678:芋の町にて、続々々・おにぎりの休日
『ポテフィール町野菜専売所』
自警団詰め所とは名ばかりの、だだっ広い倉庫である。
「ナーフさんから聞いてなかったら、大変なことになるところでしたわ」
受付嬢が、隣に立つ黄緑色の腰に巻いた――
目立つ色の太縄を、ぎゅっと握りしめる。
木箱が、うずたかく積まれた野菜直売所倉庫。
縛られ横たわるは、不届き者たち。
ほぼ満杯になった、倉庫を見渡してから――
内股男性が、生き返った副団長に目配せした。
「畑を荒らしていた魔物が、46匹です!」
鳥、兎、猪。中にはバリアントの恐れすら有るような、大型の魔物も混じっている。
総数を報告した副団長が、やや離れた所に待機する団員へ、顎を向けた。
「質の悪い偽芋販売業者が、28名です!」
横たわる者たちは、みな一様に縄で、縛り付けられている。
「酔っ払いが4名に、暴走馬車の御者が1名です!」
横たわる者たちは、みな一様に縄で、縛り付けられている。
「魔物に襲われていた冒険者が、6名です!」
横たわる者たちは、みな一様に縄で、縛り付けられている。
「同じく魔物に襲われていた旅人が、4名です!」
横たわる者たちは、みな一様に縄で、縛り付けられている。
「中には、御使いさまに救われた者たちも、混じっているようですが?」
受付嬢は黄緑色の顔色を、そっと覗う。
「みゃんぎゃーや?」
小首を傾げる猫の魔物との、意思の疎通は叶わない。
その寸胴な腰に巻かれた太紐は、言う事を聞かない魔物さまとの――
熾烈な折衝の結果なのだろう。
そして太紐にあしらわれた、金の刺繍が入った飾り紐は――
御使いさまへの、せめてもの敬意を表した結果――
なのかも知れない。
「しかしよくもまぁ、こんなに取っ捕まえたもんですね、兄貴!」
ボゴゴン――副団長を、どついた団長が――
「ぅちらの一年分の検挙数と、同じじゃなぁなぁいのぉよぉぅぅ!」
と崩れ落ちた。
§
「御使いさまが駆けつけて下さらなかったら、〝ポテフィール・カーニバル〟が惨劇に見舞われるところでしたわ」
死屍累累の倉庫。その壁に打ちつけられた――
『ポテフィール・カーニバル開催まで、あと06日』という、楽しげな看板。
それによるなら、催し物を6日後に控えた、この田舎町を――
御使いさまは、完膚無きまでに救ったことになる。
「しかし姉さぁん。こちらの顔色のぉ悪っい人たちわぁ、どぉうぅいうぅ人たちなのかしらぁん?」
ぐねる団長に、姉と呼ばれた受付嬢が――
「まったくもう、折角こんなに顔が良く生まれてきたのに、どうしてこんな――ふぅぅぅ」
苦渋に満ちた顔を、長い溜息と共に取り繕う受付嬢。
「ひかりのたま」を灯し、それを地面に近づけた。
ぶすぶすぶすぶすっ――もくもくもくもくっ♪
くずぶる、顔色の悪い人。
彼は暴走馬車の、御者だ。
「うわっ、あぁぁぁ――!?」
普通の〝明かりの生活魔法〟に、燻された御者は、とても苦しんでいる。
ひかりのたまに、ひかりのたて程の活力の密度はないということのようだ。
「姉上? あの、気の毒なので、そのへんでぇやめてたぁげてぇぇっ――!?」
地団駄を踏み、内股で跳びはねる――
やたらと、顔の良い男性。
自警団団長が、聖なる光に髪を焦がされる御者を、案じる様子に――
いろんな溜飲を下げたのか、受付嬢が――「ひかりのたてよ!」
光の盾を出現させた。
『<MAGIC・SHIELD>――ピッ♪』
聖なる曼荼羅は――ヴァチヴァチヴァチヴァチィ――――――――ッ!
強火で、こんがりと――ぼっごおぉぉぉぉぉっぅわわぁっ!
やはり、とても良く燃え上がる――御者の男性。
炎は、すぐ消え――ぷすぷすん♪
「コレで君たちにも、わかったかしら?」
腰に手。肩越しに親指で示した、背後の壁には――
『注意!
魔物化した野菜・根類・果物を口にすると、
軽度の魔神と化す症例が、確認されています。
芽ではなく眼が出た食材には近寄らずに、
お近くのギルド出張所か自警団詰め所に、
連絡して下さい。
アリゲッタ辺境伯領当主/ポテリュチカ・アリゲッタ」
そんな、啓蒙のチラシが張られていた。
添えられた、〝魔物化した作物に驚く、野良着の女性〟の絵は――
こころなしかとても、ふっくらとしていた。
「「「「「「「「「「まさかっ、イモモモモドキ!?」」」」」」」」」」
団員たちには、事の次第が理解できたようだ。
「そー言うことです。事態は一刻を争うので詳しいことは、後で説明しますが――ひかりのたてよ!」
次々と、顔色の悪い者たちを――ぼっごおぉぉぉぉぉっぅわわぁっ!
燃やしていく、受付嬢。
男女問わず、彼ら彼女らは良ーく燃えた。
「ぁんたたちぃぃぃっ! いまぁすぐぅーっ、倉庫の全部のお芋にぃ、眼が出てないか確認してちょぉうぅだぁぁいぃぃっ!」
我に返る自警団団長、駆け出す団員たち。
のちに受付嬢が、語ったところによると――
人が魔神化する経緯はいまだ、確証をつかめていない。
明り取りの生活魔法で、人が燃えること。
それはとても奇妙である。
事態を把握してもらうために「ひかりのたま」を用いて――
魔神化という症例の確認をすること。
それは半端に延焼が長引くため――
本来やってはいけないことらしかった。
燻され頬や髪を焦がした、顔色の悪かった人々が――ぷすぷすん♪
「ありゃ? 俺は何をしてたんだぁ?」
「あれれ? あたいは、何をしていたのかしら?」
急に人が変わったように、縄をほどけと懇願し出した。
「みゃぎゃにゃやー♪」
すると猫の魔物は、縄を解いてしまう。
「御使いさま、逃がしてしまってよろしかったのですか?」
こくりと頷く御使いさま。
初めてまともな意思疎通に、成功した受付嬢は――
顔をほころばせた。
「本当に解いちまって、良いんですかい?」
手の空いた団員が、顔色が良くなった――
〝質の悪い偽芋販売業者〟のひとりを、解放しようと近づく。
すると猫の魔物風が飛んできて、ぽっきゅごんと団員を叩いた。
怯んだ団員は――ヴッ♪
取り出された縄で、すかさず縛り上げられてしまった。
「えーっと、つまり……芋桃擬きを売っていた偽芋業者は、解放するなと?」
聡明な受付嬢は黄緑色の彼、もしくは彼女の意思を代弁した。
「みゃぎゃにゃぁー♪」
ふたたび、こくりと頷く、猫の魔物風。
ふたたび、まともな意思疎通に、成功した受付嬢は――
さらに顔を、ほころばせた。
「あんたたちぃー、縄を解くのはぁー、御使いさまにぃおーまーかーせーすーるーんーだぁーよぉーぉぅ!」
そう団長が号令をかけると、顔色が良くなった者たちは――
黄緑色の猫の魔物風のふざけた足音に、ただただ恐れるのであった。
のちに――
〝芽〟ではなく〝眼〟が出た根菜。
ソレを食したことによる魔神化の、発現要因が判明する。
それは美の女神を信仰しない、魔王を信仰する勢力。
つまり魔神と呼ばれる、人の形をした魔物たち。
その遠い末裔である、彼ら彼女らが――
芋などに出た〝眼〟の強い毒素に当てられた事による――
正常な免疫機能の働きであったのだ。
それが判明するには、約100年の歳月を経なければならない。
それは、この田舎町で起きた奇跡とは、また別の話である。
「にゃぎゃにゃぁー♪」
一通りの仕事を終えた、猫の魔物風が――
不意に誰もいない、鳥一匹飛んでない――
澄み渡った空へ向かって、鳴き声を上げた。
それはまるで、天上に住む女神へ――
奉告をするかの様、だったという。
奉告/神仏や貴人に、謹んで伝えること。――祭など。




