675:芋の町にて、おにぎりの休日
「おじーちゃん、あっちに猫の魔物が居たよ!」
幼い少女が、大慌てで駆けてきた。
「はて、根っ子の魔物? マンドラゴーラかのぉ♪」
ふぉっふぉっ――――ふぉっ!?
老人の目が、大きく見開かれた!
「ぅひゃひゃぁぁぁぁっ! ほ、ほんとぉにぃー、猫の魔物じゃぁぁぁぁぁっ!?」
孫を抱え――脱兎の如く駆け出す、その健脚は――
後に〝ターボ爺さま〟などと呼ばれ、絵本が作られるほどに――
語り草となる。
「みゃにゃがやにゃぁー?」
子供を抱えた老人が消えた路地を見つめ、小首を傾げる猫の魔物。
正確には、猫の魔物であるケットーシィと区別するためにも――
猫の魔物風と、呼ぶべきなのだが――
この辺境の町には、猫や猫の魔物や精霊や――
猫の魔物風や、極所作業用汎用強化服シシガニャン自律型/試作個体名おにぎり一号に、詳しい人間は一人も居なかった。
顔のない、彼もしくは彼女が――
この地へ降り立ってから、約4時間。
この時点で被害者数は、100を越えていた。
§
『ポテフィール町野菜専売所』
猫の魔物風が、そんな建物の前を通り掛かったとき。
「うぎゃっ!?」「何だよあれ!?」
「見たことねぇ……まさか、魔物か!?」
そこそこ逞しい体つきの、男たちが――
一斉に物陰に隠れた。
「ばっきゃろぅ! 男がぴーぴーわめくんじゃないわよっ!」
かくいう彼は、〝男〟と言うには華やか過ぎる野良着に、身を包んでいる。
その内股気味の男性(?)の一喝に、黙り込む男たち。
「ににゃにゃーぁ♪ みゃぎゃにゃぎゃー♪」
ぽっきゅらぽっきゅらぽきゅららら――♪
軽快に跳びはねながら、鳴き声を上げる猫の魔物風。
変に節の付いたその声は、ひょっとしたら町の陽気に当てられた――
鼻歌のようなものなのかも知れなかった。
「「「「「「「「「「ね、猫の魔物だぁぁぁぁっ!?!?」」」」」」」」」」
猫っぽい鳴き声に、恐れ戦く男たち。
その脚がじりじりと、後ろへ下がっていく。
「ぅをまちっ! あんたたち、今までにあんな奴を、見たことがあるかい?」
内股男性が、もう一度声を張った。
「は、初めて見ましたぜ? なぁ?」
男たちの一人が、そう進言すると――
「「「「「「「「「へぇーい」」」」」」」」」
男たちはへぇーいと、力強く頷いた。
「このとおり猫の魔物なんて一度でも見たら、忘れるはずがねぇでさあ」
苦渋に満ちた顔の男たちを代表し、やはりさっきの一人が話をまとめた。
「でしょぉぅ? ならあの魔物は――相・当・レ・ア・な、お宝って事じゃないかしらぁん?」
口元に手を当て、ニタリと笑う内股男性。
「さすがでさぁ、兄貴ぃ!」
ボゴッ――どつかれる、手下代表。
「どぉわれが、筋骨隆々で顎割れのおっさんわのよっ――しっつれいしちゃぅわぁ!」
「す、すいやせん、兄貴!」
ボゴン――どつかれる、手近にいた手下。
「大変でさぁ――あーにきーぃ!」
外から飛び込んで来るなり――ボゴゴン!
どつかれる手下。
倉庫らしき場所に横たわるのは、三人になった。
「まったく何を、慌ててるんだい? こりゃ――手配書じゃないかぃ?」
手下から奪ったチラシには――
目鼻口のない猫の魔物が、描かれていた。
「なぁんだぁい。もとからぅちらの獲物ってわけかい、うふふぅん♪」
くねくねと腰を振り、ふんぬぅ!
ピクピクと動く大胸筋。
手下たちの顔が、さらに苦渋に満ちた。
「ポテフィール自警団、種芋の棘! 出動よほぉぅ♪」
ポテフィール自警団、種芋の棘団長。
内股気味の彼、もしくは彼女(?)は――見目麗しい相貌。
そして、見目麗しい内面を有していた。
§
「ちょっと、そこの猫の魔物! 止まりなさいなぁ♪」
ぞろぞろと、黄緑色の後を付ける列の先頭。
農作業の合間に、冒険者をしています。
そんな格好の総勢6名、二列縦隊。
「みゃんにゃやぁー♪」
楽しそうに、道ばたに落ちた丸いものを拾い上げる――
猫の魔物。
「き、聞こえなかったようですぜ兄貴!」
ボゴン――崩れ落ちる団員。
「こいつ、荷車から落ちた芋を、拾って歩いてるようですぜ兄貴?」
ボゴゴン――やや先行し様子を覗っていた団員が団長へ報告し、やはり崩れ落ちる。
「なぁんだぁってぇぇぇぇぇっ!?」
驚く団長。
猫の魔物が手に抱えるのは、ここまで拾い集めたらしい――
10個程度の芋。
「今すぐ、引っとらえますか兄貴?」
ポゴオン――どつかれ、崩れ落ちる団員。
その数は、残り5名となった。
「ふん、バカをお言いでないよ! 見かけによらず、良い子じゃないか♪」
などという、背後の騒々しさに――
ぽきゅりと振り向く、猫の魔物。
「みゃにゃやー?」
見つめ合う二人。
ズザッ――緊張する団員たち!
「よく見れば……ふふふふ、良い面構えをしているわ♪」
そう言って目鼻口のない、猫の魔物の頭に――ぽふぅんと。
手を乗せたのは彼いや彼女(?)の、芋の町の顔役としての――
矜持だったのかも知れない。
「おや、夏毛の手触りが実に心地よいじゃないさ♪」
なでなでなでなで――♪
「みゃにゃやー♪」
何を思ったか、猫の魔物は――
手にしていた芋を、ポトポトポテトと落としつつ――
「みゃにゃぎゃにゃーん♪」
〝ポテフィール自警団、種芋の棘団長〟の頭を――
やさしーく、撫で返した。
「ぅふふふふふうっ♪」
なでなでなでなで。
ピクピクン(大胸筋)。
「にゃやにゃにゃぁ♪」
なでなでなでなで。
ポトポトポテト(落ちる芋)
その不可思議な光景を目の当たりにした、残りの団員たちは――
殴られても居ないのに、へなへなと崩れ落ちるのであった。




