿下……お早いお越しで」
壇上中央、王女殿下に跪くメイド。
「やはり侮れないのは、小猿とメイドと――貴方だけのようですわね?」
いまさっきまでメイドが立っていた場所を、怪訝な様子でコツコツ踏む令嬢。
「ふぅっ、私など攻撃力、防御力ともに皆無の、小娘でございますわ♪ クスクスクスクスプー♪」
それは謙遜ではないようで、近くの椅子に腰を降ろす星神の少女。
彼女は妹役の屈強さとくらべて、本当に体力が無さそうにみえた。
「けれど、星神と呼ばれているのは、伊達ではないのでしょう?」
少女と話をしながらも、さささと身繕いをする、傾国の魔物。
「はい。ひとかどのスキルは、所持しておりますが――ガムランの狐親子と、万年ルーキーが持つユニークスキルには、並ぶべくもございませんわ♪」
目を細め、そう答える、ひ弱な少女。
「ふん」
鼻を鳴らし細身のドレスをひるがえした、悪逆ご令嬢の眼が――ちらり。
視線の先には、巨大な魔法杖をつかみ、宙へ浮く辺境伯名代。
名代の狐耳は、生まれたばかりの、森の主の子供を狙っている。
「名代、それほどまでに生まれたばかりの赤子が、恐ろしいというのなら――今日のところは家へ帰りましょう」
そんな、やさしい声を母狐にかける、派手なドレス姿の娘狐。
「あきまへんぇ! 目を離した隙にぃ、豹変するかもしれへんから! なんせヴァミヤラーク洞穴の魔物わぁ、狡猾やさかいにっ――ココォォン!!」
生前前世の京言葉が漏れ出るほどに、何かを危惧する辺境伯名代。
元魔導騎士団総大将であり、最強の料理番シガミーを何度も追い詰めた――
その五穀豊穣の眷属、俗に言う妖弧が怯えるほどの、何か。
そんな恐ろしい手合には、到底見えない――
髪を縛ってもなお、毛玉のような子供。
そのモサモサ髪の影にうずくまり、身を隠すのは――万年ルーキー。
その姿は、とてもこの地に召喚された勇者には見えない。
生まれたばかりの、森の主の子供。
それに怯える者と、それに身を隠す者。
そんな二人を見た、傾国の魔物(令嬢)は、首を横に振り――
ツカツカと壇上へ、歩いて行く。
その背中を見つめ、「くすくすくすくす、ププププ-♪」
ほくそ笑む星神の心中を、うかがい知ることは出来ないが――
「星神さまが笑ってるよ」
「星神さまが笑ってるね」
生意気な子供と、動じない子供が――
その様子を、テーブルの影から眺めている。
ツカツカツカツカッ、カツコツカツコツカツッ――――♪
「これはこれは王女殿下。こんな最果ての地まで、お越しいただき――恐悦至極に存じます。私、ロットリンデ・ナァク、ルシランツェルと申します♪」
王女の眼前へ歩み出で、腰を落としてみせるのは――
正真正銘、旧王国時代を生きたご令嬢。
その〝作法や振る舞い〟には、王族といえども目を奪われた。
「これは、ご丁寧に。私は中央都市ラスクトール自治領が第一王女、ラプトル・ラスクトールです。どうぞラプトルとお呼び下さ……えっ!? いま、ルシランツェルって言ったららぁあん!?」
そして〝その古い家名〟を耳にし、取り乱した第一王女は――
手にした杓子を力いっぱい振り回し、護衛のひとりを――
殴り倒すのであった。
§
「しゅっ、収納魔法具箱に閉じ込めたあげく、未開の地へ――転移させたぁららららっらぁぁっぁあんっ!?!?」
よろよろと、ふらつく王女殿下。
無理からぬ事だろう。
音信不通だった交易隊の、最重要人物たちが――
そんな憂き目にあっていたのだ。
「ただちにその〝村長箱〟とやらを、開示なさいららぁん――杖よっ!」
杓子を特大工具に変形させ、天高くかかげた。
会場に、緊張が走る。
ジューク村長の魔法具箱は、村人たちもうらやむ、お宝である。
「ふぅ――こうなった以上、鑑定させて頂きますよ」
眼鏡を掛けたメイドが、見据えるのは――
テーブルに置かれた、変わった光沢を放つ箱。
チーン♪
ほどなく会場のあちこちから、鐘の音が鳴り響いた。
ヴォゥゥゥウゥン♪
『魔法自販機【正八胞体】/
貨幣を投入することで、
様々な恩恵や損害を得る。』
星神カヤノヒメが手にした黒板に、映し出された上級鑑定結果。
「「「な、なんて雑な鑑定結果なのでしょう」――ららぁぁん?」――プークス?」
頬に手を当て、苦渋の表情を見せるメイドと王女、そして星神の少女。
フカフ村村長が、いつも腰に縛り付けていた、袋の中身。
この箱は、硬貨を入れれば周囲を巻き込み――
迷路に変えてしまう。
高額な硬貨を入れれば、より何でも〝望みが叶う〟という触れ込みの――
〝SSS級魔法具〟。
「建てて頂いたばかりの建物を、壊さないようにと――ジュークに箱を使わせたのは、私ですわ! 全責任は、私にありましてよ!」
仁王立ちの、高位魔術師。
「何を言ってるんだい? 箱を使ったのは僕だよ?」
ファロコを抱える村長を、「いーから、ジュークは黙ってなさい」と睨みつける令嬢。
「さぁどうぞ。お好きに、お改めくださいな♪」
そんな声に、真っ先に魔法自販機へ取り付いたのは――
服を着た猫の魔物だった。
魔法具の妖精とよばれる彼、ロォグは――
発掘魔法杖である手甲を装着した。
そして、いまにも箱を分解しようと、つかみかかる。
「けれどそれ下手に、こじ開けようとすると――〝この世界のすべてを、複製しようとして止まらなくなる〟と、書いてありましてよ?」
仁王立ちの、高位魔術師ロットリンデ。
「止まらなくなるニャ? 怖いニャァ――っ!?」
手甲をグワラランと、放り出す猫の魔物。
「書いてあったですって? どこららぁん!?」
王女殿下が猫の魔物を抱え、箱の周囲をぐるぐると回り始めるも――
箱の表面に文字などは、一切書かれていない。
「その魔法自販機に、硬貨を入れた利用者――つまり村長の、頭の中にですわ♪」
悪逆令嬢にして吸血鬼。かつての王都を恐怖に染め上げた、傾国の魔物。
その口元に、笑みが浮かぶ。
「頭の中ニャァ!?」――らぁん!?」
手に手を取り合い怯える、魔導工学技師たち。
「ロットリンデは――〝リヨウキヤク〟って言ってたよね」
ジタバタする大きな子供を、そっと放してやる村長。
「ジュークは一度見た書類をひとつだけ、覚えていられるのですわ。ええと確か――173頁だったかしら?」
首を傾け目を向ける。
「……ええっとね、3の4の8の……173文字目の文字を、方陣記述魔法に書いて見せれば良いかい?」
手のひらに小さな明かりを、灯す村長。
手のひらに描かれていくのは、何かの魔法。
その図案のように見えた、光の描線が――
ある瞬間に、意味を持った。
ヴォヴォヴォヴォゥゥゥゥン♪
『の際に地続きである全ての土地エリア並びに、
全ての海面エリアの複製を、【作成】しようと
試みる場合があります。
その補綴機能は該当惑星全土へ及ぶ場合があり、
再現不可能な希少な魔法行使において不可逆な
影響を及ぼす可能性があります。
この魔術特性を凌駕する無期限の方律違反に対
する問題解決には、1番から65番までの質疑
儀礼所か王都中央議会所、もしくは異世界AP
T管理室を専属的な復元ポイントとするための
異議申立てをして下さい。』
村長の手のひらに描かれた文字は――
壇上背後の壁に、大写しにされた。
「なるほど、まるでわかりませんね」
「安心して、この規約文……文言を解読した人物以外に、理解できた者はひとりも居りませんので」
その他人事のような物言いに、腹が据えかねたのか――ヴゥゥン♪
上品なメイドが眼鏡をゆすり、黒光りする色合いに変化させた!
「ヴヴヴヴヴウヴヴッ――――♪」
エプロンのポケットに手を差し込む――まるでルガ蜂。
「まったくもう、私一度ぉ、降参しましたのに♪」
ドレスの裾からゴドリと取り出される――鉄棒にしか見えない魔法杖。
一触即発の二人。
その一度は見た光景が、ふたたび繰り返されようとしていたが――
「わかったよ!」
「うん、私にもわかったよ!」
だがこの場には、生意気な子供と、物怖じしない子供がいた。
壁に映し出された、文字を見上げ――
「わかった」と、のたまう子供たち。
「「一体何が、わかったというのですか!?」」
そう聞かずには、いられないだろう。
驚き、同じ質問を同時に投げかける、ふたり。
事態は止まることを、知らず――
混迷の限りを、尽くしていく。
「シガミーがこれを見たら、ねぇ――?」
「うん。間違いなく――♪」
顔を見合わせ、顔をほころばせる仲の良い子供。
わいわいわい、がやがやがや♪
集まってきた、他の生徒たちも――
「「「「あー、そうだねぇ――♪」」」」
などと言い出す始末。
「「だから何が、わかったというのですか!?」」
もはや絶叫。
「「「「「「ぅるせぇ、だまれやぁ! まるでゎからぁん! って言うよ?」」」」」」
それは〝はすっぱな少女〟の声真似。
「そ、それは確かに――言いますね……ふぅぅ」
「い、言いそうな気が――しますわね……ふぅぅ」
メイドと令嬢は、やっと冷静になったのか――
ちかくのテーブルに、倒れ込むように突っ伏した。
正八胞体/4次元超立方体。4次元ユークリッド空間における8個の3次元超立方体セルから構成される、高次元物体。立方体を構成する6つの面と、4次元空間に存在するための手続きとしてさらに2つの計8つの面が、それぞれ立方体に置き換えられたもの。




