662:厨房ダンジョンLV2、まさかの○○○○あらわる
「ねぇシガミーちゃん。この道には、終わりがないのではないかしら?」
通路は、何処までも続いている。
「ば、ばかやろぅ。恐ろしいことを、言うなってんだぜ?」
無理矢理、飯を食わせる訳にも行かず。
そもそも食わせたところで、無理をすりゃそこそこ食いそうだし。
このビステッカを本物という体裁で、行動を共にすることにした。
ふぉん♪
『>>今のところ、不自然な素振りは、みえません』
おぅ、よぉく見張っとけ。
少し先を行く、浮かぶ棒が――ヴォヴォゥゥン♪
「400メートル前方ニ、曲ガり角ヲ発見しまシた」
ピタリと止まって、おれたちを待つ。
「本当か!?」「本当っ!?」
おれたちは駆けだした。
代わり映えのしない真っ直ぐな道には、飽き飽きしていたのだ。
程なくすると、また曲がり角があり――
棚と棚の間には――まさかの黄緑色。
「にゃぎゃんみゃーや?」
なんだとっ!?
「あらっ、おにぎりさんではありませんの♪」
ビステッカが駆け寄り、頭を撫で――
頭を撫で返されている。
「おーまーえー! どっから湧いた?」
元の厨房には、居なかっただろーがぁ!?
§
迅雷が聞いたところ、おにぎりは――
ビステッカ同様、揺れが収まったら、この棚と棚の間に――
挟まるように、収まっていたらしい。
「しかたねぇ。おれが確かめるしか有るまい」
おれは錫杖を棚に立てかけ、ビステッカから張り扇を受け取る。
「みゃぎゃにゃぎゃ?」
小首を傾げる、顔のない猫の魔物風。
「というわけで、お前が本物かどうかを確かめないといかん――」
おれは張り扇を――振り下ろした!
フォン――ひらり。
まさかの華麗な動きで、避けられた。
「くすくすくすくすっ♪」
ビステッカに笑われた。
顔が熱くなるのを感じる。
「わ、笑ってんじゃねぇー! おにぎり避けるな!」
ふぉん♪
『シガミー>本物かどうか確かめないと、鎖にでも繋ぐしかなくなるからな?』
一行表示で脅してやる。
「ふぎゃっ――――ぽぎゅどごんっ!」
やべぇ、脅しが効き過ぎたぜ!
おにぎりが後ろの壁に張り手で、大穴を開けた!
ぽっきゅぽきゅ、むぎゅぎゅぎゅぎゅっ――――すぽっん♪
そして真っ暗な穴に、逃げ込んじまった!
§
「シガミーちゃん、本当に追いかけるんですの?」
「おう。かといってビステッカを、ここに置いてはおけねぇ。一緒に来てもらうぜ♪」
おれは〝虎型ひ号〟を取り出し、背中を開く。
この中に入っていてくれりゃぁ、何があっても――まず死ぬことはない。
「これって、おにぎりちゃんの、お友達? 柄が入った……毛皮?」
青い顔のビステッカ。
ううむ。今まで着られる強化服に入ったレイダや、リオレイニアを見たことはあったが。
空っぽの強化服を、こう間近で見せたことはなかったからな。
ふぉん♪
『>>ゴーレムと間違われるのを避けるために、おにぎりや特撃型に関する詳しいことを、ほとんど説明してこなかったので、致し方有りません』
蹲る強化服の背中。開いた留金具は――
「まるで……蝉の脱け殻だ」
ううむ。不気味に思うのも、無理からぬことではある。
§
「もっと蒸れるかと思ったのですけれど、とても快適ですわ――ニャァ♪」
そうだろぅ、そぅだろぉぅ。
「元々、安全で快適に過ごす為の、服だからな♪――ニャァ♪」
虎型ひ号と、ふ号を、おれたちは着込んだ。
ヴォォォゥン♪
画面の隅に、ビステッカの顔が映し出される。
虎型ひ号には、虎型ふ号の顔が、映し出されていることだろう。
「迅雷、明るく見える奴ぁ、どうすりゃ使えるんだぜ?」
夜目が利く奴の使い方を、ビステッカに教えておかねぇと。
猫の魔物風と化した、おれたちが居るのは――
おにぎりが壁に開けた、穴の前だ。
ちなみに迅雷は、虎型ひ号の後ろ頭に入ってる。
初めて強化服を着るときは、迅雷を付けてやらんと――
すこし不安だからな。
それでも、迅雷との念話や一行表示は使えるから、問題は無い。
ふぉん♪
『>>マルチタスクですので』
ふぉん♪
『>>やかましい。それで、どうするんだったか?』
ふぉん♪
『>「音声入力、暗視モードオン」と唱えてください』
ふぉん♪
『シガミー>音声入力、暗視モードオンだな?』
ふぉん♪
『>暗視モード/ON
>アクティブトラッカー/ON』
カカカカカッカ――――――――!?
ばぶっしっ、眼が!
一行表示に文字を入れただけで、夜目が利いちまったぜ!
ふぉん♪
『>暗視モード/OFF
>アクティブトラッカー/ON
>一行表示を介しても、オンオフが可能ですので注意してください』
ふぅ、迅雷が一行表示で、消してみせてくれた。
使い方は、わかった。
むぎゅぎゅぎゅぎゅっ――――すっぽこん、ごろろろっ♪
先ず、おれが穴に入る。
ぽむぎゅぎゅぎゅぎゅっ――――すっぽこん、ごろろろっ♪
次にビステッカを中から、引っ張ってやった。
ふぉん♪
『シガミー>音声入力、暗視モードオン』
ふぉん♪
『>暗視モード/ON
>アクティブトラッカー/ON』
ヴュパァァァァ――――カッ!
辺りがあかるくなった。
まるで昼間とかわらねぇ。
「おおおお? やっぱり、こりゃすげえな!」
ヴヴュ――ゥン?
顔を振ると映像がざらつくが、十分だぜ。
「音声にゅうりょく、暗しもードオン――ニャァ♪」
ビステッカがそう唱えたら、虎型ひ号の目の辺りが丸く光を放った。
ふぉん♪
『>>おい、この目の明かりは夜襲を掛けるときや、獣相手に不利だろがぁ?』
ふぉん♪
『シガミー>>この照射赤外線は、通常視認出来ません。強化服の暗視状態を示すアイコンでもあります』
わからん。
ふぉん♪
『>>虎型やおにぎりや、光に特に敏感な魔物でもなければ、見ることは適いません』
なら良いぜ。
ヴゥゥゥウゥン、ヴュザザザッ――――♪
おれは辺りを一周、見渡した。
四方八方に道が伸びているが、そのうちの一つが表側に突き抜けちまってる。
ふぉん♪
『>>通路の曲がり具合が、表の通路を超越しています。高次ユークリッド幾何を用いなければ表せないほど、空間が捻れています』
つまりは、化かされてるってことだな。
どうやら厨房回廊の裏側は、さっきまで居た通路とは――
まるで違う、別の場所らしい。
「どうだ? ちゃんと見えてるか?」
虎型ひ号の目が、ぱちくりと瞬いている。
「すごい! シガミーちゃん! よーっくみえますわ♪――ニャァ♪」
ぽきゅぽきゅぽきゅぽきゅ♪
楽しそうだが――
「あまり奥に行くなよー。村長の話じゃ、逸れたら戻れないらしいからな」
さて、おにぎりはどこに居るんだぜ?




