666:厨房ダンジョン(裏)、虫と角と刀と牛と階段と扉
「さて、どっちへ行く?――ニャァ♪」
おれたちは上から落ちてきたはずだが、その割には――
地面は平らで、歯車一つ落ちてねぇ。
上を見上げるが、ヴォゥゥン♪
高い天井にも穴はなかった。
ふぉん♪
『>>上空から落ちた際に、例のおにぎりの尻尾のような物が、我々を軟着陸させました』
あの尻尾の鑑定結果は?
ふぉん♪
『>>鑑定しようとすると狂ったように暴れ、逃げられました』
すると、恐ろしく勘の良い……辺境伯名代みたいな虫ってことか?
ふぉん♪
『>>はい、現状その認識で良いかと。存在は謎ですが攻撃性はありませんので、害はないかと思われます』
いや、攻撃性がないなら、ルリーロみたいではねぇーかぁ。
ならまぁ、あの虫は放っておけ。
「シガミーちゃんと会った通路が、最初に居た厨房と同じ階層だとしたら――みんなはずーっと上に、居るのでしょう?――ニャァ♪」
「そうだな。一先ずは、壁を掘り進んで階段を作るか――ニャァ♪」
おれたちは縦穴の縁へ、ぽきゅぽきゅと歩いて行く。
「レトラちゃんや皆さんは、ご無事なのかしら?――ニャァ♪」
「正直わからんなー。村長と逸れたら、やばいってことしか聞いてねぇしよぉ――ニャァ♪」
画面の中の、子供の顔が曇る。
いけねぇな、童を不安にさせちまった。
「そウいえばビステッカ・アリゲッタ。貴方はドうして村長たチと、はぐレてしまったのですか?」
そうだな。此処まで気を張りっぱなしで、肝心なことを聞いてなかったぜ。
「そ、それはその、倉庫の……厨房から見えた隣の倉庫の入り口に、珍しい食材を発見したのでつい――ニャァ♪」
画面の中の顔が、赤くなった。
「食べ物に釣られ、ふらフらと入り込ミ、はグれてしまったと?」
ビステッカが映し出された枠の隅が、チカチカ光るのは――
迅雷が話をしている、ということを示している。
「そ、そういうことですわ! だ、だって一大穀倉地帯である〝アリゲッタ辺境伯領〟でも、滅多にお目にかかれない希少な、お野菜が積んであったのですものっ!――ニャァ♪」
いや別に、必死に弁明するほどのことではない。
「そういうことならぁ、逸れたのは、お前さんだけと見て、良さそうじゃね?――ニャァ♪」
実に、ビステッカらしい理由だった。
「それなら良いのですけれど――ニャァ♪」
やや安心した顔を、見せてくれたが――
本当だぜ。おれと出会えてなかったら――
ふぉん♪
『>>はい、危険な目に遭っていたかも知れません』
うむ――
「じゃぁ、登るか。しっかりと付いて来いょおぅ――ニャァ♪」
すぽん、すぽん、ごどん、すぽん♪
おれは目分量で適当に、ぐねぐねとうねる岩肌に穴を開けていく。
すぽん、すぽん、ごどん、すぽん♪
階段型に切り取るように、迅雷に収納すれば――
何処までも、岩壁の中を登っていける。
途中で、〝おにぎりの尻尾虫〟が出てくるかと思ったが――
そんなこともなく――おれはビステッカに尋ねた。
「なぁ、さっき言ってた珍しい野菜って、どんな奴だぜ?――ニャァ♪」
そんなに珍しいなら料理番としちゃぁ、訊かずには居られない。
「〝オニオーン〟という丸々と太った、お葱ですわ♪――ニャァ♪」
鬼怨だぁとぉ? 恐ろしい名の葱だな?
某ギルド受付嬢の、いつもギルド屋舎を壊してる方が、思い浮かぶ。
一本角で大剣を背負った麗人の顔は、何故か怒り狂っていた。
おれは身震いして頭の中から、鬼の娘を追い払った。
ヴォヴォゥン♪
『>>僧侶猪蟹の没後すぐ、日の本にも伝来した野菜です。茅野姫から預かった神域惑星収穫リストにも、記載されています』
神域惑星でも採れたなら、おれも触ったことくらい有るだろ?
「太った葱なぁ――あっ、包丁で切ると目に染みる奴か?――ニャァ♪」
「そう、それですわ! よくご存じですのね?――ニャァ♪」
アレかぁ、薬味になるっていうんで、何度か使ったことがある。
「へへっ、おれぁ女神の料理番だからな。それで、その鬼怨てのは、そんなに貴重なのか? 神域惑星でも獲れるぜ?――ニャァ♪」
ぽきゅりと振り向き、言ってやる。
「そうですのっ!? でしたら私、オニオーンを揚げたのを一度、食べてみたいですわ♪――ニャァ♪」
合わせた両手を頬に添え、ぽきゅりと跳ねる虎型ひ号は――
相当、気色が悪かった。
「それでシたらば〝玉葱と蟹ヲ使っタ揚げ料理〟ナどは、いかがでシょうか?」
揚げ物だぁとぉぅ?
ヴォォゥン♪
画面に映し出された、枠の中。
それは蟹の鋏に衣を付け、揚げたような――
一見、雑な料理。
「蟹の鋏は焼くか鍋の、どっちにするかと、思ってたんだが――超うまそうだな!――ニャァ♪」
正に打って付けだぜ!
そうだな戻ったら、此奴を作るとするか。
なになに、鬼怨を細かく刻んで蟹の身と――
牛の乳と粉を、混ぜ合わせる?
見た目に反して作り方は、全然、雑じゃねぇな、
うむ。しかも、優しい味がするらしい。
「本当、とってもおいしそうですわ♪――ニャァ♪」
迅雷が同じ画面をビステッカにも、見せてやったのだろう。
声が弾んでいる。
さて、話をしてたら――
おにぎりが居た横穴辺りの高さまで、登ってきた。
ヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォゥゥゥゥウゥゥゥン♪
「何だぜっ!?――ニャァ♪」
ヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォゥゥゥゥウゥゥゥン♪
「きゃぁぁぁぁっ!?――ニャァ♪」
ヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォゥゥゥゥウゥゥゥン♪
酷ぇ唸り。
地鳴りのようだが、どうもおかしい。
ヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォゥゥゥゥウゥゥゥン♪
音は上から、降ってきてる!
おれは真上に向かって――細長い大穴をあけた!
あけた大穴の天辺が、パタリと開く。
中から現れた扉が又、パタリと開いた。
その扉が、パタパタパタと次々と開いていく。
ヴォヴォパタタタ、ヴォヴォヴォッヴォッパッタパタパタパタパタパタタタタッ!
「「ぎゃぁぁぁぁっ!?――ニャァ♪」」
おれたちは、恐れ戦いた!
開く扉が、もの凄ぇ勢いで――
落ちて来やがるぜっ!
「やべぇ、逃げろ!――ニャァ♪」
階段を、駆け下りろやぁ!
「シガミーちゃん!――ニャァ♪」
虎型ひ号に飛びつかれ、おれは盛大に――ぽぎゅむん♪
素っ転んだ!




